上 下
16 / 48
第三章 打ち合わせ、やらないとダメですか?

生放送 撮影風景

しおりを挟む
 撮影本番が近づく。

 真剣な表情で、マヒルさんがPC前のゲーミングチェアに着席した。

「ではいきます。五秒前……」

 社長秘書のグレースさんが、カウントダウンを始めた。

 絵描き兼スタッフのぴよぴよさんが、タイムスケジュールを受け持つ。

 飯塚社長が脇へ引っ込み、オレの側に立った。

『こんにちは~。「ひめにこ」なのじゃ~』

 撮影が始まった瞬間、マヒルさんの声が別人に変わる。

『声優は演技中、生体が変化する』と、声優を特集したTV番組で見たことがあるけれど、本当なんだな。
 マヒルさんではなく、ひめにこというキャラクターになっていた。

 意外だったのが、機材の少なさである。小さな部屋にあるのは、デスクトップととマイクだけ。場合によってはノートPCを使うという。それだけしか使わないそうだ。

 撮影スタジオと言うから、もっと機材とかがたくさんあると思っていた。

「動画のコンセプトが、『少ない備品で多大な効果を生むこと』だからな」

 ひめにこに、3Dモデルはない。2Dのキャラで配信ができるソフトを利用して、PCで撮影する。ソフトさえあれば、スマホでも撮影できるとか。

「もっとモーションキャプチャーとか使って、派手にやるんだと思ってましたね」

 3Dモデルが作れたら、もっとやれることは増えるらしい。

「実際は、こんなにも手軽にできるらしい。先人の知恵様々だ」

 大手のバーチャル配信者事務所の取材をして、勉強したという。

『登録者数一〇〇〇人突破したぞよ~。ありがとぉなのじゃ~。応援してくれたみんなと、今日は乾杯したいなのじゃ~』

 ひめにこが、パチパチと拍手を送っている。当のマヒルさんもうれしそうだ。

「数日で登録者数一〇〇〇人とか、すごくないですか?」
「企業系配信者だと、遅い方かもしれん。事務所を介さないキャラクターだと、こんなものかもな。私個人としては、一週間で登録者一〇〇〇人超えは素晴らしい功績だ」

 飯塚社長は、誇らしげだ。参観日に娘の成長を見に来た母親の心境だろう。

 応援メッセージが、バシバシ流れている。トラブル回避のため、平日の真っ昼間に配信だ。というのに、結構な人が見に来ていた。
 中には既にマヒルさんが正体だと気づいている人もいて、『ヤンキー無理すんな』とか書かれている。ガチのアンチなのかジョークなのかは、まだわからない。

 祝杯を終えて、マヒルさんは寿司を食べ始めた。ワサビがきつかったのか、「くう~」とオヤジみたいなため息が漏れる。「中の人が飛び出てる!」と、コメント欄もザワついた。

 オレたちも、昼食がてら寿司をいただく。回っていない寿司屋の特上を頼んだのだ。社長が奮発してくれた。

 ぴよぴよさんは席に座っていない。もうひとつ寿司桶を持って、奥さん元へ行っている。
「配信は自宅で見るから、トラブルがあったら戻ってくる」と言っていた。こういうとき、自宅が職場に近いとありがたい。

『おお、エア投げ銭が、たくさんじゃ。ありがたいの~』

 マヒルさんが、投げ銭した「つもり」のコメントを読みながら、ウキウキした。

 必要な登録者数を満たし、投げ銭機能がある国で配信していればいい。

 ただ、実際に投げ銭をもらう条件は、「年間再生数が四〇〇〇時間以上」必要だ。相当数の動画を再生してもらえているが、先は長い。

 どうしていろんな配信者が「雑談」や「質問企画」、「登録者数が一定に達するまでの耐久動画」とか「歌配信」とかを頻繁に行うのか、なんとなくわかる気がする。
 長時間配信する必要性があるからなのでは、と。

 とはいえ、ひめにこには企業のバックアップがある。そこまで収益化には執着していない。どちらかというと、企業とユーザーの架け橋になることが「ひめにこプロジェクト」の目的だ。

『今日はみんなが送ってくれた、質問に答えていくぞよ~』

 スマホ片手に、マヒルさんが質問を読み上げていく。

 生放送の前の週に、「質疑応答やるから、コメントくれ」と、つぶやき系サイトであらかじめコメントを募っていた。

『なになに、「カレシいるの?」じゃと? いきなりぶつけてくるのう。これはご想像に任せよう。悶々とするがよい』

 実際、マヒルさんにはカレシはいないらしい。以前は恋人がいたらしいが、声優を目指すと言ったら「声優を抱ける」と思われて態度が変わった。結局別れたという。実に生々しい話だ。

『なぬ? 「彼氏がいないから付き合って」じゃとお? 一〇〇年早いわい。わらわは宇宙人ぞ。感覚が全然違うから、幻滅するのがオチじゃぞー』

 少し素が出たな、マヒルさん。

『他は、「好きなモノは?」か。バイクじゃ。休みの日はMURASAKIの五〇〇を乗り回しておるぞ。食べ物なら肉系、酒はハイボールがええのう。鶏からと合うんじゃ。もちろん、飲酒運転はせんぞっ。宇宙人でも交通ルールは守るわいっ』

 休みの日のオッサンだな。

『嫌いなモノかー。小骨が多い系の魚かのう。さっきお寿司にコハダが入っておったが、骨がなくてうれしかったぞよ。さすが高いお寿司じゃのう』

 わかる。たまにエラとか取り損なってるんだよ。

『休みの日の行動は答えたから……これじゃ。「好きなゲームジャンルは?」と。実は恋愛シミュレーションなのじゃ!』

 さっきまでおとなしかったのに、マヒルさんは話題が変わったら急変した。なんかのスイッチが入ったらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

赤い目の猫 情けは人の為ならず

ティムん
ライト文芸
 路地裏に住む、一匹の野良猫のお話。  色んな人と関わりながら、強くたくましく、楽しく生きる物語。  どうにも人間臭い彼の目は、赤く怪しく輝いている。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

消極的な会社の辞め方

白水緑
ライト文芸
秋山さんはふと思いついた。仕事を辞めたい! けれども辞表を提出するほど辞めたい何かがあるわけではない……。 そうだ! クビにしてもらえばいいんだ! 相談相手に選ばれた私こと本谷と一緒に、クビにされるため頑張ります!

間違いなくVtuber四天王は俺の高校にいる!

空松蓮司
ライト文芸
次代のVtuber四天王として期待される4人のVtuberが居た。 月の巫女“月鐘(つきがね)かるな” 海軍騎士“天空(あまぞら)ハクア” 宇宙店長“七絆(なずな)ヒセキ” 密林の歌姫“蛇遠(じゃおん)れつ” それぞれがデビューから1年でチャンネル登録者数100万人を突破している売れっ子である。 主人公の兎神(うがみ)も彼女たちの大ファンであり、特に月鐘かるなは兎神の最推しだ。 彼女たちにはある噂があった。 それは『全員が同じ高校に在籍しているのでは?』という噂だ。 根も葉もない噂だと兎神は笑い飛ばすが、徐々にその噂が真実であると知ることになる。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

はちびっと

とし
ライト文芸
とあるゲーム会社に就職した安達アカネ。絶滅危惧種であるドット職人を目指し、日々奮闘する物語。 作者遅筆により更新はいつされるか分かりません。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...