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銀嶺の章
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彼女を手離したことを後悔してないと言えば嘘になる。この店にいるみんながみんな彼女のことが好きだった。けれど…始めから好きだったかと言うとそれも違うだろう。この子が初めてこの街に来た時…この店に来た時。小さな子どもに俺達がとった態度は良いものではなかった。心に余裕がなかった俺達にとって、突然現れた…まだ人の世話を必要とする小さな子どもはお荷物としか思えなかったのだ。
冷たい態度をとった。表情を向けた。心にも無い言葉を放ち突き放したこともある。
だけど…そんな大人になりきれなかった俺達を救ったのは、お荷物としか思っていなかった彼女だった。俺達がどれだけ冷たくし突き離しても彼女はめげることを知らず…ずっと笑いかけてくる。まだつたない言葉で語りかけてくる。自分たちの名前を覚えると、それは嬉しそうに一生懸命に話して呼んで。時にはこんな自分たちを頼り、知らない人の前ではその小さな手で俺達の裾を掴んだり…後ろに隠れたり。寝る時は必ず誰かのそばに寄り、安心しきったように眠る
その子どもの行動は…いつの間にか俺達の生活に光を差し、暗い何かに囚われていた自分たちの日常を温かいものに変えていった。見せかけばかりだったみんなの笑顔も、本当の笑顔に変わり。冷え切っていたこの場所に春が訪れたようで。
いつしかその小さな子どもは俺達にとって…かけがえのない宝物になった
この子を手放すと言われた時、この店の誰もが言葉を失った。自分の体の一部を持っていかれるような…そんな感覚がした。誰もが苦い表情をしていたがその言葉を上げることはなかった。みんな分かっていたからだ。ここにいることは彼女の『幸せ』には繋がらないということ。そして彼女を待つものがいるということ
あの日…彼女を手離した日から今まで。俺達が後悔しない日はなかった。彼女が幸せに暮らしていると信じ気持ちを切り替えても…不意に思い出しては心が沈んだ。あの日々を思い出しては寂しく笑った。
彼女は笑うだろうか。この店にまだ残る彼女が使っていた部屋の存在を知ったその時に…
「ねぇ、柳様。彼女を…また手離すなんて言わないわよね?私はもう…無理だわ。今のこの子を…みたらなおさら…ね」
先程まで垂らしていた紫の髪を束ねた彼は眠る彼女の手当をしながら静かに言った。
「…手放す…ですか。けれど…桔梗。この子のこれからを僕たちが決めることはできません。この子の人生もこの先も彼女自身が選ばなくては…」
桔梗…そう呼ばれる者がいる。紫の美しい髪を持ち…その姿にはいつも気品が漂う。女性と似た口調には親しみやすさが感じられ、その明るい性格から誰からも慕われるこの店の働き手『桔梗』。そして彼も彼女に救われた者の一人だ
「それも…そうね」
空元気は今どこにもなく…真剣な表情で手当を行うその姿は…彼のもう一つの姿と言えるだろう。今目の前にいるのはこの店の医師としての姿をもつ『桔梗』なのだから。
「二人共みて…この背中の痣。それぞれ色が違っているでしょう?知ってると思うけど、痣って治るに連れて色が変わるのよね。青紫から緑っぽくなって…黄色になって。この子の背中には違う色の痣がたくさんあるわ…」
その意味が俺達にとっては決定的なものになる
彼女が受けてきたものに対する確信になる
「…これは…」
口をつぐむ桔梗の姿に俺達は何も言えなかった。簡単に口に出せる言葉ではなかった。その言葉はあまりにもおぞましく最悪で…認めることができなかった。悲しみと後悔と怒り…負の感情がぐちゃぐちゃで。どうしようもなかった
「…虐待…でしょうね。いえ…誰がやったかによって言い方は変わるかしら。いじめとも言えるだろうし、あるいは体罰というものもあるかもしれない。いずれにしても…最悪よ。痣の色が違うということは…それが繰り返し起こっていたということだわ」
