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第三部 湯けむりシスター 冬ごもり かに……つみ…… ~温泉でカニ三昧~

かに……つみ……

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 監督たちの案内で、わたしたちはお座敷に通されます。
 わたしとソナエさんは、頭巾で顔を隠していました。
 目の前には、お皿に山と積まれたカニざんまいが。

「どういったシーンなんでしょう?」
「食の詩人が、温泉宿の料理を食レポする場面です。大量にカニを食べて、感想を言うという内容ですね。いい詩が出てこないってんで、イメージが湧くまでカニを食い続けます」

 随分と、食い意地の張った詩人ですね。

「誰かさんみたいだな」
「うーん、思いつきませんね」
「お、おう」

 ソナエさんが、わたしをカワイそうな人を見るような目で見ていました。

 なんなんでしょう?

「ただ、大食いの役者さんが足止め食らっちゃって、吹き替え役としてお願いしたく」

 基本は、食べているだけでいいそうです。
 むしろ「しゃべるな」とのこと。
 あとで、キャストさんに吹き替えて編集なさるそうなので。

「承知しました」

 顔が見えなければ、OKですよ。

「ごめんね。大したおもてなしはできないけど、このカニはタダで食べていいから」
「ありがとうございます」

 わたしにとっては、食べさせてもらうことが何よりの報酬です。

「そのかわりさ、NGは極力なしの方向で頼むよ。予算なくてさ」
「お安い御用です」

 それはそうと、もうひとりの方は……。

「ソナエさんまで、よかったんですか?」
「カニが食えるんだろ? やるやる」

 ま、この人も食べる方ですからいいでしょう。 

「では、本番行きます」

 カチンコが鳴りました。

 わたしたちは、カニの足をいただきます。

 足の根本に、切れ目が入っていますね。ここから剥けばいいそうで。

 カニさんのおみ足を、ズズズッと。

 キレイな身が、出てきましたよ。

 まずはこれを、素の状態で。

 おお、罪深うまい。

 あっさりしていそうな見た目なのに、この味の濃さ。
 なのに、いくらでも入っちゃいそうな。
 おしょう油なんて、いりません。
 気がつけば、右半身を全部平らげていました。

 これはいけません。爪もいただきましょう。

 ばつぐんに、罪深うまい。

 わたしはすっかり、カニの味に酔いしれています。
 こんな味なんですね。

 半分が終わった段階で、カニミソもいただきましょう。
 うわ、おツユがすごいです。これごとカニミソを。

 あらあ、罪深うんまい。

 なんということでしょう。実に、信じられないおいしさです。
 雅、とはこういう食べ物をいうのでしょう。

 カニさんを解体して食べるという、実に背徳感あふれる行為。
 なのに、まったく手が止まりません。 

 ソナエさんが楽しみにしていたのが、わかります。
 お顔が厄払ヤバいと言っていました。
 引き笑いが、止まりません。
 お猪口でお酒を飲みつつ、クスクスと笑いっぱなしで。

 二杯目をいただいても、我々は手を止めません。
 カニの足をむさぼり、オミソをすすります。
 もはや「カニを食べる、からくりマシン」と化してしまいました。

 ソナエさんに至っては、胴体の殻にお酒まで注いでいます。
 お酒飲みにとって、さぞおいしいのでしょうね。

 わたしもソナエさんも、会話を一切しません。
 言葉を発しないでほしいと言われたこともありますが。
 アイコンタクトだけで、おいしさを伝えます。

「カニを食べると無口になるわよ」と、シスター・エマも言っていましたっけ。

 我々二人は、いつしか集中し過ぎて「ゾーン」に入っていました。
「カニゾーン」ですよ。


 かに……つみ……。


「キレイに食いやがるな……」

 監督が、小さくつぶやいたのが聞こえました。
 いい絵が取れるという確信めいた顔になっています。

 お皿に三杯も乗っていたカニを、わたしたちは食べ尽くしました。

「ごちそうさまです」と、わたしたちは手を合わせます。

 ですが、女将役の女優さんがうれしいことを言いました。

「まだ雑炊がございます」

 それは「この上、さらに罪を重ねてもいいのだ」という解釈でいいのですね?
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