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制覇行進

90 槍無双、元親衛隊隊長

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 イザベラ女王の戴冠式が行われている頃、ゴールドル伯爵領地では軍の編成と傭兵の募集が行われていた。

 傭兵募集中の宿舎では、冒険者傭兵ギルドからの紹介者達の面接を行っていた。
鎮守聖国チャップリ聖騎士連隊長配下の、元傭兵聖騎士十人による面談である。
「名前は?」
「ノライヌともうす。」
と言って、手拭いを頭からほっかぶりした男は無表情で答えた。
「で、以前の戦場は、どこだった?」
「言っても、遠い昔のことなので、おぬしは知るまい。」
「そうか。詮索はしないが、槍先を見せてくれ。」
面談者は、傭兵の場合は過去を詮索しないのが互いの暗黙事と了解していた。
冒険者傭兵ギルドの紹介者は、あくまでのその力量を評価した者達であった。
とは言え、敵の間者か否かは面談者の眼力である。

 面談者から見たノライヌの装備は粗末で有ったが、槍の矛先はきれいに磨いていた。
ほっかぶりは怪しさを蔓延させてはいたが、陰険さは微塵も無いと判断した。

 面談者は無表情で書類の山から一枚を取りだし、自分のサインをして銀貨一枚と共にノライヌの前に差し出した。
「戦闘が終わったなら、この書類を冒険者傭兵ギルドに出すと、金貨一枚が出る。その時には評価金も出るかもしれない。」
と、面談者の顔でなく、傭兵時代の顔を見せた。
ノライヌも若い面談者の目つきが仲間を見る目に変わったのに気づくと、微笑んで頭を下げた。

「俺らは、元第一王子の親衛隊だったのだ!騎馬隊に編入させろ。」
「それに、攻撃魔法も使えるのだ。」
「待遇は傭兵でなく、正規兵の幹部だろう。」
との騒ぎに気づいたノライヌは手拭いのほっかぶりを顔まで下げ、毛布を抱いて足早に指定部屋へ向かった。

 チャップリ聖騎士連隊長も騒ぎに気付いてすぐに騒ぎの中へ入っていった。
「傭兵は過去の身分を隠すのが常識だろう。俺達もお前たち傭兵の過去は詮索しない。ここは傭兵を募集している場所だ!正規軍の募集受付はここじゃない!」
「正規軍の募集は締め切っているから、冒険者傭兵ギルドの紹介でここへ来たのだ。」
と元第一王子の親衛隊の一人が進み出た。

 元傭兵であるチャップリ聖騎士連隊長は、五人の元第一王子親衛隊の槍矛先を見つめて、
「槍の錆をそのままにしている者達は、傭兵としては失格だ。」
と、軽蔑視線を矛先に向けた。

 元第一王子の親衛隊の一人が、チャップリ聖騎士連隊長の目線先を追うように槍の錆を見つめて、
「槍はさびていても、腕は錆びてはいない。ヒカリ王女様の為にと、はせ参じて来たのだ。」
「よく口の回るやつらだ。その回る口程の働きをするなら、傭兵として採用しよう。」
と言って、面談者に顎で指示をした。
面談者は不服そうな仏頂面になりながらも、五枚の書類にサインして銀貨五貨幣を机に並べた。
元第一王子の親衛隊は、これ以上の要求は無理と判断したのか、「仕方ない。」と言って書類と銀貨を受取り、部屋の方へ向かった。

 日が落ちだすころ、ゴールドル伯爵邸宅の広い居間室は作戦会議室になっていた。
「ここに立てこもって籠城戦などしたら、住民の家屋や財産が投石器の餌食になるだけで、われらには利がない。」
と、リルドラ騎兵隊長は父親のゴールドル伯爵に怒鳴った。
「俺も、リルドラ騎兵隊長に同意する。野戦で迎えるべきだ。」
と派遣軍チャップリ聖騎士連隊長も付け加えた。
「だが、十万の兵力相手に、五万の兵力では、無謀だろう。」
「親父殿、戦は数ではない。チャップリ聖騎馬隊一万と我が騎馬隊一万五千万に、五人の妖精様達の援護があるなら、敵の軍団を蹴散らせきれる!」
「策があると?」

 リルドラは壁に垂らしてある白いカーテンを目いっぱいに広げた。
白いカーテンはスクリーンとなり、上空から兵の配置を示した。
「敵十万兵力の配置は、三軍団に分かれ、後方本陣には一万の突撃騎馬隊が控えるだろう。」
「この敵の配置は、どの様な理由で想定した?」
とゴールドル伯爵は説明しているリルドラに問いかけた。

 チャップリ聖騎士隊長は立ち上がり、
「それは、私が説明します。オハラ王国十万の親衛隊の、これまでの戦いを分析しました。」
「どこで、知り得た?」
「鎮守聖国には、ドローンと言って、チンジュ女神様の目は常に、上空から地上の隅々まで監視しているからです。」
「分かった。では、作戦を聞こう。」
と、即認めたのは、ゴールドル伯爵もすでにチンジュ女神教の信者となっていていたので、チンジュ女神の名が出たからであった。

