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連れ去られたサラ
しおりを挟む「お母様、私はランスロット様に添い遂げたいのです。」とここにもその危うさに取り憑かれた女性が居た。
ハリストン国皇女リリー・ガーランド
前王妃が死去してから新たに就任した王妃で有るラフィネの娘だ。
豊かで艶のある赤髪をいつも纏め上げ大きなつり目がちな瞳を持つ美しい娘だった。近隣諸国からの婚約の引き合いが後を立たず、またラフィネ王妃が自分の容姿とよく似ていた為、何の苦労もさせず蝶よ花よと大変可愛がって育てた。
ラフィネ王妃はハリストン国の最大派閥の公爵家の1人娘であり、早々に前王妃が死去したので比較的早くからその力を王宮内で奮っていた。もちろん前王妃の娘をすぐさま離宮へ送ったのもこの王妃だ。
国内の利権は彼女の実家がほぼ欲しいままにし、彼女に逆らえる人物などここには居なかった。国王ですらその影響を恐れて離宮には近寄らなかったぐらいだ。
現王妃の事は離宮にも話しが届いていた。私は父親にも忘れられた存在。私の名前はサラ・ガーランドだ。これはもう生涯使われる事の無い名前だろう。サラは早くからそう思って暮らして来た。
そんなある日の事、あれは特に蒸し暑く喉に汗が纏わりつくようなそんな日だった。ギラギラした日差しを浴びて鍔の広い帽子を被り薔薇の苗木を庭師と共に選定していた。
老年の庭師はサラとは付き合いが古く薔薇の事に熟知していて最近の流行の色や形を気にかけて選んでくる。サラは特に好みはないがそんな庭師の心遣いを嬉しく思い庭師の勧めに任せている。
「お取込み中失礼します。」と見慣れぬ兵士が薔薇園の側に数名立っていた。兵士の中で1番年長で隊長と思われる男が先頭に立ちサラに話しかけていたのだ。
「私はシュレーゲル国のノイマンと言う者です。サラ様、我が君ランスロット・シュレーゲル様のご用命により我々と共にご同行願いたい。」とサラに向けて話し出した。
「ランスロット様は確かにこちらに何度か足をお運び頂いておりますが?私がそちらへ行くのですか?」と質問を投げかけた。
「はい、来て頂ければ充分な待遇と保身そして説明をお約束致します。」と彼は答えた。
「承知致しました。私だけで宜しいのでしょうか?」
「はい、我が君はサラ様をお連れする様にとのご命令です。」
「今しばらくお待ちいただけますか?貴重品を数点持ち出す事をお許し願いたいのです。」
「分かりました。こちらでお待ち致します。突然の無礼な要求を飲んで下さり誠に感謝致します。」と話すとその場に居た兵士たちが私に向かって敬礼をしていた。
私は今の話の流れから心のどこかでもうこの場所には帰って来られないだろうと言った予感がした。
国同士の事は分からないが私の身柄が恐らく政治的に利用されるのだろう。仕方ない、私にはこのような価値しか無いのは分かっているし、少しでも彼の役に立てるなら本望だ。
「私はあの兵士の方々と参ります。私がここを離れたと認めた時に解散して下さい。今までありがとうございました。」とここにいる皆さんに握手をしながら丁重に今までのお礼を伝えた。
ここの皆さんはこんな何の力も持たない私を大切に扱って下さって来たのだ。
離宮を出ると1輪の薔薇を摘み胸に挿した。
1番気に入っていた紫の薔薇だ。ここへ来て初めて薔薇園を手掛ける事になった時に1番に自分が選んで植えた薔薇だ。
この薔薇と共に人生を送って来た。自分がこの世から去る事になるなら、最後までこの薔薇と一緒に居たいと願った。
兵士たちは決して私を乱暴に扱わず丁寧に大切に扱ってくれた。自分が人質とは思えないほどに。馬車も大きな物が用意されていて乗り心地も大変良かった。
私は黙って兵士たちに従い続けた。泣き叫んで誰かに縋るようなみっともない真似はしたく無かったのだ。
馬車は走り続けて数時間は乗っていたと思われた。馬車を乗り慣れない私でも分かるほど馬車は飛ばしている。途中の休憩もそこそこに走り続けた。
そして馬車が港に着いた。港には大きなシュレーゲルの刻印が刻まれた船が係留されていた。これからこの船に乗せられるのね。
「馬車はここまでになります。恐れ入りますがこれから船に乗船して頂く事になります。失礼ですが船酔いのご経験は?」と隊長さんが尋ねてきた。
「分かりません。私は船に乗った事が無いのです。」と情けなく恥ずかしい気持ちで答えた。
「分かりました。乗船後ご気分が優れないようでしたら遠慮なくお申し付け下さい。」と一礼し船のタラップへと私を誘導した。
船に乗ると客室へ案内された。既に船は出港していた。「サラ様こちらへどうぞ。」と案内された客室へ入るとそこにはランスロット様が優雅にソファに腰掛けていた。どうしてここにいらっしゃるのか?
「サラ殿まずはお掛けになられよ。」とソファへ座るよう勧められた。「失礼します。」とお辞儀をしてからゆっくりとソファに座った。
暫くするとお付きの方だろうか?ワゴンにお茶と軽食の用意を乗せてこちらへやって来た。「失礼致します。」と声を掛けるとテーブルの上へ並べ始めた。
手に取りやすいサンドイッチと同じく食べやすいクッキーなどがテーブルに用意されランスロット様と私の前に丁寧に入れられたお茶を置いた。
この客室は船上だと思えないほど静かでそして空調も暑すぎず、寒すぎず整えられていて、彼の国と我が国との国力の差を見せられた気がした。
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