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勇者のからあげは、伝説の味
紙芝居
しおりを挟む「そんなにひどかったんですか?」
「骨は無事だから化膿さえしなければ、おおごとにはならん。安心しろ。ほかに怪我人はおらんのか?」
「二人ほど。擦り傷程度ですが」
「念のために診ておいたほうが良さそうだな。一度ここへ連れてこい。おまえたちのいう擦り傷はあてにならんからな」
うなずいてそれに答え、病室へ向かった。
背中の傷のせいでうつぶせに寝ている麻乃は、変に弱々しく見える。白いシーツに深みを増した赤茶の髪が目立っていた。ベッドの横に椅子を引き、腰をかけた。
「今日はずいぶんと盛大に怒鳴られていたな」
「だって、このあいだはすぐに帰してくれたから、今日もすぐ帰れるかと思ってさ。そう聞いただけなのにカンカンに怒られたよ」
「このあいだは自分で歩けないほどの怪我じゃなかったからだろうよ」
「そりゃあ、そうだろうけどさ」
麻乃は、ふーっ、と大きなため息をついた。
「痛むか?」
「うん、少しね。うつぶせが嫌だよ。せめて座りたい」
「大人しく寝ておけ。今度、このあいだのように傷が開いたら、麻酔はなしで縫うって言っていたぞ」
「それは……嫌だな。でもあたし、少しでも動けるなら戻らないと……女の子たちのことが気になるし」
痛みを思い出したように、顔をしかめて苦笑いしながら麻乃は言った。
「今夜にでも俺が様子を見て、明日の朝、知らせにきてやるから心配するな」
「明日だって中央の会議があるのに、それも出られないよ。そろそろ諜報の報告が届くんじゃないかな?」
「それもあさってになれば、資料が届くだろうよ。おまえ、そんなことより、もっと気にすることがあるんじゃないか?」
ビクッと麻乃の肩が動いた。
「あたし、どこか変?」
「髪に紅味が増している」
「そっか……だから修治も塚本先生も、あたしを見たときに変な顔をしたんだ」
「また、抑え込んだのか?」
「なんで……それを?」
「なんとなく、な。そんな気がすることが幾度かあった」
「…………」
うつぶせているから表情は見えない。なにも言わないのは、言葉を探しているからだろう。
(長丁場になるな)
話し出すのを待つしかないと思い、腕を組んで目を閉じたとき、意外にもあっさりと麻乃は話しを始めた。
「あたしが弾き飛ばされたのを見た二人が飛びだしてきたとき、ヤバイって思った。喰われちゃうかもしれない、って思った瞬間、くるのがわかった。いつもはそこで抑えようと思うんだけど――」
伏せたままの格好では話しづらいのか、モゾモゾと体を動かして、また続けた。
「今日は大丈夫な気がした、って言うか、そうしないとみんな、殺られちゃうと思ったんだ。凄く強い感覚があった。変わる、って思った。だけどね……」
首を動かして、視線をこちらに向けた麻乃は、なにか迷っているような目をしている。
「誰かに……止められた」
「誰かに? ……なんだって?」
突拍子もないものいいに、思わず前屈みに身を寄せ聞き返した。
「耳もとで声がしたんだ。まだ早いでしょう? って……」
「錯覚じゃないのか?」
「だって息づかいがわかるくらい、すぐそばで聞こえたんだよ! それに、時々、誰かに見られているような誰かがすぐ後ろにいるような、そんな感覚があるんだよ! 錯覚でも気のせいでもない。絶対違う! 市原先生は気負いすぎとか疲れているんじゃないか、って言ったけど――」
麻乃は声を荒げてまくしたてた。小さな肩が呼吸で大きく上下している。椅子を引いて枕もとに寄ると落ち着かせるように頭を軽くなでた。
「その声に、聞き覚えはなかったのか?」
「うん、男の声だったけど、聞き覚えはない」
「いつからそういうことがあったんだ?」
「気配を感じたのは少し前からだけど、声を聞いたのは今日が初めてだよ」
「そうか……」
沈黙が重く圧し掛かる。
誰かの声がしたって言うが、どう考えても気のせいだとしか思えない。そうでなけりゃ、なにかに取り憑かれてるとでも?
