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第三章 ないぞうしぼう!(果てしない減量と未曾有の危機に、聖女は思慕を歌う!)

プール

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 翌日からは更なる負荷が掛かるレッスンへと移行した。

 まずは短時間だけ無酸素運動を行う。
 長期化すると思っていたので、有酸素運動だけを重視することにしていたが、予定変更だ。

 セリスは赤いブルマー、テトは紺色のブルマー姿で、汗を流す。

「短時間だけでも無酸素運動を行うことで、筋肉をつけます」

 腕立て、腹筋、そのあとは短距離のダッシュ。

 これまで、セリスは腕立てで腕を曲げることができなかった。
 腹筋も起き上がれず、ダッシュでは足がもつれて転倒していたのが、ウソのよう。

 テトも動作が遅いなりに、メニューを黙々とこなす。
 予習をしてきたのではないかと言うほどの正確さだ。

 とはいえ、まだ体力が追いついていない。

「無理をしないで。身体中のストレスを外へ発散する感じで!」

 ぜえぜえと、セリスは膝に手をついて息を整えた。
 テトは地べたにへたりこみ、空を見上げている。

「こういう時も、雷漸拳の呼吸法を守って。お腹を凹ませることも意識します。ゆっくりでいいですから。焦らないで、無理せず」

 難しい注文をしていると、自分でも思う。
 だが、二人ならきっとこなせると、ライカは信じていた。

 次にジョギングを行う。ライカが先頭を走って、セリスとテトを先導する。

「ついて行こうとしないで。自分のペースで結構です」
 徐々に後ろへ下がり、二人のフォームを確認した。

「セリスさんは背筋をもっと伸ばして。速度は落として構いません。テトさん、歩幅が狭すぎです。それだと余計な力が入って、足がつってしまいます。筋を痛めてしまいますよ」


 無理をしない程度に、着実に。これができそうで難しい。

 準備運動を終え、今度は雷漸拳の型を伝授する。

「はい回し受け。その後に突きを。そうでそうです。筋がいいですね!」

 二人は足並みを揃え、メニューを消化していく。

 最後に、整理体操をする。

「深呼吸です。これが大事なので、覚えて下さい」

 頭の先に意識を集中して、息を吸う。ゆっくりと吐き出す。
 この行為が、雷漸拳において重要な要素を持つ。

「体内の二酸化炭素を全部吐き出して。これがプラーナのコントロールに役立ちます」

 雷漸拳は、体内のプラーナを発動させて放つ技である。
 プラーナと一体になれねば、プラーナに飲み込まれてしまう。

 魔王が滅ぼされて数百年が経った。

 まともに雷漸拳を扱えるのは、ライカの他には数名しかいない。

 そんな中での魔王復活の予言。阻止の鍵を握るのが、セリスのダイエット成功だ。

 緊張するなという方が酷だ。しかし、リラックスこそ雷漸拳の基本。それを叩き込む。

「大丈夫です。必ず体重は減っていますよ」

「やせたことがないので、わたしにはよくわかりません」
 セリスは、自信なさげに答えた。 

「うーむ。なかなか落ちたという実感がない」
 テトは、二の腕の肉を摘まむ。

「気が遠くなる作業は、これからも続きます。ですが、一歩ずつ着実に成果が出ています。僕を信じて下さい」
 整理体操をしながら、ライカは指導した。

 だが、足の負担が相当きているらしい。セリスもテトも、パンパンになった足を揉んでいる。

「おーい。ライカ!」
「これはドミニクさん!」

 ドミニクが、ライカに声をかけてきた。
「例の施設ができたらしい! 行ってみようぜ!」
  

 街の有史に協力を頼み、建設していた施設が、本日ついに完成したのだ。

 ダンジョンをレンガやセメントで補強し、新しい施設を完成させる。

「あれ、ダンジョンの外になにかできていますよ!」
 セリカが、ダンジョン入口付近に立てられた空間に気づいたらしい。

 セメントで固めた堀に、肩まで浸かるほどのお湯が注がれてあった。
 ダンジョンからお湯を引っ張ってきている。

 ダイエット用に作られた、セメント式の温水プールである。大衆用の大浴場の浴槽より深めに作った。「二人のダイエット時間以外は、街の子供たちに遊び場として無料で提供する」と、街中に呼びかけたのだ。

