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75カルチャーショック
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神降臨街の医術教育学校の生徒募集は、広範囲な地区に広がっていた。
応募に志願した生徒は、亜人協力国の属している東大陸はもちろん、
地続きの遠くの西大陸や、海を挟んだ南大陸とその間にある島々からも、
多くの志願者が数か月をかけて集まって来ていた。
私の前には、神降臨街教会から派遣されて来たばかりの、
穏やかな表情をしたカサチー司祭長様がにこやかに座っている。
神降臨街に新たに創設された医術教育学校の生徒募集に応募した私は、
医術者希望理由の面談中である。
筆記試験を難なくこなせたのは、半年前まで農奴であった父親からの、
全てに置いて助言されたお陰である。
「お前は賢い。文字の読み書きを覚えて、弟や妹に教えてやってくれ。
読み書きができるようになると、いつかは農奴から解放される機会がある。」
と、いつも言っていたのだが、
その時は、私の心では理解できなかった。
父親の期待に添いたい一心で、
教会の手伝いをしながら文字の読み書きを教わった。
父親は農奴であり、幾ばくかの手当てが貰える臨時兵士でもあったので、
他国の町々でほかの暮らしを見てきた体験をもとに、
子供達にいろんな話をしてくれた。
父親は、どの兵士よりも勇敢であったらしいが、
文字の読み書きができないのが原因か、農奴であるためか、
毎月の給金が貰える兵士には採用されなかった。
半年前にムー帝国は亜人協力国のムー州となって、
農奴解放と農地改革法により、
父親は、農奴ではなく耕作者になった上に、
十八になったら地主様に売られる運命であった私も解放された。
「医術を学びたい理由をお聞かせください。」
とにこやかな表情したカサチー司祭長様からの言葉に、
「私は生まれたときに逆子で生まれました。
その時に無理に引き出されたのか、片足の関節が外れてしまったようで、
関節が外れたことに三年間気が付かれず、
そのまま片足が不自由になってしまいました。
生まれたときに医術者に巡り合えていたならば、
もしかしたら普通の歩き方が出来たかも知れないといつも思っています。
私は、未然に不幸になる方達を防ぎたいのと、
病に苦しむ人達をも少しでも苦しさから救いたいのです。」
「その志を忘れないで、勉学にいそしんでください。
神降臨街医術者養成大学に行かれますと、奨学金が出ます。
神降臨街では貨幣の価値があります。
奨学金は、大事に、計画的にお使いください。」
「神降臨街では、貨幣の価値があります。」
との、不思議なカサチー司祭長様からの言葉に、
貨幣はどこの場所でも同じ価値があると思った。
五十人の医術者養成大学進学希望者がいたようであるが、
カサチー司祭長様等教会関係者に見送られたのは、
私ひとりであったようである。
神降臨街までは旅車で五日間らしいので、
洗ったばかりの上着と下着数枚に、五個のパンを母親が用意してくれた。
旅車代金と宿泊費は、全てガイア教会からの証明書で無料であるらしい。
旅車の操作者からの案内で、ガイア教会から指定された宿泊施設に着くと、
そこは豪華なホテルである。
ホテルの受付にガイア教会からの証明書を見せると、
部屋の鍵を渡されて朝夕の食事時間を指定された。
食事代を持ってないので食事を辞退すると、
食事代は既に宿泊費に含まれているので無料だと告げられた。
継ぎ接ぎだらけではあるが、
洗ったばかりの清潔な服に着替えて食堂に向かった。
食堂室入り口前では三人の修道士に迎えられて、
二十人は座れるテーブルに案内された。
そこには既に十名のほど男女が席についていた。
「あら、怪我したの?大丈夫ですか?」
と、私の杖に気づいた、近くの席に座っていた女の子に声をかけられた。
「生まれた時からの怪我ですから、大丈夫です。」
こんな会話は、日常茶飯事であるので気にもならない。
