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国興し

33 前座戦

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 鹿島の遠視能力取得練習中、エントツ指揮する砦では慌ただしい動きが起きていた。
中砦では編成されたばかりの軍の訓練中であったが、
「アチャカ殿の従兄弟ロビンと名乗る者から、救護要請が来たと?」
「はい、北砦工事現場に二千からの移住者が向かっているようなのですが、傭兵偵察隊らしき敵対者達に、監視されているらしいのです。」
「弓騎馬隊と強行偵察騎馬隊!すぐに北砦へ援軍に迎え!大型連弩も準備しろ!」
エントツ指揮官の動きは速かった。

 五百の弓ベアボウ騎馬隊と五十人の小クロスボウを装備した強行偵察騎馬隊は、軍の先行として北砦へと向かった。

 エントツ指揮官は、残りの千人の歩兵を率いて北砦へ向かった。

 ミミズ街門前では、着いたばかりの二十人の重甲冑姿騎士団に、ナントン領主は疎まれまいと御機嫌顔で礼を述べていた。
「こんな長旅をして来たわれらに、感謝だけか?」
と言って、リーダーらしき先頭の騎士は手首を上下に振っている。
ナントン領主は、急いで革袋をリーダーらしき先頭の騎士に手渡した。
「でいつから、賊どもの盗伐を行うのだ。」
「すぐにでも、お願いしたいのですが、皆さんは長旅でお疲れでしょうから、最高級の宿を用意しています。
今夜、わが屋敷で皆様を招待し、歓迎の宴を行いたいと思います。
その後はゆっくり骨休みして頂きたいと思います。」
ナントン領主は用心気に、言葉を一つ一つ選んでいるようである。

 リーダーらしき先頭の騎士は、居並ぶ傭兵を見回すと、
「われらの加勢がいるのか?」
「狼藉奴らは、砦を築いているらしいのです。」
「その砦を、我らの火炎魔法で焼き払ってほしいと?」
「ハイ是非に、お願いします。」
「俺らは、確かに長旅で疲れている。ナントン領主殿のお言葉に甘え、明日の朝からでいいか?」
「今夜はゆっくりと休んでいただきます。高級宿を用意しています。」
「いい酒と、女も用意しているだろうな。」
ナントン領主はその言葉を待っていたかのように、満面の笑顔で、
「もちろんでございます。最高の料理に、最上級酒を用意しています。各自の宿では、高級娼婦たちも待っています。」

 重甲冑姿騎士団と領主との話を聞いていた傭兵達の間からは、不満気な空気が漂っていた。
「奴らは、どうせ戦いが始まったら、後ろから見ているだけだろう。」
「あの紋章は、第一王子の親衛隊のようだが、本当に攻撃魔法を使えるのか?」
「あいつらは、実力よりも、縁故と賄賂で騎士になった奴ばかりだろう。」
「ま、相手は、元衛士兵ばかりだし、あいつらでも役には立つだろう。」
「ところで、偵察に向かった奴らは、遅いな~。」
「急いで帰ってきても、いいことはないと思っているのだろう。」
「貧乏くじを引いたのだから、仕方がないさ。」
「ま、俺らもこれから、あいつらの残りもんでも拝みに行くか。」
と、上機嫌の重甲冑騎士団に顎をしゃくり投げた。
「よし!明日の活力を求めて、俺らも娼婦館まで出っ張ろう。」

 強行偵察騎馬隊五十人は、丘の上にいる十人の傭兵偵察隊らしき者達を眺めていた。
「おい、あいつはミミズ街冒険者ギルドにいた奴だろう。」
「あ~ぁ。奴は見覚えがあるが、ほかのやつらは見覚えがないな。」
「丘を囲んで、捕らえて締め上げるか?」
「奴らは傭兵だろう。囲んで襲うとして、チャップリ兄貴は勝てるだろうが、ほかの者たちも剣で勝てると?」
「俺らには、これがある。」
とチャップリは肩にかけた小クロスボウを叩いた。
「奴らは、本当に敵対者かな~。」
「砦を覗っているのだ。敵の偵察隊だろう。」
「まず、奴らの正体を聞いてみようよ。」
「よし!聞いてみよう。だが、全員、クロスボウに矢をセットしてから近づくぞ。」
「そうだなぁ。」
と全員がクロスボウの弦引き用テコを引き、弦を固定セットし終えると矢を添えた。

 強行偵察騎馬隊五十人は丘のすそ野を回り込み、丘の上にいる武装集団を囲むように散会した

 強行偵察騎馬隊五十人は丘を取り囲むと、近くの低木に馬の手綱を括り付けた。
チャップリは周りを見回すと、
「訓練通り、ゆっくりと隣同士歩調を合わせて登れ。」
と言って、クロスボウの引き金に指を添えた。

