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第五章 ホラーは苦手ですか?

イーさんの起業秘話

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 お隣の事情を推理するゲームも、最終局面を迎えた。

 そこは、管理人室である。厳格な親が、「悪い虫が付かないように」と娘を閉じ込めている家だった。スマホも没収し、カレシと連絡できないように見張っているという設定だ。結局は、子が親を殺してしまう。

「彼女にカレシなどいなかった。単に自由が欲しかっただけ、というオチだったか……」

 最終的に面倒見のいい教師が後見人になって、彼女は保護観察処分となる。

「辛い?」
「いや。ただ、私と境遇が似ているなと思って」

 エンドロールを見つめながら、イーさんがなんともやるせない表情になっていた。

「思えば実家は、夜更かしがダメな家だった。この家みたいに、子どもを監禁するところまではいかないが、自由はなかった」

 金持ち特有の悩みだ。家庭教師や習い事、テーブルマナーなどを叩き込まれたらしい。エスカレーター式のお嬢様学校で、男性との免疫もなく。

「私には、どこかの金持ちのところへ嫁に行く選択肢しかなかった。それで反発して、家を出た。稼業は兄が継ぐから、問題はない。彼が当主となれば、勝手に家は変わるだろう」

 人の言いなりになって生きるのは、我慢ならなかったという。

「反対とか、されなかったか?」
「兄が何かと融通してくれた。兄は家族の中では有能ではなかったが、優しくて友だちも多い。私の性格は、兄によって形成されたようなものだ」

 とはいえ、飯塚の一族はかなり支配的な家だったそうだ。親の言うことを聞かないことに、両親は腹を立てているという。家族はお兄さんを無能と決めつけて、娘の久利須ばかりを優遇した。

「彼らを押さえ込むには、力が必要だった。そのために、投資番組に出たりもした」

 早々と融資してもらった金を返したのは、彼らに恩返しをするためではない。彼らに迷惑を掛けないためだった。

「舐め腐っているだろ? こんな女……」
「とんでもねえよ。オレにはあんたの生き様なんて想像も付かないけれど、あんたが一生懸命努力して、人を食わせていることくらいわかるぜ」

 人として、オレはイーさんを尊敬する。

「ありがとう。純粋に褒めてもらえたのは、兄やグレース、仲間たちをおいてキミくらいだ」

 本当の飯塚 久利須を知っている人たちは、数少ないのだろう。

「その後は、どうなったんだ?」
「兄がうまく調整役になっている。ああいった組織は、兄のような潤滑油的存在の方がまとまるんだ。気が強い私より」

 家も両親の支配から、お兄さんの優しい政治に変わったそうな。

「そうだ、花咲くん。明日は空いているか?」
「……特に予定はないですね」

 ゲームが終わったので、オレは「ハナちゃん」モードから普段の「花咲はなさき 電太でんた」に戻る。

「ではもう寝よう。明日は朝の一〇時から、デパートに寄ろうじゃないか」
「何をするおつもりで?」
「水着を買いに行く」

 うおお、唐突に水着回とは。

「いや実はな、『ひめにこ』に着せる用の水着を手配してくれと頼まれているのだ。だが、殿方がどんな水着がいいのか、よくわからん。そこで、男性であるキミの知恵を借りたいのだ」

 女の子向けの水着は、ぴよぴよさんが既に用意してくれているという。

「ただ、露出が少ないんだ。で、差別化ということで別枠の水着を用意しようと考えた。一緒に見てくれないか?」

 社長は「それとな」と続ける。

「今年の夏、我がチームで社員旅行をしようと決まった。行き先は南の方だ。別荘と、プライベートビーチが待っているぞ」
「いいですね!」
「よかった。超インドアなキミのことだから、『家がいい』と言われたらどうしようかと」
「大賛成ですよ。海ではしゃぐなんてめったにないので」

 だったら、オレも水着は用意しておいた方がいいな。

「わかりました。あのデパートですよね? だったら、午後はゲーセンに行きましょう」
「ほほう、ゲーセンとな?」

 あそこは複合娯楽スポットなため、パチンコ屋や映画館、アミューズメントビルが近い。

「ゾンビを撃ち殺すゲーム筐体があるんです。思いっきり騒げますよ」

 店長の趣味で、あの店には二世代前のゾンビゲームが未だにおいてある。遊ぶにはあれくらいがちょうどいい。

「もう〇時、近いですね」

 オレは夜更かし用として出したポテチに、洗濯ばさみで封をする。

「じゃあ、私は寝るから」

 唐突に、社長は床で寝ようとし始めた。大型ビーズクッションに、身体を預けようとしている。

「どうした? 着替えなら自室で済ませてきた」
「そうじゃなくて、お客さんを床で寝させるわけにはいきませんって。こっちで寝てくださいっ」

 丁寧に、オレはベッドメイクを始めた。

「でも、急に来たんだ。無礼がないように床で寝ておくさ」
「カゼ引いちゃったら、お買いものも何もありません」

 マヒロさんから、面倒まで頼まれているんだ。ヘタは撃てない。

「両親が来た時用の布団があるんで、オレはそっちを出します。おやすみなさい」

 有無を言わせず、ベッドで寝るように促す。

「すまんな。ではおやすみ」

 ベッドに入って早々、寝息が聞こえてきた。寝付き良すぎだろ。

 オレは眠れない。だって美人がオレのベッドを使ってるんだ。役得すぎるだろうが。気を紛らわせるためにゲームを……イヤイヤ次の日に支障が出る。
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