足のことで同情されたくないし、何も不自由してないと思っているのは、
家族の言い方だと、わたしのわがままであるらしい。
声がけした女の子は気まずそうにするので、
悪意はないとわかっているので微笑み返しをした。
宿泊予定者は全員揃ったのか、全員の自己紹介と修道士の説明がなされた。
何人かは新調した服を着ているが、
ほとんどの人は清潔である継ぎ接ぎだらけの服である。
夕食は豪華であり、食べ放題であるうえに、
余り物を家族のみんなにお土産にできないことが残念に思われた。
翌朝豪華な食事後に、エミューに引かれてない、
多くの座席を並べた鉄の屋根付き荷車に乗っての移動である。
魔法荷車の速さは、風を切ると表現出来る速さであったので、
みんなは驚きの歓声を上げた。
五日目のお昼過ぎに神降臨街に着くと、
街並みの道路は広く、多くの人で賑わっている。
魔法荷車から降りて、ホテルみたいな大きな建物に案内された。
部屋の鍵と、教科書と言われた高価であろう書籍と、奨学金として大銀貨八枚をも渡された。
銅貨は見たことがあるが、渡されたのは見たこともない大銀貨である。
そして、来月からは銀行受け取りであるために、
銀行口座を開くように説明された。
皆は、銀行のことを説明されるが、誰もが理解できないようである。
寄宿舎の寮部屋に入るとこれまで色んなホテルのベッドに驚かされたが、
この寮部屋のベッドも豪華で柔らかい、おまけに机と椅子があり、
台所に向かうと綺麗な食事台があり、ただかまどはないようである。
部屋の説明書を開くと、照明と書いてある場所に行き、
スイッチを一つ一つ触っていくと、光魔法は発動した。
さらに驚いたのは、トイレとジャワー室である。
トイレの後片付けは水で行い、ジャワーからはお湯が出てきた。
台所にあるはずのかまどがない理由も判明した。
ひとりでに火が付き、炎の調整ができる魔法器具コンロがあったのである。
ベッドに座り、
「私はどこの魔法世界に紛れ込んだのだろう?」
急激な変化の世界に、心は不安に襲われた。
シャワー室に向かい、シャワーに打たれているときに、
隣の箱が気になってもう一度確認の為に部屋の説明書を開くと、
その箱の名称は、湯船としか書いてない。
湯船の意味が解らない。
部屋の説明書の最後には注意書きとして、
電気代、水道代、ガス代は有料と書かれているが、これも理解できない。
夕方に寄宿舎食堂へ行くと、ごった返しの状態である。
訳を聞くと、食事を注文するのには食券が必要とのことである。
食券は、二十食分を一まとめ売りで銀貨四枚であるらしい。
皆は大銀貨の為にお釣りのやり取りで混乱しているようである。
大銀貨七枚の上に更に銀貨が増えてしまうので、心楽しくなる重量である。
大銀貨貨と共に渡された袋を、腰の紐にぶら下げての移動は夢心地である。
持ち運びしなくてもよい銀行に預けるべきだろうか、
それとも心楽しくなる重量感を持続するかの選択もまた楽しい。
だが、一年間預けると金利がつくとのことで、
さらに増えるのも楽しみであった。
銅貨二枚分の食事は豪華で、
主人家族の祝い事でたまに余り物を振るわってもらえる肉や魚が付いて、
私にとっては二日分の量である上に、信じられない安さである。
教室に入ると、猫亜人と耳長種族は右側に、人種は左側に分かれている。
真ん中一列が空いているので、仕方なしに一番前の空いている席に座った。
各自に顔を描いた身分証と言う物が渡された後に、
これからの学ぶべき内容と義務について説明された。
隣の猫亜人と耳長種族は、
説明が始まると一斉に白い表皮を取り出して書き込みだした。
スムーズな書き方なで不思議な気持ちで、隣の猫亜人に見入ってしまった。
一元目の授業が終わり、隣の猫亜人に勇気を出して声を掛けた。
「その白い表皮とペンは、どこで手に入れる事が出来ますか?」
「文房具屋か、大学のキオスクにあるよ。」
「キオスクて?」
「売店のことだよ。案内しましょうか?」
「お願いします!」
売店前に来ると、
