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リンダという女

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治療後の診断は「一週間程度安静に」と言うものだった。


「今日は固定させてるとは言えなるべく動かさないでね?一日二回湿布は取り替えてね?」

「ありがとうございました先生。それでは失礼します」

そう言いながら付き添いの看護師から湿布を受け取った。


「ユミリー、今日は送っていくわね。その足では危ないから・・・」診察室のドアを閉めるとカレンが心配そうに話しかけた。




「・・・・よかったわこれぐらいで済んで」

ユミリーは湿布で痛みがマシになってるとは言え、まだズキズキするのでひょこっひょこっと足を運んでいた。

「カレン先輩のおかげです。処置が早かったのが良かったんだと思います」そう言って足を止め包帯でぐるぐる巻きにされた患部に目線を向けた。その様子を見たカレンは少し考えたあと

「あの・・・どうかリンダを恨まないでやってね。あの子はちょっと最近スランプなのよ。でもそれは人を傷つけていい理由にはならないわね。あと貴女とは面識があまり無かっただろうけどアシュリーは私の故郷の友人だったの。だから安心していいわ」

そう言いながらユミリーのアパートの部屋の前に着くと施錠を外しドアを開けてくれた。

「今日はゆっくり休むのよ。はいこれ」そう言って湿布の入った袋をユミリーに手渡す。

「先輩、今日は本当にありがとうございました」袋を手に礼をしようとするユミリーをカレンは手で制しながら

「じゃあお大事にね。最初の練習は説明や台本渡しなどだからそんなに心配いらないと思う」そう話すとドアを静かに閉め自分の部屋に帰っていった。ここではカレンは花形なので個室が与えられている。


・・・・近藤先輩みたい。
だいぶん前の世界のことは考えなくなっていたがこの時は優しかった近藤先輩をちょっとだけ思い出した。




ユミリーが部屋に戻ると一時間もしないうちにキャルが帰ってきた。手にはユミリーの荷物と買い物袋を持っている。

「キャルおかえり~」ユミリーが笑顔で迎えるとただいまの言葉もなく「ちょっと!ちょっと!いきなりアシュリーって人がレストランに来てこの荷物をって、きゃあ、ユミリーその足どうしたのよ!!」とびっくりしている。

「うん、まぁちょっとね・・・・」

「一体何があったのよ??」

「んーっと実は・・・・」


事情をかいつまんで話すとキャルは少し考えたあとサッと顔をくもらせた。

「キャルどうしたのよ?」

「う・・・ん。私はメンバーでも舞台に上がれないから他の仕事をしてるでしょ?だから他の仕事の人たちともたまに話すんだけどね・・・・」

「・・・・そうなんだ。でもどんな話なの?」

「リンダってあのSグループのリンダ・ハミルトンでしょ?」
「フルネームは知らないけど多分リンダって一人しかいなかったと思う」

「彼女ってほらっ!もともと貴族の出なのよね。シアター側にしても借金のカタに差し押さえたっていうか何と言うか・・・・」

「・・・うん。お家の事情なんだね」

「だから最初の頃は彼女って見た目が派手だし一通りの言葉使いができるでしょ?と言うかいい換えると逆に他には何も出来ない。だからシアターも彼女を最初は春を売る仕事をさせていたのよ」・・・・けっこう貴族の娘ってそっち方面に需要があるんだって。あっこれ内緒よ?と言いながらキャルは話を続けた。
 

「もともとプライドの高い彼女がシアター側が選んだと言っても結局は男の言いなりで体を開く仕事をする事になって最初の頃はすごく荒れてたらしいよ?」

この辺りは二人きりで話しているのにキャルは小声で話す。

「でもある時からおとなしくなって仕事をきちんとする、まぁ顧客を満足させながらレッスンにも精を出したのよ。もともとある程度才能はあったんでしょうね?マリ先生に認められてそっちの仕事はしなくても良くなったんだって」


ーーーーたぶん有頂天になっちゃったんじゃない?油断したのかしらね?


キャルはそう話しながら部屋着に着替えた。

「やっぱり普段の心構えっていうかさ、練習やら話し方やらって本人の素の姿が出るのよね。若い私たちなら気がつかないけどマリ先生は何か感じ取ってるんだと思うよ?


一気にそう話すとキャルは「わたしお腹減ったから何か作るね?ユミリーもお腹減ってるでしょ?食堂も閉まってるし、さっき帰りにディナーセット買ってきたからそれでもいい?」そう言いながらさっとキッチンに向かった。

「・・・・キャルってなんていい奴」ユミリーはそうつぶやくとゴロっとベッドに横になった。


◇◇◇





それからいよいよ「海の花嫁」の練習が開始され、カレンとユミリーをはじめ他の男性キャストも合流して次から次へと舞台の準備が進んでいった。

選ばれたメンバーは別の部屋で練習するのでリンダとは直接顔を合わせる事は無いが、廊下ですれ違うたびに足をひっかけて来たり、ユミリーに聞こえる様に大きな声で「あの子びっくりするほど先生のご機嫌取りのうまい子よ?怖いわねぇ」と周囲を利用してユミリーを煽ったりする。


その度に心が痛むが歯を食いしばって耐えている。ここで騒ぎを起こして役がもらえた事もだし何よりお芝居をダメにしたくない。


その気持ちでいっぱいだった。

ただ、「海の花嫁」の練習が始まって一ヶ月ほど経った頃からユミリーは誰かにつけられている気がするようになった。
しかし振り返ると誰もいない。気持ちが悪い。





ーーーーそんなある日の事

このシアターの休日は休館日ぐらいだが、個人の休みは月に一度だけ与えられる。
その時に買い物に出たり田舎から出て来てる子は実家に帰ったりするのだが、ユミリーには実家は無い。


仕方ないのでウィンドーショッピングしなから街歩きしていた。

小道具の人たちに「外出するならちょっと見て来て?」と頼まれていた物もあり外に出た。部屋にいても何か落ち着かないしそれぐらいならキャルを部屋でゆっくり休ませてやりたいとも思う。


今度の公演のポスターがあちこちに貼られている。主役のカレンほどでは無いがユミリーも結構大きく映ってる。


ジッと見ていると恥ずかしいし、周りの目線が気になり出したで、そそくさとポスターから離れる。昨日からチケットが発売されていて売れ行きも順調だという。


歩きながら考え事をしていたせいかその音は思ったより大きく聞こえた。



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