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4章 商人ピエールの訪れ

78.逃げるだけなら1秒とかからないぞ?

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俺は遠くから少女の暗殺を見届けた。

残念ながら結果的には失敗だったが、暗殺者としての腕はかなりのもので、ピエールが偶然上を見なければ確実に殺せていた。

だが、それでも成功させるのが一流だとも言える。
彼女には実力が足りなかったということだ。


彼女のもとに一人の用心棒が向かっていく。
その手に持つ剣からは、倒した魔物の血が滴っている。

彼女はすでに自棄しているらしく、抵抗の意思もなさそうだ。

側までやって来た用心棒は何の躊躇いもなく彼女へと剣を振り下ろした。


「まあ、させないけどね」


俺は一瞬で接近して用心棒の剣を少女の寸前で止めた。

俺の手には魔剣が握られている。


「誰だ!?」


突然、目の前に現れた俺に用心棒は初めて動揺を見せた。
知覚できないスピードで接近してきたから当たり前の反応だ。
それに俺の魔剣は白色だ。
警戒するのも無理はない。
(この魔剣の凄さは26話参照)

でも俺は無視する。

それよりも後ろで身を固くした少女の方が気になるのだ。

彼女はしばし硬直していたが、やがて不思議そうに顔を上げ、俺たちを認識する。


「どうしてお前が!?」


彼女は俺の姿を見て目を見開く。


「とりあえず説明は後にして逃げようよ」


「意味が分からない。私はピエールを殺すためにここにいる。逃げたりしない」


「でも今の君には無理だよね?」


「…」


彼女は表情を歪めて俺を睨む。
そんな彼女にひとつ朗報を聞かせてあげる。


「もうすぐここにグリフォンが来るんだよ」


「どうしてそんな事が分かる!」


「魔力探知・・・って言ったら信じる?」


彼女は少し考える仕草をして顔を上げる。


「本当だとして何がある?」


少なからず俺の行動を見てきた彼女は信じてはいないが、事実である可能性を感じたようだ。


「あの状況でグリフォンに対応できると思う?」


俺はピエールの用心棒たちを指差す。

そこでは、目の前の用心棒を除いた5人の用心棒が休む暇なく魔物の対処に当たっている。
グリフォンは討伐クエストがAランクに相当する魔物である。
例え熟練の冒険者でも、他の魔物を処理しながら片手間で倒せる相手ではない。


俺が魔石を投げ込むのを見ていた彼女は、俺の言わんとしていることを理解して体を起こす。


「お前の作戦に乗るけど、ピエールを殺すのは私だから」


「おっと行かせると思うか?」


そこでようやく用心棒が口を挟む。
親切に待っていてくれた・・・という訳ではなく、単に俺は一度も用心棒から目を離さず対面しているだけだ。
彼女との会話の間も隙は少しも見せていない。
不用意に突っ込んでくる方がありがたかったが、向こうも腕の立つ人間だからそうはならなかった。


「その男を処理するのに何分かかる?」


彼女が立ち上がって横に並び立つ。
彼女は暗殺専門なので、正面から戦うことは出来ない。
なので俺に用心棒の処理を任せるつもりなのだろうが、俺はそんなつもりはない。


「逃げるだけなら1秒とかからないぞ」


俺はそう言って彼女を抱きかかえると、転移で上空へと移動する。


「・・・へ?・・・キャッ!モゴモゴ」


突然、高い場所に移動したことにパニックを起こした彼女が悲鳴をあげそうになるので、慌てて口を塞ぐ。


「転移魔法だよ。騒がないで」


転移魔法を使うのは普段なら避けるが、どうせ用心棒たちは魔物を処理し切れずに死ぬだろうし、彼女さえ口止めすれば良いので、そっちの方が手っ取り早いと思ったのだ。


「転移魔法!?」


彼女は驚くが、声は潜めてくれている。
状況の理解というか、頭の回転が速いのは助かる。
ちなみに今、空中に浮いてる魔法も転移魔法には劣るものの凄い魔法だが、そこまでは頭が追いついていないらしい。


「ほら、あれ見える?」


俺は話題を変えるべく、ある空の一点を指差す。
その方向には動く黒い影があった。
グリフォンだ。


「魔力探知も本当なのね・・・って浮いてる!?」


ようやく気づいたようだが、話が進まないので無視する。


「俺の魔法で気配も姿も消してるから用心棒たちの様子を観察しよう」


「もうなんでもありね、分かったわ」


若干呆れた声で返事をする。
彼女はそういえばと言葉を続ける。


「名前を聞いてないわ」


「俺はラウト。そっちは?」


「私はヒア」


「じゃあヒア、これから下に降りるから掴まってて。あと、声は出さないでね」


「ラウトが驚かさなければ大丈夫よ」


ヒアはそう言うと少し笑う。
笑った表情は初めて見たが、愛嬌があって可愛い。

ずっと辛そうな表情をしてたから心配だったけど安心する。
同い年くらいなのに暗殺者やってるのだから、特殊な過去があるのだろうけど、スーも笑うようになってからの方が幸せそうだ。
出会ったばかりだが、ヒアにも幸せでいて欲しいという気持ちがある。
余計なお世話かもしれないが。

そんなことを考えながら用心棒たちの近くに降下していった。
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