「ノート何冊欲しい?」
「ノート?」
「白い表皮。本当は紙と言って、木の繊維から作られているの。」
と言って、白い紙束を取って私に渡した。
「何冊ぐらい必要でしょうか?」
「此れからはたくさん必要でしょうが、今日は三冊にしたら?それに鉛筆、
消しゴムそれらを入れる文房具入れ。」
ノートが一冊一銅貨、鉛筆五本で一銅貨全てを揃えて七銅貨である。
「神降臨街では、貨幣の価値があります。」
といった、不思議なカサチー司祭長様からの言葉を、少し理解したようにも思えた。
「貴方は、神降臨街を知らないでしょうから、今日の授業が終わったら案内しましょうか?」
「お願いします!」
ノートに字を書き始めると、スムーズに書くことができた。
土の表面で字の書き方を教わっていた頃は、
こんな魔法の世界など想像できない事である。
ノートを使う私を見て、人間種族は、一斉に近くの亜人たちに近寄り、
いろんな質問を始めだした。
そして、亜人たちの親切な心を知ったようである。
教会で個人の尊厳を説明されていたが、それは理想の世界で、
現実にそんな世界は、存在しないだろうと思っていたが、
亜人たちは迷惑とも思わないようで、
親身に受け答えしている理想の世界で生きているようである。
親が奴隷や農奴であったならば、
その子供や孫さえも奴隷や農奴とされてしまうのが普通であったが、
亜人協力国の国是と法律ではその言葉さえ存在していなかった。
案内してくれる猫亜人の娘の名は、マクリーと名乗った。
私が下げている袋を心配してか、最初に案内されたのが銀行であった。
銀行の受付は、非常に混雑していたが、みんな平然と並んで待っている。
私の番がくるまでの時間かなり待たされたが、誰も割込み等をしては来ない。
繁華街までの道は、
綺麗に舗装されていて、ごみ一つ無く、壁には落書きもない。
案内されたのは服装店であったが、展示されている服の多さに驚いた。
更に値段が安いのにも驚かされる。
私の田舎では、古着でさえ二銀貨するのに、
新品であるのに同じ二銀貨である。
店番の人種は、笑顔で迎えてくれていたが、
直ぐにそばから離れて行ってしまった。
マクリーは、私に似合いそうな服を何着も持って来ては、
取替引っ替えしながら試着を進めた。
マクリーの持ってきてくれた服を試着終えると、
マクリーは、試着した服を元の場所に戻し終えた。
マクリーは、何事もなかったように店の入り口に向かって歩き出した。
マクリーを慌てて追いかけると、
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
と、人種の店番は、私に頭を下げて見送ってくれた。
「ありがとう。欲しいものだらけなので、決まったらお邪魔します。」
と言って、マクリーは店を出た。
その後三軒の服装店を回ったが、
同じ様に何も買わずに試着だけで終わった。
私は、訳が分からず、
「何も買わないで、店の人は気分を害したでしょう。」
「買ってしまってから返品するのより、買わずにいた方がお互いに気分を害しないでしょう。一晩冷静に考える時間があれば、無駄な服を選ばないで、
本当に自分の欲しい服を決めやすいでしょう。」
マクリーの合理的な考えに驚いたが、
店番の人が怒らないで、お礼を言って見送ったのにも不思議であった。
いろんな食べ物屋が並んでいる通りに来ると、
マクリーは、
店先に置いてある皿の上の食べ物を次々と頬張って行きながら私にも勧めた。
「気に入った食べ物があったなら、買うといいよ。」
「みんなおいしいです。」
「なら、一通り食べ歩きましょう。」
「食べ物がただ?」
やはり、私は、おかしな世界に迷い込んでいるようである。
土の塊みたいな物があったが、
マクリーは、気にする事無く一切れそのままを口に運ぶのを見て、
私も少しかじってみた。
「美味しい!」つい声が出てしまった。
「どうしたの?」
「初めて食べた物だけど、すごくおいしい。」
「チョコレートね。高いけど買いますか?」
