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第二球 選手《キミ》がいて監督《オレ》がいる風景

第10話 トライアウトと、泥棒ネコ

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 オレの肉まんを盗んだスリ少女は、背丈は魔王ラバのちょっと上くらい。全体的に線が細かった。あまり食べていないのか?

「待て!」

 逃げ足の早いやつだ! この人混みの中を、スイスイとすり抜けていきやがる。

「おまかせを」

 ペシェがトマトを購入し、スリに投げつけた。

「っ!」

 スリが背後の気配に気づき、トマトもキャッチする。バツグンに反応がいいな。

「なあっ!? ぶつけてペインティングで追跡しようと思いましたのに!」

「いやいい。あきらめるさ」

 それよりあいつ、もう一度会えないか? そしたら……。

 選手を売っているという商人に話を聞く。 

「もし、そこの商人」

「いらっしゃいませ、魔王様」

 でっぷりと太った男が、魔王の前で手もみする。

「選手を見繕いたい」

「承知いたしました。どの子も、いい選手ですぜ」

 げへへ、と笑うが、商人の目の色は真剣だ。

「ほほう」

 オレたちが連れてこられたのは、草がボーボーに生えた野球場である。

「なるほど、トライアウトか」

 戦力外通告を受けた者、現役続行を希望する選手などが、球団にアピールするための場所が、トライアウトだ。

 異世界では、意味合いが違うんだな。

「生徒のトライアウトなんて、聞いたことがないぜ」

「学費が払えず、入学できんケースもあるでのう。イチゴー、どれがいい?」

「どれって言われても」

 正直言うと、どの選手も平凡である。とても、あのスリーズを相手にできるようなオーラを持った選手は……っ!

「いた!」

 観客席に、例のネコ耳スリを見つけた。

「どうしやした?」

「あいつだよ。オレの肉まんを盗んだのは」

 オレは、観客席にいるスリ少女を指差す。

「ああレザンですかい? 手癖の悪いメスネコ獣人でさあ」

 レザンは素行が悪すぎて、トライアウトにすら失格したらしい。

 商人が肩を怒らせて、少女に詰め寄る。

「こら、レザン! お客様になんてことをしやがる!」

「へへーん、ボーッとしてるのがイケないんだい!」

 舌を出しながら、レザンという少女が肉まんにかじりつく。

「んふぐ! ふぎゃあああああああああ!」

 突然、レザンが叫んだ。

 カラシ入りがヒットしたか。

「うまいだろ? カラシ肉まんは?」

「てめえ、やりやがったな!」

 レザンの口が、真っ赤に腫れている。

「だから、うちの地元では普通に食うんだって」

 肉まんにカラシを塗って食べるのは、関西ではメジャーな食い方なんだが。こればかりは、日本の球児たちからもドン引きされたなあ。

「肉まんごときで、オイラを追いかけてきたってのか?」

「いらないよ。全部やる。その代わり、うちのチームに入れ」

 ギャーギャーわめいていたレザンが、口を閉じる。

「お前は走力もある。カンもいい。オレのもとで、盗塁王にならないか?」

 一瞬レザンの目が光った。しかし、すぐに曇ってしまう。

「正気ですの? 相手は非正規のスリなんですわよ? 犯罪者を伝統あるフワンボワーズに?」

「いい。この際スリでもなんでも」

 強ければ、オレは誰でも受け入れるつもりだ。

「野球は教育の一環だ。相手が更生したなら、その証明にもなる」

「うむ。その意図を組もうぞ」

 さすが魔王である。懐も深い。あとは、本人次第だな。

「誰がおめーなんかの下につくもんか! こんなのいらねえやい!」

 レザンが肉まんを投げ捨てようとしたので、オレはその手首を掴む。

「そうか。じゃあ、いただきます」

 オレは、レザンがかじったところを頬張った。

「あー、カラシがあると効くなー」

 肉まんを堪能していると、生徒全員がオレの顔を見ていることに気づく。

「あの、それは」

 言葉を発するレザンの頬は、なぜか朱に染まっていた。

「いらないっていうからな。食っただけだ」

「いやそれ、赤ん坊に口移しする以外だと、実質キッス扱いっす」

 えー。間接キスしただけだろうが。
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