 丘の上にいる武装集団は、丘の四方八方から登ってくる兵士たちに気づくと、
「おい、へっぴり腰の連中がばらばらで上ってくるが、あれで、俺たちを囲んだつもりか?」
「登って来る奴なんか、下る勢いで蹴散らせるのに、俺らの五倍の兵量だが、バラバラで来るとは、あほか!」
「指揮官が、馬鹿野郎なのだろう。」
「俺らが相手する正面の奴らは、俺らより少なくなるだろう。」
と、瀬々笑っている。

 チャップリは、頂上で仁王立ちしている武装集団に怒鳴った。
「お前らは、ここで何をしている。」
「お前がこいつらを指揮している、能無しか?」
「再度聞く、何をしている。」
「お前みたいな、アホを眺めているのだ。」
「応募者ではないのだな!」
「は~ぁ。俺らは不義理者ではない!お前らは元傭兵見習の冒険者だろう。ギルドへの義理はどうした。」
「俺らは、ギルドから搾取され続けた覚えはあるが、ギルドへの恩など感じたことはない。」
「それが、不義者の返事か。」
「もう逃げられない。投降しろ。命だけは助かる。くそギルド長みたいに、敗北者を奴隷なんかに売り飛ばさない。」
「お前は、少しは骨があるようだが、こっち側のやつらは、へっぴり腰だ。」
と言って、武装集団は抜刀しチャップリに背を向けると、気勢を上げながら丘の反対側に下りだした瞬間、全員は鉄板胸当てに穴ができたのを確認して倒れ込んだ。

 チャップリは急ぎ丘の頂に登ると、丘の上にいた十人の武装集団は、裾野に向かって勢いよく転がっていた。

 チャップリは隣の男に馬を連れてくるよう指示すると、裾野に向かって転がっている男達を追った。

 転げ落ちた男たちは、均等に三本の矢に貫かれていた。
矢の威力は住様しく、風切り羽を背中側体内に残していたが、鏃先は転がっているうちに折れてなくなっていた。

「スゲ~威力だ。」
「発射した瞬間さえ、こいつらは理解出来無かった様子だった。」
「これは、お館様が用意したらしいが、戦軍神、死神閻魔王様からの贈物か?」
「お前ら!今後、二度と、、、お館様を死神呼ばわりしたら、殺す!」
チャップリは、転げ死んだ遺体の周りに集まってきた部下たちに叫んだ。
「お館様は、奴隷や農奴たちを解放した、チンジュ女神様の眷属様だ。忘れるな。死にたくなければ、俺の言葉を決して忘れないことだ!」
と、夜叉顔になった。
「戦軍神、死神閻魔王様」といった男は、真っ蒼な顔で大きくうなずいた。

 チャップリは、鹿島と初めて会った場所は奴隷棟であったが、配下と奴隷たちを逃すために、母親の薬代を出してくれた雇主への恩義の為に、単身で奴隷棟警護の荒くれ者達に立ち向かうつもりであった。
が、後ろから現れた鹿島の助成に、けがもなく脱出できた恩を感じていた。
助成してくれた男が、まさかの演説中のお館様だったと知ったときに、陰からながらも一生涯尽くしていくと決心していた。

 ナントン領主屋敷では、魔法自慢話に花が咲いていた。
「俺は、最高級火炎魔法師ロッパだ!炎の長さは五メートル先まで焦がせる。ほかのやつらだって三メートル以上だ。」
「副団長もすごいが、班長だって五メートル先の大の男を、吹き飛ばしたぞ。」
「ま、今回参加した者たちは、皆最高級の魔法を使えるのだ。ナントン殿、そこは理解しておろう。」
「もちろん、有り余る程の頼もしい方たちが来たと感激しています。討伐していただいた後は、新たなお礼も用意しています。」
騎士たちの自慢話が一通り過ぎたあたりで、歓迎の宴などそこそこに、騎士たちは宿で待っている娼婦たちに関心が移っていた。

 ナントン領主と執事シーザーは、騎士たちの色欲を確認できたことで、チンジュサマと呼ばれていた絶世の美女を、騎士たちに奪いに行かせる算段をしだした。
「傭兵どもに探索に行かせたら、あ奴らはきっとそのまま奪い去るか、傷物にしてしまう恐れがあるが、第一王子に献上すると知ったなら、下手なことしいないだろう。」
「代わりの娼婦を用意するとは、流石に領主様です。」
「これがうまくいったら、俺も第一王子派閥に招待されるだろう。」
「王子様が、即位した暁には、何らかの行政官になれますでしょう。」
二人は上機嫌で、持ってたグラスの酒を飲み干した。

 ミミズ街歓楽場所では、あちらこちらで宴もたけなわである中、北砦向かいの幅三十メートルの川を多くの人々が渡渉していた。
「みんなもう少しだ。頑張れ!」
みんなは息も絶え絶えとしながらも、深さ一メートルの川の流れに足を取られまいと、何とか踏ん張って前に進んでいた。
「砦の先には、温かい飲物と食い物が用意してある。休む場所もある。川を渡り切れば、すぐだ。」
真新しい鎧を着た若い男は、渡渉している弱り切っている人々の川上側で、川の流れを弱めながら励ましている。