私は、一番おいしいと思ったので、買うことに決めたが、
手のひらの大きさで二銅貨であった。
果物屋の店先で子供たちが騒いでいると、
「店先で騒ぐと、他の人に迷惑かけるだろう。広場に行って遊んできな!」
と果物屋の女将らしき猫亜人が怒鳴った。
「他の人に迷惑かける?」
意味は分かるが、そんな声掛けは初めて聞いた。
私はその言葉に感銘を受けた。
生まれてからずっと、それは私がいつも感じていた感情である。
私の生まれ故郷では、周りのみんなは、人に迷惑かける人達ばかりで、
決め事さえも守ろうとしない人々ばかりであった。
決め事を守る世界で暮らしたい、それが私の夢であった。
私は、果物屋の女将の言葉に、
一生ここで暮らしたいとの思いが全身を貫いた。
果物の種類の多さと、安さにもびっくりした。
「桃二個で一銅貨ですか?」
「硬いのと、柔らかい種類があるが、どれがよいですか?」
「どう違うのですか?」
女将は桃を掴み取ると、
筋目にナイフを入れて桃を両手で交互にねじると桃は二つに分かれた。
種のない方を私に渡しながら、
「お客さん。桃を食べるのは、初めてですか?」
と、にこやかに聞いてきたので、
「シロップ漬けの桃は、食べたことはありますが、
取り立ての桃は、初めてです。」
「シロップ漬けも、ありますよ。」
「シロップ漬けは、幾らですか?」
「二個入りで、銅貨二枚だよ。」
値段を聞いてまた驚いた。
桃のシロップ漬けは、父親が敵の大将を討ち取った時に、
報酬額が大銀貨五枚を貰い、初めて買ってきた桃のシロップ漬けは、
銀貨一枚であったと聞いていたので、
この年までに一度しか食べたことがない桃のシロップ漬けは、
銅貨二枚だけだと言う。
カサチー司祭長様の言葉を要約理解できた。
ここでは、銅貨さえも価値がある事を知らされた。
マクリーを始め、ここではみんなが親切で、他人を思いやり、
相手の気持ちを考えて行動する。
故郷では亜人は奴隷や農奴以下だと聞いていたが、それは逆であり、
人種は、亜人の規律正しさがある親切には遠く及ばないとしか思えなかった。
神降臨街は私に取って理想の世界で、現実世界の桃源郷と感じた。
応募に志願した生徒は、亜人協力国の属している東大陸はもちろん、
地続きの遠くの西大陸や、海を挟んだ南大陸とその間にある島々からも、
多くの志願者が数か月をかけて集まって来ていた。
私の前には、神降臨街教会から派遣されて来たばかりの、
穏やかな表情をしたカサチー司祭長様がにこやかに座っている。
神降臨街に新たに創設された医術教育学校の生徒募集に応募した私は、
医術者希望理由の面談中である。
筆記試験を難なくこなせたのは、半年前まで農奴であった父親からの、
全てに置いて助言されたお陰である。
「お前は賢い。文字の読み書きを覚えて、弟や妹に教えてやってくれ。
読み書きができるようになると、いつかは農奴から解放される機会がある。」
と、いつも言っていたのだが、
その時は、私の心では理解できなかった。
父親の期待に添いたい一心で、
教会の手伝いをしながら文字の読み書きを教わった。
父親は農奴であり、幾ばくかの手当てが貰える臨時兵士でもあったので、
他国の町々でほかの暮らしを見てきた体験をもとに、
子供達にいろんな話をしてくれた。
父親は、どの兵士よりも勇敢であったらしいが、
文字の読み書きができないのが原因か、農奴であるためか、
毎月の給金が貰える兵士には採用されなかった。
半年前にムー帝国は亜人協力国のムー州となって、
農奴解放と農地改革法により、
父親は、農奴ではなく耕作者になった上に、
十八になったら地主様に売られる運命であった私も解放された。
「医術を学びたい理由をお聞かせください。」
とにこやかな表情したカサチー司祭長様からの言葉に、
「私は生まれたときに逆子で生まれました。
その時に無理に引き出されたのか、片足の関節が外れてしまったようで、
関節が外れたことに三年間気が付かれず、
そのまま片足が不自由になってしまいました。
生まれたときに医術者に巡り合えていたならば、
