上 下
1 / 26

第1段階

しおりを挟む
 私は今、どうしようもなく足が痛い。できることなら、早く帰りたい。でも、それが出来ない。なぜなら

 目の前の婚約者が自慢話をしている、真っ最中だからだ。

 なぜこんなことになっているかというと。
 私はユナ・イブレスタ。イブレスタ公爵の令嬢だ。今日は婚約者のクリストと会う約束をしていて朝から忙しくしていた。準備が終わったのは、何時間も後のことだった。クリストと約束の時間。ところがアイツ。おっと。クリストは約束をすっぽかして来なかった。おかげで、長時間待つはめになり足は痛くなるわ、暑いわで大変なのだ。クリストがきたのは、それから何時間もたってから。やっと来たと思ったら、まあ父親が何かに成功したとかなんとか。自分がどうしたのこうだの。お得意の自慢話が始まり、今に至るというわけだ。

 はぁ。ほんと勘弁してくれ。あんたの自慢話はどうでもいいのだ。まさか、攻略対象がこんな自意識過剰な性格だったとは。ひとつ付け加えておくと、今の私はかつてのユナ・イブレスタとは少し違う。今の私は、前世もちのイブレスタ。昨日、あることがきっかけで前世を思い出した。
 昨日の夜、私は

    浴槽で溺れた。

というのも浴槽が広すぎて、浴槽前でスッ転び。浴槽にドボン。あまりにもびっくりして、そのまま気を失ってしまった。
 その間に思い出した記憶によれば、私の前世は仕事に明け暮れる会社人で、ある日の帰り道。相手先との打ち合わせで時間がおし。くたくたになりながら歩いていたら、横断歩道に子猫が置き去りにされており。迫って来るバイクからとっさに守ろうとして飛び出した結果。事故にあい、そのままなくなったらしい。
 私が目を覚ました時に見たのは、いつもの自分の部屋ではなく豪華な天井に壁、物、ベッド。広すぎる部屋だった。
 
わぁ。この家具いくらすんの?てか、ここどこ?私の部屋じゃないし。なんか髪も長くない?色も変じゃない?

 コンコン。「失礼します」

メイドらしい人が入ってきた。

「お嬢様!お目覚めになったんですね!よかったぁ。」
そのメイドはほっとしたように笑った。
「いやぁ…あの。ここどこ?」
「てか、私だれ?」
私はわけがわからずメイドらしい人に尋ねた。
「まぁ!お嬢様ったらご冗談を。ここはお嬢様のお部屋ですよ。昨日、はしゃぎすぎるからお風呂場で転んで気を失って倒れたんです!」
メイドは口調こそ強かったが、にっこりと笑っていた。
「そんなに今日が楽しみだったんですね」
ん?今日?
「あのぉ…今日って何かあったっけ?」
「何かって。お嬢様今日はクリスト様とお出かけになるんでしょう?」
「クリ…スト様ぁ?」
「はい!ほんとお嬢様はクリスト様が大好きですもんね。今日をすごく楽しみにしておられたではありませんか!」
「アハハハ」
うそぉ!だれ?てか、婚約者いるの!?私。ほんとなんなのよ!?
「ちなみに…私の名前って…?」
メイドは少しあきれたように笑った。
「お嬢様。ほんと今日はどうしたんですか?ユナ様!でしょう?」
「アハハハ。そう…でしたね。」
私はあきらめて笑った。でも本音は…

いやいや。ほんとなんなのよ!?わかんないんだけど。クリスト?だれよ!?ユナ?あぁ私の名前ね…って違うし!婚約者?メイド?うーん。…うーん。…

 もういいや。寝よ。なんかわかんないし。私は、考えることを放棄した。

「ちょっと!お嬢様!寝ちゃダメですよ!今日、お出かけになるんでしょう?今から準備しますよ!さぁ起きて。起きて。」

なんだかんだで準備をした私は。状況が理解できず…営業スマイルを繰り返す。何かあったら営業スマイル!あぁ、営業スマイルってほんとにいい。ここにきて、唯一役立った私の能力だ。でも…なーんかひっかかるんだよね。この世界とか。私の名前。知ってるような気がする。うーん。

 ユナ クリスト メイド 婚約者 この髪の長さに髪の色 ……あっ!…乙女ゲーム?そうだ!乙女ゲーム!そうそう。たしかやってたじゃん!
 そう。前世の私は乙女ゲームが大好きだった。唯一の趣味と言ってもいい。仕事の後はいつもこれで心を癒していた。だから、それから推測するとこのゲームは

『私はあなたを追いかけます!お覚悟を!』

という主人公が初恋を追って王子様たちと恋を繰り広げる恋愛ゲームだったはず。主人公のアナベルは幼い頃出会った初恋の人を探し恋をしていく。攻略対象は5人。その一人がクリスト。王子様だ。けれど、アナベルはある令嬢にいつも邪魔される。名前は確か…ユナ。……えっ?ちょっと待って?私!?私はユナ・イブレスタ。ゲームに出てくるユナはよく言う悪役令嬢……

うそぉ!私じゃん!えぇーっと。つまり?前世で事故にあって?転生したところは乙女ゲームの世界で?転生したのは悪役令嬢?いやいや。ひどすぎない!?せっかく、乙女ゲームの世界にこられたのに。悪役令嬢!?はぁ。ほんとに。
 ユナはさまざまな場面でアナベルを邪魔し続け、ついには追放される。家族からも見放されたユナはおそらく、つつましく暮らすのだろう。追放後はストーリーにないためわからない。悪役令嬢のユナには、もちろん宛もない。あんな性格じゃあねぇ。まぁ私なんだけど……とにかく!貧乏はいや!
 ユナはアナベルを邪魔するために次々と行動を起こして行く。お金をふんだんに使って。今思うともったいないんだよね。だって、実のところアナベルが嫌いだってだけで、特に恋はしてなかったし。ただの嫉妬なんだよね。たぶん。その証拠にアナベルを邪魔するだけであって王子たちには手を出さなかった。クリストを除いてだけど。彼はユナの婚約者で、ユナもどうやら好きだったみたいだから。
 でもなぁ。ユナの記憶を通して見たクリストって……ねぇ。残念…なんだよね。ゲームでは好きだったけど。裏話があったんだ……クリストはイケメンだけど、自意識過剰、自己中心的、自慢大好き王子様。わぁお。

 ゲームで美化し過ぎじゃない?だって、ゲームではイケメン紳士だったのに。これじゃあねぇ。他の王子様は知らないけど。

 とにかく、お金あるなら無駄に使わないで貯めたいし。転生してお金がある今、恋よりスローライフ送りたいなぁ。適度に贅沢して。追放はいや!この際、アナベルはどうでもいいや。アナベルが嫌いな理由も思い出せないし。私的にはクリストもお断りだから……問題なし!
 アナベルには勝手に初恋だのなんだのしてもらって。私はスローライフ!前世では仕事ばっかりだったから、少しぐらいいいよね。
 そうと決まれば、お父様?に相談!いや、その前に今日のお出かけ。はぁ。

 どうなることやら。

こうして再度今に至る。クリストのこの自慢話しはいつまで続くのか。まだ屋敷の前だ。出かけてさえいない。足も痛い。途中から話しを聞くのは止めて、営業スマイルに移行した。聞いててもわからないし、つまらないからだ。

 さてと、私は別のことを考える。この会話も終わらせたいが、それよりも今大事なのは私の『スローライフ計画』だ。まずは、うーん…やっぱりクリストだな。アナベルと関わりそうなクリストとは、おさらばしないと。


 さぁ、『スローライフ計画』第1段階スタートだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

処理中です...