その言葉は…書くにも言うにもおぞましい。本来あってはならないその言葉。口にも出したくないもの。一番新しいものはまだ赤く腫れていた。
「桔梗…その傷は痛みを感じないものか?」
我ながらおかしなことを聞いていると分かっていいる。でもあることを知るためには必要だった
「いいえ…感じないはずがないわ。これだけ熱を持ってるなら…何かに触れなくても痛みは続いているはずよ。仮に触れたとしたら激痛じゃないからしら」
その当たり前のような言葉に俺は彼女を見ると泣きたいぐらいの衝動にかられた
「…この子は…ここに来てから一度も痛みを感じたような表情をしなかったんだ…」
この子にとって…痛みとはなんだろうか。苦しみとはなんだろうか。無意識に自分を傷つけている時…その痛みにすら無頓着で他人から指摘されるまで気づいていないようだった
「そう…夜天。これは私の…あくまで最悪の考えだけど。痛みに慣れているということかもしれないわ。この背中の傷からもわかるけど。その部分が麻痺してるから…普通なら気づく痛みさえも、このくらいならって脳が判断してしまうのかも知れない。もっと言えば…例え彼女がそれに気づいても…いつものことだと判断して対して何も感じなくなっているかもしれないわ」
桔梗のその言葉は…俺の心に妙な確信をもたらした。あぁ…そうか、彼女の心はすでに壊されている…その事実。あれだけ無邪気に笑っていた彼女が今では常に涙を流し…例え笑っても無理しているようにしか見えないその表情。走馬灯のようにあの宝物の日々が脳内に流れる
「柳様…あの時、彼女を待つ人は本当にいたんでしょうか…」
あの時、彼女を心配し迎えてくれた人はいただろうか。現世に帰り着いたあの子を優しく抱いてくれた人はいたのだろうか
「…いたと思いたいのが本音です。けれど例え違ったとしても私たちは止めることはできなかったでしょう。あちらに帰りたいと望んだのはこの子自身ですから。それが幸か不幸か…それはこの子とこの地の神のみが知ること。今は少しでも…彼女が休める時間を…」
そう言って柳様は手当の終った彼女を優しく抱くと布団に寝かせた。静かに寝息をたてる彼女は今だに涙を流している。それを優しく拭く桔梗と…手を握り続ける柳様。今も悪夢を見ているであろう彼女ヘこの場所が少しでも…安息の地になることを俺はただ願うのだ
冷たい態度をとった。表情を向けた。心にも無い言葉を放ち突き放したこともある。
だけど…そんな大人になりきれなかった俺達を救ったのは、お荷物としか思っていなかった彼女だった。俺達がどれだけ冷たくし突き離しても彼女はめげることを知らず…ずっと笑いかけてくる。まだつたない言葉で語りかけてくる。自分たちの名前を覚えると、それは嬉しそうに一生懸命に話して呼んで。時にはこんな自分たちを頼り、知らない人の前ではその小さな手で俺達の裾を掴んだり…後ろに隠れたり。寝る時は必ず誰かのそばに寄り、安心しきったように眠る
その子どもの行動は…いつの間にか俺達の生活に光を差し、暗い何かに囚われていた自分たちの日常を温かいものに変えていった。見せかけばかりだったみんなの笑顔も、本当の笑顔に変わり。冷え切っていたこの場所に春が訪れたようで。
いつしかその小さな子どもは俺達にとって…かけがえのない宝物になった
この子を手放すと言われた時、この店の誰もが言葉を失った。自分の体の一部を持っていかれるような…そんな感覚がした。誰もが苦い表情をしていたがその言葉を上げることはなかった。みんな分かっていたからだ。ここにいることは彼女の『幸せ』には繋がらないということ。そして彼女を待つものがいるということ
あの日…彼女を手離した日から今まで。俺達が後悔しない日はなかった。彼女が幸せに暮らしていると信じ気持ちを切り替えても…不意に思い出しては心が沈んだ。あの日々を思い出しては寂しく笑った。
彼女は笑うだろうか。この店にまだ残る彼女が使っていた部屋の存在を知ったその時に…
「ねぇ、柳様。彼女を…また手離すなんて言わないわよね?私はもう…無理だわ。今のこの子を…みたらなおさら…ね」