もしかしたら普通の歩き方が出来たかも知れないといつも思っています。
私は、未然に不幸になる方達を防ぎたいのと、
病に苦しむ人達をも少しでも苦しさから救いたいのです。」
「その志を忘れないで、勉学にいそしんでください。
神降臨街医術者養成大学に行かれますと、奨学金が出ます。
神降臨街では貨幣の価値があります。
奨学金は、大事に、計画的にお使いください。」
「神降臨街では、貨幣の価値があります。」
との、不思議なカサチー司祭長様からの言葉に、
貨幣はどこの場所でも同じ価値があると思った。
五十人の医術者養成大学進学希望者がいたようであるが、
カサチー司祭長様等教会関係者に見送られたのは、
私ひとりであったようである。
神降臨街までは旅車で五日間らしいので、
洗ったばかりの上着と下着数枚に、五個のパンを母親が用意してくれた。
旅車代金と宿泊費は、全てガイア教会からの証明書で無料であるらしい。
旅車の操作者からの案内で、ガイア教会から指定された宿泊施設に着くと、
そこは豪華なホテルである。
ホテルの受付にガイア教会からの証明書を見せると、
部屋の鍵を渡されて朝夕の食事時間を指定された。
食事代を持ってないので食事を辞退すると、
食事代は既に宿泊費に含まれているので無料だと告げられた。
継ぎ接ぎだらけではあるが、
洗ったばかりの清潔な服に着替えて食堂に向かった。
食堂室入り口前では三人の修道士に迎えられて、
二十人は座れるテーブルに案内された。
そこには既に十名のほど男女が席についていた。
「あら、怪我したの?大丈夫ですか?」
と、私の杖に気づいた、近くの席に座っていた女の子に声をかけられた。
「生まれた時からの怪我ですから、大丈夫です。」
こんな会話は、日常茶飯事であるので気にもならない。
足のことで同情されたくないし、何も不自由してないと思っているのは、
家族の言い方だと、わたしのわがままであるらしい。
声がけした女の子は気まずそうにするので、
悪意はないとわかっているので微笑み返しをした。
宿泊予定者は全員揃ったのか、全員の自己紹介と修道士の説明がなされた。
何人かは新調した服を着ているが、
ほとんどの人は清潔である継ぎ接ぎだらけの服である。
夕食は豪華であり、食べ放題であるうえに、
余り物を家族のみんなにお土産にできないことが残念に思われた。
翌朝豪華な食事後に、エミューに引かれてない、
多くの座席を並べた鉄の屋根付き荷車に乗っての移動である。
魔法荷車の速さは、風を切ると表現出来る速さであったので、
みんなは驚きの歓声を上げた。
五日目のお昼過ぎに神降臨街に着くと、
街並みの道路は広く、多くの人で賑わっている。
魔法荷車から降りて、ホテルみたいな大きな建物に案内された。
部屋の鍵と、教科書と言われた高価であろう書籍と、奨学金として大銀貨八枚をも渡された。
銅貨は見たことがあるが、渡されたのは見たこともない大銀貨である。
そして、来月からは銀行受け取りであるために、
銀行口座を開くように説明された。
皆は、銀行のことを説明されるが、誰もが理解できないようである。
寄宿舎の寮部屋に入るとこれまで色んなホテルのベッドに驚かされたが、
この寮部屋のベッドも豪華で柔らかい、おまけに机と椅子があり、
台所に向かうと綺麗な食事台があり、ただかまどはないようである。
部屋の説明書を開くと、照明と書いてある場所に行き、
スイッチを一つ一つ触っていくと、光魔法は発動した。
さらに驚いたのは、トイレとジャワー室である。
トイレの後片付けは水で行い、ジャワーからはお湯が出てきた。
台所にあるはずのかまどがない理由も判明した。
ひとりでに火が付き、炎の調整ができる魔法器具コンロがあったのである。
ベッドに座り、
「私はどこの魔法世界に紛れ込んだのだろう?」
急激な変化の世界に、心は不安に襲われた。
シャワー室に向かい、シャワーに打たれているときに、
隣の箱が気になってもう一度確認の為に部屋の説明書を開くと、
その箱の名称は、湯船としか書いてない。