馬鹿馬鹿しい、そう一蹴してしまうのはたやすい。けれど――。
「何か思い当たることはないのか?」
「あの日……西浜の敵襲のとき、誰かに見られてるような視線を感じたんだ。そのときからかな、そういう感覚があるのは」
目を伏せて、麻乃は少しだけ考えてからぽつりと言った。
「骨は無事だから化膿さえしなければ、おおごとにはならん。安心しろ。ほかに怪我人はおらんのか?」
「二人ほど。擦り傷程度ですが」
「念のために診ておいたほうが良さそうだな。一度ここへ連れてこい。おまえたちのいう擦り傷はあてにならんからな」
うなずいてそれに答え、病室へ向かった。
背中の傷のせいでうつぶせに寝ている麻乃は、変に弱々しく見える。白いシーツに深みを増した赤茶の髪が目立っていた。ベッドの横に椅子を引き、腰をかけた。
「今日はずいぶんと盛大に怒鳴られていたな」
「だって、このあいだはすぐに帰してくれたから、今日もすぐ帰れるかと思ってさ。そう聞いただけなのにカンカンに怒られたよ」
「このあいだは自分で歩けないほどの怪我じゃなかったからだろうよ」
「そりゃあ、そうだろうけどさ」
麻乃は、ふーっ、と大きなため息をついた。
「痛むか?」
「うん、少しね。うつぶせが嫌だよ。せめて座りたい」
「大人しく寝ておけ。今度、このあいだのように傷が開いたら、麻酔はなしで縫うって言っていたぞ」
「それは……嫌だな。でもあたし、少しでも動けるなら戻らないと……女の子たちのことが気になるし」
痛みを思い出したように、顔をしかめて苦笑いしながら麻乃は言った。
「今夜にでも俺が様子を見て、明日の朝、知らせにきてやるから心配するな」
「明日だって中央の会議があるのに、それも出られないよ。そろそろ諜報の報告が届くんじゃないかな?」
「それもあさってになれば、資料が届くだろうよ。おまえ、そんなことより、もっと気にすることがあるんじゃないか?」
ビクッと麻乃の肩が動いた。
「あたし、どこか変?」
「髪に紅味が増している」
「そっか……だから修治も塚本先生も、あたしを見たときに変な顔をしたんだ」
「また、抑え込んだのか?」
「なんで……それを?」
「なんとなく、な。そんな気がすることが幾度かあった」
「…………」
うつぶせているから表情は見えない。なにも言わないのは、言葉を探しているからだろう。
(長丁場になるな)
話し出すのを待つしかないと思い、腕を組んで目を閉じたとき、意外にもあっさりと麻乃は話しを始めた。
「あたしが弾き飛ばされたのを見た二人が飛びだしてきたとき、ヤバイって思った。喰われちゃうかもしれない、って思った瞬間、くるのがわかった。いつもはそこで抑えようと思うんだけど――」
伏せたままの格好では話しづらいのか、モゾモゾと体を動かして、また続けた。
「今日は大丈夫な気がした、って言うか、そうしないとみんな、殺られちゃうと思ったんだ。凄く強い感覚があった。変わる、って思った。だけどね……」
首を動かして、視線をこちらに向けた麻乃は、なにか迷っているような目をしている。
「誰かに……止められた」
「誰かに? ……なんだって?」
突拍子もないものいいに、思わず前屈みに身を寄せ聞き返した。
「耳もとで声がしたんだ。まだ早いでしょう? って……」
「錯覚じゃないのか?」
「だって息づかいがわかるくらい、すぐそばで聞こえたんだよ! それに、時々、誰かに見られているような誰かがすぐ後ろにいるような、そんな感覚があるんだよ! 錯覚でも気のせいでもない。絶対違う! 市原先生は気負いすぎとか疲れているんじゃないか、って言ったけど――」
麻乃は声を荒げてまくしたてた。小さな肩が呼吸で大きく上下している。椅子を引いて枕もとに寄ると落ち着かせるように頭を軽くなでた。
「その声に、聞き覚えはなかったのか?」
「うん、男の声だったけど、聞き覚えはない」
「いつからそういうことがあったんだ?」
「気配を感じたのは少し前からだけど、声を聞いたのは今日が初めてだよ」
「そうか……」
沈黙が重く圧し掛かる。
誰かの声がしたって言うが、どう考えても気のせいだとしか思えない。そうでなけりゃ、なにかに取り憑かれてるとでも?
馬鹿馬鹿しい、そう一蹴してしまうのはたやすい。けれど――。
「何か思い当たることはないのか?」
「あの日……西浜の敵襲のとき、誰かに見られてるような視線を感じたんだ。そのときからかな、そういう感覚があるのは」
目を伏せて、麻乃は少しだけ考えてからぽつりと言った。
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