先程まで垂らしていた紫の髪を束ねた彼は眠る彼女の手当をしながら静かに言った。
「…手放す…ですか。けれど…桔梗。この子のこれからを僕たちが決めることはできません。この子の人生もこの先も彼女自身が選ばなくては…」
桔梗…そう呼ばれる者がいる。紫の美しい髪を持ち…その姿にはいつも気品が漂う。女性と似た口調には親しみやすさが感じられ、その明るい性格から誰からも慕われるこの店の働き手『桔梗』。そして彼も彼女に救われた者の一人だ
「それも…そうね」
空元気は今どこにもなく…真剣な表情で手当を行うその姿は…彼のもう一つの姿と言えるだろう。今目の前にいるのはこの店の医師としての姿をもつ『桔梗』なのだから。
「二人共みて…この背中の痣。それぞれ色が違っているでしょう?知ってると思うけど、痣って治るに連れて色が変わるのよね。青紫から緑っぽくなって…黄色になって。この子の背中には違う色の痣がたくさんあるわ…」
その意味が俺達にとっては決定的なものになる
彼女が受けてきたものに対する確信になる
「…これは…」
口をつぐむ桔梗の姿に俺達は何も言えなかった。簡単に口に出せる言葉ではなかった。その言葉はあまりにもおぞましく最悪で…認めることができなかった。悲しみと後悔と怒り…負の感情がぐちゃぐちゃで。どうしようもなかった
「…虐待…でしょうね。いえ…誰がやったかによって言い方は変わるかしら。いじめとも言えるだろうし、あるいは体罰というものもあるかもしれない。いずれにしても…最悪よ。痣の色が違うということは…それが繰り返し起こっていたということだわ」
その言葉は…書くにも言うにもおぞましい。本来あってはならないその言葉。口にも出したくないもの。一番新しいものはまだ赤く腫れていた。
「桔梗…その傷は痛みを感じないものか?」
我ながらおかしなことを聞いていると分かっていいる。でもあることを知るためには必要だった
「いいえ…感じないはずがないわ。これだけ熱を持ってるなら…何かに触れなくても痛みは続いているはずよ。仮に触れたとしたら激痛じゃないからしら」
その当たり前のような言葉に俺は彼女を見ると泣きたいぐらいの衝動にかられた
「…この子は…ここに来てから一度も痛みを感じたような表情をしなかったんだ…」
この子にとって…痛みとはなんだろうか。苦しみとはなんだろうか。無意識に自分を傷つけている時…その痛みにすら無頓着で他人から指摘されるまで気づいていないようだった
「そう…夜天。これは私の…あくまで最悪の考えだけど。痛みに慣れているということかもしれないわ。この背中の傷からもわかるけど。その部分が麻痺してるから…普通なら気づく痛みさえも、このくらいならって脳が判断してしまうのかも知れない。もっと言えば…例え彼女がそれに気づいても…いつものことだと判断して対して何も感じなくなっているかもしれないわ」
桔梗のその言葉は…俺の心に妙な確信をもたらした。あぁ…そうか、彼女の心はすでに壊されている…その事実。あれだけ無邪気に笑っていた彼女が今では常に涙を流し…例え笑っても無理しているようにしか見えないその表情。走馬灯のようにあの宝物の日々が脳内に流れる
「柳様…あの時、彼女を待つ人は本当にいたんでしょうか…」
あの時、彼女を心配し迎えてくれた人はいただろうか。現世に帰り着いたあの子を優しく抱いてくれた人はいたのだろうか
「…いたと思いたいのが本音です。けれど例え違ったとしても私たちは止めることはできなかったでしょう。あちらに帰りたいと望んだのはこの子自身ですから。それが幸か不幸か…それはこの子とこの地の神のみが知ること。今は少しでも…彼女が休める時間を…」
そう言って柳様は手当の終った彼女を優しく抱くと布団に寝かせた。静かに寝息をたてる彼女は今だに涙を流している。それを優しく拭く桔梗と…手を握り続ける柳様。今も悪夢を見ているであろう彼女ヘこの場所が少しでも…安息の地になることを俺はただ願うのだ
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