湯船の意味が解らない。
部屋の説明書の最後には注意書きとして、
電気代、水道代、ガス代は有料と書かれているが、これも理解できない。
夕方に寄宿舎食堂へ行くと、ごった返しの状態である。
訳を聞くと、食事を注文するのには食券が必要とのことである。
食券は、二十食分を一まとめ売りで銀貨四枚であるらしい。
皆は大銀貨の為にお釣りのやり取りで混乱しているようである。
大銀貨七枚の上に更に銀貨が増えてしまうので、心楽しくなる重量である。
大銀貨貨と共に渡された袋を、腰の紐にぶら下げての移動は夢心地である。
持ち運びしなくてもよい銀行に預けるべきだろうか、
それとも心楽しくなる重量感を持続するかの選択もまた楽しい。
だが、一年間預けると金利がつくとのことで、
さらに増えるのも楽しみであった。
銅貨二枚分の食事は豪華で、
主人家族の祝い事でたまに余り物を振るわってもらえる肉や魚が付いて、
私にとっては二日分の量である上に、信じられない安さである。
教室に入ると、猫亜人と耳長種族は右側に、人種は左側に分かれている。
真ん中一列が空いているので、仕方なしに一番前の空いている席に座った。
各自に顔を描いた身分証と言う物が渡された後に、
これからの学ぶべき内容と義務について説明された。
隣の猫亜人と耳長種族は、
説明が始まると一斉に白い表皮を取り出して書き込みだした。
スムーズな書き方なで不思議な気持ちで、隣の猫亜人に見入ってしまった。
一元目の授業が終わり、隣の猫亜人に勇気を出して声を掛けた。
「その白い表皮とペンは、どこで手に入れる事が出来ますか?」
「文房具屋か、大学のキオスクにあるよ。」
「キオスクて?」
「売店のことだよ。案内しましょうか?」
「お願いします!」
売店前に来ると、
「ノート何冊欲しい?」
「ノート?」
「白い表皮。本当は紙と言って、木の繊維から作られているの。」
と言って、白い紙束を取って私に渡した。
「何冊ぐらい必要でしょうか?」
「此れからはたくさん必要でしょうが、今日は三冊にしたら?それに鉛筆、
消しゴムそれらを入れる文房具入れ。」
ノートが一冊一銅貨、鉛筆五本で一銅貨全てを揃えて七銅貨である。
「神降臨街では、貨幣の価値があります。」
といった、不思議なカサチー司祭長様からの言葉を、少し理解したようにも思えた。
「貴方は、神降臨街を知らないでしょうから、今日の授業が終わったら案内しましょうか?」
「お願いします!」
ノートに字を書き始めると、スムーズに書くことができた。
土の表面で字の書き方を教わっていた頃は、
こんな魔法の世界など想像できない事である。
ノートを使う私を見て、人間種族は、一斉に近くの亜人たちに近寄り、
いろんな質問を始めだした。
そして、亜人たちの親切な心を知ったようである。
教会で個人の尊厳を説明されていたが、それは理想の世界で、
現実にそんな世界は、存在しないだろうと思っていたが、
亜人たちは迷惑とも思わないようで、
親身に受け答えしている理想の世界で生きているようである。
親が奴隷や農奴であったならば、
その子供や孫さえも奴隷や農奴とされてしまうのが普通であったが、
亜人協力国の国是と法律ではその言葉さえ存在していなかった。
案内してくれる猫亜人の娘の名は、マクリーと名乗った。
私が下げている袋を心配してか、最初に案内されたのが銀行であった。
銀行の受付は、非常に混雑していたが、みんな平然と並んで待っている。
私の番がくるまでの時間かなり待たされたが、誰も割込み等をしては来ない。
繁華街までの道は、
綺麗に舗装されていて、ごみ一つ無く、壁には落書きもない。
案内されたのは服装店であったが、展示されている服の多さに驚いた。
更に値段が安いのにも驚かされる。
私の田舎では、古着でさえ二銀貨するのに、
新品であるのに同じ二銀貨である。
店番の人種は、笑顔で迎えてくれていたが、
直ぐにそばから離れて行ってしまった。
マクリーは、私に似合いそうな服を何着も持って来ては、
取替引っ替えしながら試着を進めた。