 提案が功を奏したのか、多数の有史が手伝ってくれたのだ。
 おかげで一ヶ月はかかると思っていた作業が、わずか数週間で終わったらしい。

「ありがとうございます。ルドン卿」

 作戦の指揮は、ルドン卿に取ってもらった。
 率先してレンガ積みやセメント固めをしてくれている。

「これは姫様。モンスター避けの砦を作った時代を思い出しましたぞ」
 顔を泥まみれにして、ルドン卿は腕で汗を拭く。

「お疲れさまでした、ルドン卿」

「いやいや、ライカ殿。減量では貢献できんでな。姫様のお役に立てるならば、喜んで下働きもしようぞ」

「皆さんもお疲れさまでした。オフロに入っゆっくりなさってください」

 ライカのあいさつを聞くと、卿並びに有志たちは風呂へ直行した。
 ちなみに、性別ごとに敷居を設けている。

「覗くんじゃねえぞ、ジジイ」
「だれがそんな罰当たりな!」
 ドミニクとルドン卿が、ふざけ合った。

 セリスとテトには、先に新衣装へ着替えてもらう。

「では皆さん、水着に着替えましたね?」
 二人の衣装も、肌面積の多いユニフォームへとチェンジしてもらっていた。

 セリスが着ているのは、下着のように上下が分かれているセパレートと呼ばれる水着だ。
 動きやすさを重視しているのだろう。しかし、むき出しになった腹の肉を気にしている。

 テトの方はホルターネックといって、ファスナーで前の部分を閉じるタイプのワンピースだ。
 過酷な環境下でも、オシャレを忘れていない。

「本当は、海水浴がてらにトレーニングができれば、と思っていたのですが……」
 ライカが頭を掻く。

 キャスレイエットは海が近い。泳ぐ場所くらいあるだろうと思っていた。
 ところが、聖女領周りの海は岩と堤防だらけで泳げない。
 結果、水中トレーニングはダンジョンを利用することにした。

 ワンピース水着姿のライカが、お手本として一番に水へ入る。

「夕飯の買い出しまで、まだ二時間があります。それまで、ダイエットのメニューを続けましょう。二人とも水に浸かって下さい」

 セリスとテトが水へと入っていく。

 水深は、だいたい肩までである。

 少女二人が並んだ後、二人の中央前方にライカが立つ。

「では、大股で歩きましょう」

 できるだけ歩幅を大きくしてもらう。
 浮力を利用することで、地上では不可能な動きが可能になる。

 二人を見ながら、歩き方のチェックを行う。後ろ歩きで二人の動きに合わせる。

「そうです。歩きながら両腕を回しましょう。水の抵抗を流すんじゃなくて、受け止めます」

 前方を向いたライカは、相撲の突っ張りのような動きを披露する。
 続いて、半円を描くように、腕を腰まで戻す。
 戻りきったらまた突っ張り。
 一度見せたら今度は二人に向き直った。

「まず、腕を突き出します。続いて、横に回す。弧を描くように。で、突っ張り」

 セリスとテトは水の中を歩きながら、突っ張っては戻しを繰り返す。

 ライカは、目のやり場に困った。
 セリスが腕を伸ばす瞬間、水の中で胸部にある膨らみがポヨンと跳ねるのだ。

 テトの胸も跳ね上がり、人工池に波を呼ぶ。
 その差はセリスとどっこいどっこいだ。

「これでいいのか、ライカ殿」
 ライカの表情が気になって不安になってか、テトが尋ねてくる。

「大丈夫です」
「でも、見てくれていない」

「大丈夫ですってば!」
 思わず声が裏返ってしまう。

 その声が、テトに余計な不信感を抱かせてしまったようだ。

「本当に、このトレーニングにダイエット効果はあるのか?」

「ありますよ。水の中を歩くことで、足の負担を軽くするんです」

 地上で雷漸拳のダイエットを行うと、ヒザなどに負担が掛かる。
 まだ、やせ初めの段階で、筋肉痛に悩まされるようでは、先に進めない。
 よって、趣向を変えることにした。

「なるほど。よこしまな考えではないと」
「当然です。やせてもらいたい気持ち以外に、何を考えると言うんですか」

 まだ疑っているようだったが、そこに助け船が。

「テトさん、疑っちゃかわいそうです」
 セリスは黙々と訓練を続けている。慣れてきたのか、動きにキレが出てきた。

「ライカさんも、同じような特訓を?」
「はい。ボクの故郷は滝が多くて、滝の側で水に浸かってトレーニングしていました」

 聖女領の辺りには、滝に該当する場所はなかった。
 仕方なく、こうして人工的に水をせき止めている。

「これ、手の平に水の抵抗があって、気持ちいいですね」
 楽しそうに、セリスは水をかき分ける。

「セリス嬢、動く度に胸がブルンブルンしてる」
「えっ、ひゃあ!?」

 腕で胸を隠し、セリスが縮こまる。

「気になさらないで! 見ませんから!」

 ライカは視線を逸らす。

 その後三〇分ほどで、運動を完了した。

 水中トレーニングの成果は、まもなく出るはずだ。
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