神が愛した、罪の味 ―腹ペコシスター、変装してこっそりと外食する―

椎名 富比路

文字の大きさ
上 下
239 / 285
深夜の牛丼は、罪の味

深夜の街に、乙女が二人。外食でしょう

しおりを挟む
「王妃様、どういったご要件で?」

 ドレスに身を固めた王妃が、教会の前にいらっしゃいました。こんな夜中に、護衛もなしに。服装も、町娘と言うにはいささか派手めかと。

「深夜の街に、乙女が二人。外食でしょう」

 王妃は、とんでもないことを言い出しました。

「シスター・クリス。私がなにも知らないとでもお思いですか? あなたが我が娘ウルと親しいことくらい、私も把握しているつもりですが」

 なるほど。国王と親密かどうかは謎でも、ウル王女と遊んでいれば、自ずとしょうたいもわかっちゃいますよね。

「夜道に女性が独り歩きだなんて、危ないですよ。ナンパ師にどんな目に遭うか」

「それは、あの屍のことですか?」

 うめいている男性たちが、道端に寝転がっています。

 そうでした。この人、国王より強いんでしたね。しかも、服に血の一滴もついていません。出血させず相手を叩き伏せる術を、心得ていらして。

「では、参りましょうか。例の牛丼とやら。私も食べてみたいのです」

 再び、わたしは外食の機会を得ました。

 今日は、冒険者の装備で行きましょう。これで周りには、護衛役と思ってもらえます。

 王妃たっての願い、聞き入れるとしますかね。

「こちらです」

「まあ。外からでもいい香りがいたしますわね」

 鼻で深呼吸をして、王妃は牛丼の香りを堪能します。

「主人が惚れ込むのも、わかるかもしれませんわ」

「味わえば、もっとトリコになりますよ」

「ですわね。では、ご注文をお願いします」

 カウンターの前に座り、料理を待ちました。

 牛丼の並盛りがふたつ、ゴトリと置かれます。

「いただきましょうか」

「はい……これは!」

 ライスと牛肉をお上品に口へと運んだ王妃は、目をカッと見開きました。ですが、場違いな声を発したことに気がついたようで、ややトーンを落とします。

「すばらしいですわね! この牛肉とタレのコントラスト! 夫が夢中になるのもうなずけます」

 品よくお箸を進めますが、その手付きは素早いですね。

 たしかに、罪深うまい。

 以前来たことがあるのに、初めてのときと同じ衝撃を受けます。

「おう……奥様、こういうのはガツガツと食べるのがマナーですよ」

 わたしは丼を持ち上げ、お箸でかき込みました。危うく民衆の前で、彼女を王妃様と呼ぶところでした。

「こうですかしら?」

 王妃様も、わたしをマネます。モグモグと口を動かして、お茶と一緒に牛丼をノドへと流し込みました。

「なるほど、こうやって食べると、口に米が詰め込まれていって、より牛丼の味わいが楽しめると」

 ちゃんと飲み込んでからお話をするあたり、お行儀がよろしいですね。

「ごちそうさまでした」

「いえいえ。ではわたしはこれで」

「次の店に参りましょうか」

 まだ、夜は終わりそうにありません。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ・21時更新
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...