マクリーの持ってきてくれた服を試着終えると、
マクリーは、試着した服を元の場所に戻し終えた。
マクリーは、何事もなかったように店の入り口に向かって歩き出した。
マクリーを慌てて追いかけると、
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
と、人種の店番は、私に頭を下げて見送ってくれた。
「ありがとう。欲しいものだらけなので、決まったらお邪魔します。」
と言って、マクリーは店を出た。
その後三軒の服装店を回ったが、
同じ様に何も買わずに試着だけで終わった。
私は、訳が分からず、
「何も買わないで、店の人は気分を害したでしょう。」
「買ってしまってから返品するのより、買わずにいた方がお互いに気分を害しないでしょう。一晩冷静に考える時間があれば、無駄な服を選ばないで、
本当に自分の欲しい服を決めやすいでしょう。」
マクリーの合理的な考えに驚いたが、
店番の人が怒らないで、お礼を言って見送ったのにも不思議であった。
いろんな食べ物屋が並んでいる通りに来ると、
マクリーは、
店先に置いてある皿の上の食べ物を次々と頬張って行きながら私にも勧めた。
「気に入った食べ物があったなら、買うといいよ。」
「みんなおいしいです。」
「なら、一通り食べ歩きましょう。」
「食べ物がただ?」
やはり、私は、おかしな世界に迷い込んでいるようである。
土の塊みたいな物があったが、
マクリーは、気にする事無く一切れそのままを口に運ぶのを見て、
私も少しかじってみた。
「美味しい!」つい声が出てしまった。
「どうしたの?」
「初めて食べた物だけど、すごくおいしい。」
「チョコレートね。高いけど買いますか?」
私は、一番おいしいと思ったので、買うことに決めたが、
手のひらの大きさで二銅貨であった。
果物屋の店先で子供たちが騒いでいると、
「店先で騒ぐと、他の人に迷惑かけるだろう。広場に行って遊んできな!」
と果物屋の女将らしき猫亜人が怒鳴った。
「他の人に迷惑かける?」
意味は分かるが、そんな声掛けは初めて聞いた。
私はその言葉に感銘を受けた。
生まれてからずっと、それは私がいつも感じていた感情である。
私の生まれ故郷では、周りのみんなは、人に迷惑かける人達ばかりで、
決め事さえも守ろうとしない人々ばかりであった。
決め事を守る世界で暮らしたい、それが私の夢であった。
私は、果物屋の女将の言葉に、
一生ここで暮らしたいとの思いが全身を貫いた。
果物の種類の多さと、安さにもびっくりした。
「桃二個で一銅貨ですか?」
「硬いのと、柔らかい種類があるが、どれがよいですか?」
「どう違うのですか?」
女将は桃を掴み取ると、
筋目にナイフを入れて桃を両手で交互にねじると桃は二つに分かれた。
種のない方を私に渡しながら、
「お客さん。桃を食べるのは、初めてですか?」
と、にこやかに聞いてきたので、
「シロップ漬けの桃は、食べたことはありますが、
取り立ての桃は、初めてです。」
「シロップ漬けも、ありますよ。」
「シロップ漬けは、幾らですか?」
「二個入りで、銅貨二枚だよ。」
値段を聞いてまた驚いた。
桃のシロップ漬けは、父親が敵の大将を討ち取った時に、
報酬額が大銀貨五枚を貰い、初めて買ってきた桃のシロップ漬けは、
銀貨一枚であったと聞いていたので、
この年までに一度しか食べたことがない桃のシロップ漬けは、
銅貨二枚だけだと言う。
カサチー司祭長様の言葉を要約理解できた。
ここでは、銅貨さえも価値がある事を知らされた。
マクリーを始め、ここではみんなが親切で、他人を思いやり、
相手の気持ちを考えて行動する。
故郷では亜人は奴隷や農奴以下だと聞いていたが、それは逆であり、
人種は、亜人の規律正しさがある親切には遠く及ばないとしか思えなかった。
神降臨街は私に取って理想の世界で、現実世界の桃源郷と感じた。
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