神が愛した、罪の味 ―腹ペコシスター、変装してこっそりと外食する―

椎名 富比路

文字の大きさ
上 下
186 / 285
毎日おみそ汁を作らない妻は、罪な女ですか? ~大衆食堂の味噌汁~

根深汁は、罪の味

しおりを挟む
 哀れ、殴られたアカツキさんはそのまま川へダイブしてしまいました。

「アカツキ!」

 キサラさんが、衣装を脱ぎ捨てようとします。アカツキさんを助けに行くつもりなんでしょう。

「いけません! あなたはそこへ!」

 わたしは修道服を脱ぎ捨て、冒険者の衣装へと変わります。そのまま川へ飛び込みました。

 ここでキサラさんまで飛び込んでしまったら、キサラさんまで溺れかねません。

 従者の方もわかっているのか、姫であるキサラさんを抑えます。

「あいつに任せるんだ」

 ソナエさんも、キサラさんの前に出ました。

 幸い川は流れが緩く、わたしはすぐにアカツキさんを引き上げます。

 ソナエさんが、火炎の魔法でアカツキさんを温めました。

 その様子を、キサラさんがずっと見つめています。

 アカツキさんは、一応呼吸をしていますね。川の水を飲んではいないようです。

「どうして……あーあ、なるほど」

 野次馬が見ているのは、キサラさんでした。着ている服が、ボロボロになっています。モデルの如き細い体が、あらわになっていました。

「お召し物がはだけていく着物の女性と、ジャージの女性が戦っていると報告がありまして、姫様のことだと」
「なぜ、そう思われたので?」

 キサラさんの服に起きた現象は、何事でしょう? ソナエさんの戦闘で、キサラさんはダメージを負わないはず。たしか、式が肩代わりしているのですよね?

「姫様の術式用装束は、ダメージを受けると破れてしまう性質がありまして」

 それで、野次馬が集まっていたのですね? よく見ると、野次馬は男性ばかりでした。

「アカツキ殿も、察したようでして」
「お姫様との結婚には、あまり乗り気ではなかったのに?」
「それは、婿ですと女性の方が上の立場になりますから。武士としては、お嫌だったのでしょう」
「しかし、やはり幼なじみですな。大事な人が大変な目に遭っているときは、やはり」

 キサラさんの方を見ます。

 アカツキさんに膝枕をしてあげながら、ずっと看病しているようですね。

 しばらくして、アカツキさんのお母様もお見えになりました。我々に礼をした後、未だ目を回している我が子をひょいと担ぎます。

「キサラ殿、我がバカ息子の面倒を、ありがとうございます」
「いいえ。おばさま。妻として、当然のことをしたまで」
「では、息子をもらっていただけますか?」
「ええ。今の出来事で、彼の本心が聞けました。さあさあ」

 アカツキさんを、キサラさんは引き受けました。

「ではソナエ、シスタークリス、あちきは国へ帰るわ。お酒は後日送って差し上げるから、待っててね」
「楽しみにしているよ」

 わたしたちは、去りゆくキサラさんたちを見送ります。

「悪いな。しんどい役に回ってもらって」
「今度、埋め合わせをしてくださいね」
 

 数日後、わたしはソナエさんの家にお泊りしました。
 朝食を作ってくださるとのことで。

「ほら。これが根深汁だ」

 本当に、具材がネギだけなのですねぇ。
「例のアカツキのおふくろさんに、作り方は教わったんだよ」

 お味噌もお米も、アカツキさんのお家が「迷惑料」としてくださったそうです。

「喜んで、いただきますわ」

 わたしの隣には、ウル王女もいました。

「なんであんたまでいるんだ?」
「あら? キサラ様の護衛ですわ。この土地で自由に振る舞えるよう、目を光らせておりました」

 それでキサラさんは、安全だったのですね。

「では三人揃ったところで、食おう。あたしもいただきますっと」

 三人で、いただきます。

 なんと、罪深うまい。

 お味噌汁とゴハンだけの簡素な朝食、しかも具材はネギだけです。それなのに、なんという奥深い。これこそが、東洋の味わいなのですね。

「アカツキは、国に帰るそうだ。おとなしく、婿になるってさ」

 それは結構なことです。

「久々に顔を見たら、憑き物が落ちたみたいになっていたよ。あたしにしつこくする様子もなくなった」
「殴られて、すっかり怯えてしまったのではありませんこと?」
「よろしい。あんたにも、一発お見舞いしてやろう」

 ソナエさんとウル王女がやり合いそうになるのを、わたしはなだめます。

 今は、朝食を楽しみましょう。
 
(味噌汁編 完)
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

なんでも奪っていく妹とテセウスの船

七辻ゆゆ
ファンタジー
レミアお姉さまがいなくなった。 全部私が奪ったから。お姉さまのものはぜんぶ、ぜんぶ、もう私のもの。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

貴方のために

豆狸
ファンタジー
悔やんでいても仕方がありません。新米商人に失敗はつきものです。 後はどれだけ損をせずに、不良債権を切り捨てられるかなのです。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...