 リルドラは咳を一つすると、
「敵右翼三万には、サクラ妖精様とキク妖精様の先導で、チャップリ聖騎馬隊一万が向かい。
敵中央軍三万には、ボタン妖精様とユリ妖精様達の後から、わが騎馬隊一万五千万が向かい、そのまま本陣まで突っ込みます。
敵左翼には、シャクヤク妖精様の援護の下、王女様と親父殿が弓隊と槍歩兵部隊の二万五千の軍勢を指揮して、迎え撃っていただきたい。」
「こちらの陣形は理解したが、後方本陣にいる、一万の突撃騎馬隊が眺めているとは思えないが?」
「一万の突撃騎馬隊は、臨機応変な動きなので、戦が始まらないと予想出来ませんが、味方はボーボアの装備で武装しているので、隊列が乱れない限り、対処は可能です。」
「ま、妖精様たちの力と、ボーボアの装備で武装しているのであれば、可能だろう。」
と、この場の士気を落とさないように、不安さを隠したゴールドル伯爵は同意した。

 五人の教官妖精たちは互いにボクシング仕合い、
「タローに褒めてもらって、ご褒美を頂こう。」
と、はしゃぎだしているが、初めての戦に挑むヒカリ王女とマリーは不安顔になっていた。

 早朝には、既にリルドラ騎馬隊一万五千万は、開戦予定地の草原に向かっていた。
チャップリ聖騎馬隊一万の後ろから、馬上のヒカリ王女とマリーにゴールドル伯爵は、二万五千の歩兵隊を率いて続いた。

 ヒカリ王女達が戦場予定地に着いた時には、既にリルドラ騎兵隊は敵の強行偵察隊を壊滅していた。

 戦場予定地にまだ敵の本隊が到着しないので、ゴールドル領地軍は互いに陣形を調え、その場で野営することにした。

 野営地では交代式で食事の最中であったが、ヒカリ王女とマリーは馬に乗って休憩兼食事中の輪を見回っていた。
「マリー。彼等は、明日命を落とすだろうと、なぜ悲観しない。」
「男どもの考えなど、理解不能です。」
と、不安な心を隠すように、世の男たちに対する憎まれ口を吐いている。

「ヒカリ女王様。お久しぶりです。」
と、親衛隊仕様の甲冑姿の五人が、ヒカリ王女の方へ駆け出してきた。

 ヒカリ王女とマリーは互いに、親衛隊仕様の甲冑姿に違和を感じて槍と薙刀を青く輝かせた。
「私を女王呼ばわりして、私を反逆者にする所業か!」
とヒカリ王女が叫ぶと、
「滅相もございません。ただ、(血を求める狂犬病。)に挑む心意気に、敬意を表しただけでございます。決して悪意はありません。」
と、五人は片膝をついた。

 ヒカリ王女は前方から自分を見つめる強い視点を感じて、
「以後気負付けよ!」
といって五人に対する関心よりも、強い視点で見つめた方向へ馬を走らせた。
「お前の変な呼び名のおかげで、口つなぎの機会がなくなってしまったぞ。」
と四人の男たちは立ち上がりながら、女王呼ばわりした男に怒りだした。

 ヒカリ王女は平然とお椀から煮物をすすっている男の背中を見つめて、
「お主の名は?」
「ノライヌといいます。」

 ヒカリ王女はノライヌの背中を見つめて、唇をひと嚙みして
「因果応報のいばら道を選んだのか?」
と、いたわりの言葉をかけるつもりが、女王呼ばわりされた怒り動揺のまま声がけした。
男は振り向くことなく、
「自業自得だからだろう。」
と、感情のこもっていない捨て鉢な言葉で応えた。

 ヒカリ王女は自分の侍女メルシーをアントワ元公女の所へ使いに出した事で、侍女メルシーは帰らない人となった過去を思い出していた。
侍女メルシーはアクコー王子に無理やり手籠めにされた上に、喉を切り裂かれた状態でアクコー王子の部屋の窓から中庭に捨てられていた。
侍女メルシーの父親はタワラボシ.ゲンバとの名で、槍無双の二つ名を持った王親衛隊隊長であったが、三年前の事件後すぐにこつぜん姿を消した。

「余計なことを申した。許されよ。」
と自業自得との言葉に、そうじゃないとの言葉を飲み込み、アクコー王子の残酷さを予知できなかった自分のふがいなさを恥じるようにうなだれた。

 ノライヌは振り返ることなく無言でお椀をすすりだすと、ヒカリ王女は話を続けたい気持ちで、そうっとノライヌの横に立てかけてある槍をつかんだ。
「この槍、、、気にいった。私の槍と交換しないか?」
「使い古した槍が、気に入ったのなら、お好きになされよ。」
と、手拭いのほっかぶりをさらに顔を隠すようにずり下げた。
マリーは、ヒカリ王女の目から涙が落ちたのを見逃さなかったし、ノライヌの背中が揺れているのにも気が付いた。

 ヒカリ王女は黒ボーボアの尾刃剣槍をノライヌの横に立てかけ、気にいった槍をつかむと槍先の鋭さに気が高ぶりだした。
槍先の鋭さからアクコー王子の犠牲者が呪い襲ってくる恐怖に駆られたようで、逃れる様に一目散に自分専用のテントを目指した。
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