 工事中の一角では焚火の明かりを頼りに、チャップリとエントツ指揮官が話し込んでいた。
「ナントン領主は、明日の朝、ミミズ街を出発すると?」
「第一王子親衛隊二十人と傭兵が五百人らしいです。」
「情報源は、例の偵察隊からか?」
「いいえ、彼等全員はクロスボウの威力で即死してしまい、情報を取得出来ませんでしたので、ミミズ街まで馬で駆けて行ったら、都合よく一人の傭兵と遭遇したので、情報を仕入れることができました。」
「かなり手荒にか?」
「少々手荒に、聞き出しました。」
「早くて午後か~ぁ、夕方には間違いなく着くな。」
「川でずぶ濡れのみんなも、明日の昼には、神降臨街へ出発できるだろうから、思う存分戦えますでしょう。」
「クロスボウの威力は、魔法で防げると思うか?」
「無理でしょう。」
「ベアボウやコンパウンドボウの出現で、これからの戦は、大きく変わるな。」
「魔法師の数が、そのまま戦力とはならないと?」
「魔法師の数がまったく無意味とは言わないが、遠距離戦から始まって、あとは数での押し合いと戦術になるだろう。」
「まさか、弓矢が戦いを変えるとは。」
「戦い自体が、魔法戦争だから魔法師育成には励むが、ほかの武器を開発するのが、おろそかだっただけだろう。」
「お館様は、この後はいろんな国に、どの様な影響を与えるのでしょうか?」
「周りの思案など気にしないお方だし、あっさりと、ミミズ街を捨てるなど、お館様には欲がない。」
「力で押さえ付けさえすれば、簡単だったのに、、、弱い人には優しいからな~。」
「ロビンの報告では、武器を持ったものには、残忍らしい。」
「え~、強きをくじき弱きを助ける。そのまんまのお館様なのだ」
二人は沈黙したのちに顔と目を合わせ合い、互いに相手を見透かせ切れた自信からか、互いに認め合った様子でうなずき合い強く手を握りあった。

 北砦では、仮の防御柵が川沿いに設置されている。
柵内には十台の大型連弩が並び、小型弓ベアボウを装備した騎馬隊が防御柵の両端に位置している。
槍兵は防御柵の出入り用柵の切れ目に整列していて、防御柵に取り付くように弓ベアボウ隊が並んでいた。

 工事中の防護壁の上には、クロスボウを装備した列が並んでいた。

 夕方の静寂は、三十メートル川向うの低木地先の丘に現れた、ナントン領地軍によってざわめきに変わった。

 丘の上に本陣を敷いたナントン領主は傭兵五百人に、丘のすそ野に陣備えとテント設置を命じた。

「ナントン殿。あ奴らは、戦を知っているのか?」
「木の柵を並べただけの、やつらですか?」
「ほかにいまい。」
「元々が衛士兵上がりと、農奴や奴隷どもですから、あんなもんでしょう。」
「俺らは、柵を焼き払い、吹き飛ばすだけでいいだろう。」
「もちろん。宜しくお願いします。これから奴らが逃げ込んだ最果て村までは、ただ進むだけでしょうから。」
「その後も、戦をするのか?聞いてないぞ。」
「報酬は上乗せします。」
「そうか!昨夜の接待をまた頼むぞ。」
「もちろんでございます。」
二人が飲みかわす酒で酩酊しだしたころ、すそ野のテントが燃え上がった。

 ロビンは配下の者たちを率いて、テント群に忍び込むと周り中のテントに油を掛け回り、火を付け回った
風に煽られた炎は、陣備え周りのテント三分の一を燃え上がらせた。

「派手に燃え上がっているな~」
「ロビンが兵糧を標的にしたいと言って来た時は驚いたが、あの炎の勢いもすごいが、ロビンという男は派手好きか?」
「結果オーライでしょう。」
「だな。後は、明日に備えて俺らも寝るか。」
「奴らは、夜明け前に攻め込んでこないだろうか?」
「ま、こないだろうな。」
「どうしてでしょうか?」
「手柄を立てても、だれも評価してくれないからさ。」
「まさか。」
「それが、ナントンという男さ。」
エントツは工事中の壁に背を預けて眠りだした。

 朝日が出てもナントン領地軍は動く気配がなかった。
「おい、。俺、戦は初めてだが、朝日が出る前に攻め込むのが、セオリーではないのか?」
「だよなぁ。お陰で朝食なしだよ。」
「焼き豆はたっぷり配給されただろう。」
「焼き豆より、俺は蒸した豆が好みだよ。」
「蒸した豆?あんなの味がしないだろう。」
「ところが、塩をかけると天下一品の味だよ。」
「そう云えば、俺らは、今は簡単に、塩を手に入れきれるな。」
「だね。塩を一杯買い込んで、行商しようかな。」
「すぐに大金持ちだ。ハハハ。」
「おい、お前ら、馬鹿を言ってないで、前方を警戒してろ。」
と、柵の前で話し込んでる兵に向かって、小隊長が声掛けした。

 お昼近くになって、ようやっとナントン領地軍は川沿いに出てきた。
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