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第二章 スポーツはゲームに含まれますか?
クッキングナビ
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「ふう……」
社長が、風呂から戻ってきた。タンクトップと短パンだけの姿で。
「キミもひと風呂浴びてきたらどうだ? 気持ちいいぞ」
「結構です! 着替えを持ってきてないので!」
「そうだったな。ふう」
うちわで、社長は自分の首筋を仰ぐ。
「なんか、缶ビールでも飲みそうな勢いですね」
「私は、酒をやらん。つまみやお菓子は好きなんだが」
「そうなんですか?」
酔うとすぐ、頭が痛くなるらしい。
「この後のご予定は?」
「特にないな。今日は最初、オフのつもりだったんだ。しかし、このアプリやゲームの操作方法を把握しておきたかった。だから、休みを利用したんだよ。休日でないと、私には遊べないからな」
これだけ体力を使うゲームだ。操作方法に慣れるだけでも翌日から全身が筋肉痛になるだろう。今日からGWだったのが幸いである。
「せっかくの休みなのに、呼び出して申し訳なかった。この埋め合わせは、必ずしよう」
テーブルから立ち上がり、社長が頭を下げた。
「いえいえ。身体が鈍っているのを知れただけでも、財産です。ありがとうございました」
「さすがにタダで帰すわけにもいかん。何か作ろう」
社長は、テーブルの背もたれにかけてあったエプロンを付ける。料理をするというイメージがなかったので、新鮮だ。
「え、料理をなさるので?」
「できるとも。こう見えても、料理は好きなんだ。簡単なモノだけだが」
社長は冷蔵庫を開けて、食材を出す。
「ここで料理するかわからないから、基本保存の利く食材ばかりになる。パスタでいいか?」
「何でもOKです。社長が作ってくださるのなら」
料理をする飯塚社長の後ろ姿を眺めながら、オレは幸せな気持ちになっていた。
社長の夫になる人って、こういう光景を毎日見られるんだよなぁ。
でも、オレは社長に似つかわしくない。
オレと社長を繋げているのは、あくまでもゲームである。
一緒に遊んでいるのも、業務だ。
楽しいはずなのに、その間柄がかえってオレたちを遠ざけている気がする。
キノコとほうれん草をしょう油でからめて、和風パスタが完成した。
「いただきます。うん。うまいです。ありがとうございます」
「気に入ってもらえて、うれしいよ」
「これ、あれですね。携帯端末の『クッキングナビ』で紹介されたヤツですか?」
「よく知っているな」
オレもよくあのナビを利用して作るから、覚えてしまったのである。
「あのナビの存在を知っているなら、もっと難しいメニューにすればよかったな」
「とんでもない! もったいないですよ。彼氏さんに振る舞ってください」
「そんなの、できたこともないな」
パスタをフォークに巻き付けながら、社長は頬杖を突く。
「え、冗談ですよね?」
「いや、本当だ」
社長を口説きに来た男たちは、みんな金目当てや家柄目当てのヤツらばかりだったらしい。
「キミみたいに、ゲームを通じて親しくなろうとしてくる相手なんて、一人もいなかった」
「なんか、かわいそうですね」
オレの言葉に、社長がピクリとなる。
「キミは、金や地位に執着がないんだな?」
「持っててもしょうがないので」
「金持ちになりたいって、思ったことは?」
「親戚は裕福な人がいました。強突く張りばかりだったんで、まったく憧れませんでしたよ。自分の利益しか考えていない人たちだったので、事業に失敗してばかりでした」
幼い頃、祖父の遺産で親戚同士がもめていた。
財産権がないオレたち一家は、揃って幻滅していたのを覚えている。
「ああいう人間にはなりたくないものだ」と、両親が帰りの車内で語り合っていたっけ。
「私も、同じように見えるのだろうか……」
オレが過去を話すと、社長がシュンとなる。
「素敵な方だと思いました」
社長は、生きた金の使い方をしていた。惜しげもなく人を住まわせ、新しい経験に金を出す。その動作には、無駄が一切ない。
その点、ウチの親戚ときたら。
金はあるならあるだけ幸せだと思い込んでいる。貯めるだけ溜め込んで、人にも自分にも使おうとしない。
「オレだって、昔は『お金持ちは汚い』って考え方でした。親は今でもそんな感じで『足るを知る』という考えを曲げていません。オレも、半分は賛成です」
社長を見て思った。
お金があるから醜いんじゃない。
心が醜いから、お金も汚く見えるだけなんだと。
「あなたはお金を通じて、人に愛情を注いでいらっしゃる。だから、みんながあなたについて行くんだと思いました」
暗かった社長の表情が、明るくなった。
「世辞でもうれしいよ」
「そんなお世辞だなんて。ボクは好きですよ。社長のこと」
「す……!?」
飯塚社長が、異常な反応を示す。
ようやくオレは、自分が何を言ってしまったのかを知った。
「あ、いや、経営者として素晴らしい方だと言ったんです!」
「お、脅かすなよぉ……」
社長は恥じらいながら、フォークの端を舐める。
「そうだっ。キミは早朝勤務だったんだっけ。長く引き留めて悪かった。お疲れさま」
社長が皿を片付け始めた。
「お手伝いします!」
オレも食器を掴む。
「いやいやいいから。気持ちだけ受け止めておくよ。ありがとう」
「そんなわけには……あ」
オレと、社長の手が触れあう。
