あなたと秘密の吉原で

蝶々

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銀嶺の章

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その男性は私の前にしゃがみ込み、静かに耳を傾けていた。震える私の手を優しく握り背中をさする。
「お嬢さん、急がなくていい。ゆっくり息を吐いて。そう…上手だ。私に話せるなら、教えてくれませんか?お嬢さんがここにいる理由を」

緑の長い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた男性は私に問いかけた。それは優しい声色で、柔らかな顔で。
私はその声に身を任せゆっくりと口を開いた。
それが、運命の歯車が動き出す『始まり』だとも知らずに。

「あ…あの私…」
言葉にしたいのに、声に出したいのに。音にならない…今さら何が怖いのか。今頃震えだすのはどうしてだろう。目から熱いものが流れ落ちる感触がする。あぁ…恥ずかしいな。人前で泣くなんて…
「…慌てなくていい。お嬢さんが話せるまで待ちます。まずは先に名乗りましょうか。私は柳。この吉原で店をやっています。お嬢さん、何も話さなくて良いので一度場所だけ移しましょう。ここは少し場が悪いので」
「…どこに…」
「あぁ、私の店です」
店……ここの店って言ったら…多分、妓楼…
「大丈夫ですよ。別にお客にしようって言うんじゃありませんから。お嬢さんはだいぶ訳ありのようなので。ゆっくり話せる場所にいきましょう。話ぐらいなら私でも聞けそうなので」
…知らない人に着いて行っては行けないのに…危ないって分かっているのに。この人の言葉は…何処か安心できての私は回らない頭で考えるとゆっくり頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
その人は、当たり前のように私の荷物を片手に引きもう一方の手で私の手を引くとゆっくり歩き出した。その手はやはり暖かくて…久しぶりに人の温もりに触れた気がした。
「お嬢さん、その涙…無理に拭かないでくださいね。赤くなりますよ。ここは花街です。ここにいる人はお客と自分のことに夢中ですから…その涙は流れるままにしてもいいんじゃないでしょうか。誰も見てません。私も…今は見えてませんよ」
「…流れるままに?」
「…押し込めるより、外に出してしまった方が気が楽になりませんか?」
…確かにそうかも知れない。拭いても拭いても溢れ出るこの涙が…私の心の痛みなのだとすれば…一度吐き出したほうが少しは楽になるのかも知れない。
「あなたは…我慢強い人なんでしょうね。それだけ涙が流れ続けるのなら…今まで相当我慢してきたんでしょう。帰ったら白湯でも出しましょうか。このままだと干からびちゃいますよ」
優しく冗談交じりのその声に、私は余計に胸が苦しくなったけど…それは嫌なものじゃない。懐かしい暖かさに胸がいっぱいになっただけなのだ。ただ嬉しさが重なっただけなのだ。

「ただいま帰りました~」
ドタドタドタ
「柳様、おかえりなさいませ。今夜は遅かったです……ね……そちらは?」
男性を出迎えた男の人が私を見て言った。
「拾いました」
「…は?今なんて?」
「拾いました!」
柳様という人は、けっこう茶目っ気のある人らしい。目の前の男の人は少しクールな感じだ。
「…はぁ。『また』ですか…今度は人を拾って来るなんて。なんですか?誘拐でもしてきたんですか?それとも…ついに駆け落ちでもお考えで?」
「違いますよ。誘拐…ではないと思いますけど。それに駆け落ちなら、もうここには居ませんよ。手紙を残しておさらばです」
「真面目に答えなくて結構です…それに駆け落ちなんて柳様には無理なので考えてません。何より、大事な部分を濁してどうするんですか!誘拐とか本当にやってませんよね?」
誘拐…違うよね。
「私だって、駆け落ちぐらいやってみせますよ。それに私が誘拐犯なら君たちも道連れです。」
「張り合わなくて結構です。もし誘拐犯なら、この私が縄で縛り上げて警察ヘ連れて行って差し上げます。そしたら賞金が少しぐらい出ますよ」
「主を売るつもりですか?」
「はい」
「即答…少しは労ってくださいよ」
「それなら、労るに相応しい行動を心がけてくださいね。まぁ…それはさておき、本当に誘拐じゃないんでしょうね?」
「違いますよ。何処か訳ありなので、話を聞こうと連れてきただけです」
「……そうですか。まぁいいでしょう。改めまして、お帰りなさいませ、柳様。いらっしゃいませお嬢様」
その男の人は、私に…いや柳様にだろう。頭を深々と下げた。
「この子は私の部屋に通す。少ししたら白湯を持ってきてくれ」
「分かりました」
青年は観察するように私をじっと見つめていた。


   ⛩青年を素通りする
 
 ▼ ⛩青年に会釈する

【⛩青年に会釈する】を選択

私は靴を脱いで立ち止まると、前に立つ青年に会釈した。青年は少しすると私に小さく会釈しその場から去って言った
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