「お疲れさまでした、花咲さん」
「はう!?」
社長とオレは、手が繋がったまま硬直してしまった。
社長が、風呂から戻ってきた。タンクトップと短パンだけの姿で。
「キミもひと風呂浴びてきたらどうだ? 気持ちいいぞ」
「結構です! 着替えを持ってきてないので!」
「そうだったな。ふう」
うちわで、社長は自分の首筋を仰ぐ。
「なんか、缶ビールでも飲みそうな勢いですね」
「私は、酒をやらん。つまみやお菓子は好きなんだが」
「そうなんですか?」
酔うとすぐ、頭が痛くなるらしい。
「この後のご予定は?」
「特にないな。今日は最初、オフのつもりだったんだ。しかし、このアプリやゲームの操作方法を把握しておきたかった。だから、休みを利用したんだよ。休日でないと、私には遊べないからな」
これだけ体力を使うゲームだ。操作方法に慣れるだけでも翌日から全身が筋肉痛になるだろう。今日からGWだったのが幸いである。
「せっかくの休みなのに、呼び出して申し訳なかった。この埋め合わせは、必ずしよう」
テーブルから立ち上がり、社長が頭を下げた。
「いえいえ。身体が鈍っているのを知れただけでも、財産です。ありがとうございました」
「さすがにタダで帰すわけにもいかん。何か作ろう」
社長は、テーブルの背もたれにかけてあったエプロンを付ける。料理をするというイメージがなかったので、新鮮だ。
「え、料理をなさるので?」
「できるとも。こう見えても、料理は好きなんだ。簡単なモノだけだが」
社長は冷蔵庫を開けて、食材を出す。
「ここで料理するかわからないから、基本保存の利く食材ばかりになる。パスタでいいか?」
「何でもOKです。社長が作ってくださるのなら」
料理をする飯塚社長の後ろ姿を眺めながら、オレは幸せな気持ちになっていた。
社長の夫になる人って、こういう光景を毎日見られるんだよなぁ。
でも、オレは社長に似つかわしくない。
オレと社長を繋げているのは、あくまでもゲームである。
一緒に遊んでいるのも、業務だ。
楽しいはずなのに、その間柄がかえってオレたちを遠ざけている気がする。
キノコとほうれん草をしょう油でからめて、和風パスタが完成した。
「いただきます。うん。うまいです。ありがとうございます」
「気に入ってもらえて、うれしいよ」
「これ、あれですね。携帯端末の『クッキングナビ』で紹介されたヤツですか?」
「よく知っているな」
オレもよくあのナビを利用して作るから、覚えてしまったのである。
「あのナビの存在を知っているなら、もっと難しいメニューにすればよかったな」
「とんでもない! もったいないですよ。彼氏さんに振る舞ってください」
「そんなの、できたこともないな」
パスタをフォークに巻き付けながら、社長は頬杖を突く。
「え、冗談ですよね?」
「いや、本当だ」
社長を口説きに来た男たちは、みんな金目当てや家柄目当てのヤツらばかりだったらしい。
「キミみたいに、ゲームを通じて親しくなろうとしてくる相手なんて、一人もいなかった」
「なんか、かわいそうですね」
オレの言葉に、社長がピクリとなる。
「キミは、金や地位に執着がないんだな?」
「持っててもしょうがないので」
「金持ちになりたいって、思ったことは?」
「親戚は裕福な人がいました。強突く張りばかりだったんで、まったく憧れませんでしたよ。自分の利益しか考えていない人たちだったので、事業に失敗してばかりでした」
幼い頃、祖父の遺産で親戚同士がもめていた。
財産権がないオレたち一家は、揃って幻滅していたのを覚えている。
「ああいう人間にはなりたくないものだ」と、両親が帰りの車内で語り合っていたっけ。
「私も、同じように見えるのだろうか……」
オレが過去を話すと、社長がシュンとなる。
「素敵な方だと思いました」
社長は、生きた金の使い方をしていた。惜しげもなく人を住まわせ、新しい経験に金を出す。その動作には、無駄が一切ない。
その点、ウチの親戚ときたら。
金はあるならあるだけ幸せだと思い込んでいる。貯めるだけ溜め込んで、人にも自分にも使おうとしない。
「オレだって、昔は『お金持ちは汚い』って考え方でした。親は今でもそんな感じで『足るを知る』という考えを曲げていません。オレも、半分は賛成です」
社長を見て思った。
お金があるから醜いんじゃない。
心が醜いから、お金も汚く見えるだけなんだと。
「あなたはお金を通じて、人に愛情を注いでいらっしゃる。だから、みんながあなたについて行くんだと思いました」
暗かった社長の表情が、明るくなった。
「世辞でもうれしいよ」
「そんなお世辞だなんて。ボクは好きですよ。社長のこと」
「す……!?」
飯塚社長が、異常な反応を示す。
ようやくオレは、自分が何を言ってしまったのかを知った。
「あ、いや、経営者として素晴らしい方だと言ったんです!」
「お、脅かすなよぉ……」
社長は恥じらいながら、フォークの端を舐める。
「そうだっ。キミは早朝勤務だったんだっけ。長く引き留めて悪かった。お疲れさま」
社長が皿を片付け始めた。
「お手伝いします!」
オレも食器を掴む。
「いやいやいいから。気持ちだけ受け止めておくよ。ありがとう」
「そんなわけには……あ」
オレと、社長の手が触れあう。
「お疲れさまでした、花咲さん」
「はう!?」
社長とオレは、手が繋がったまま硬直してしまった。
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