神が愛した、罪の味 ―腹ペコシスター、変装してこっそりと外食する―

椎名 富比路

文字の大きさ
上 下
97 / 285
焼き鳥を「タレか塩か」で争うのは、罪 ~タレと塩の焼き鳥~

塩ダレは、罪な争いをなくす

しおりを挟む
 ようやく騎士の訓練所にたどり着いた頃には日は高く昇っていた。カレンは慣れたもので、馬車から降りると真っ直ぐに建物の中に入っていく。アステルも彼女に続いた。

「カレンじゃないか」
「ガレッド。今日も愛妻弁当を持って来たわ」
「いつもすまないな」

 カレンは夫のガレッドを見つけると嬉しそうに駆け寄っていった。彼はカレンの差し出した包みを受け取ると、後ろにいたアステルに目を向ける。

「シリウスに用か?シリウスなら今、訓練所にいるぞ」
「ありがとうございます。行ってみます」

 ガレッドに許可を貰うとアステルはそのまま案内をされた訓練所に足を向けた。すると、そこには見覚えのある背中があった。

 シリウスだ。彼は槍を持ち、真剣な表情で目の前の相手に向かって鋭い突きを放つ。その動きはとても素早くて無駄がなく、美しい。アステルは思わず見惚れてしまった。
 それからしばらくすると、休憩の時間になり、シリウスがアステルに気づき、驚いたような表情を浮かべた。

「アステル、どうしたんだ?何かあったのか?」
「お、お弁当を渡しにきたの」

 真っ先にアステルの元に来たシリウスは彼女の肩を掴んで戸惑いながらも尋ねるとアステルは手に持っていた包みを差し出す。薄い緑色の布袋に包まれた大きな弁当箱をシリウスは不思議そうに見つめていた。

「わざわざ弁当を?」
「ちょっと顔を見たくて……迷惑だった?」
「いや、そんなことはない。嬉しい」

 シリウスの顔を見ると安心して笑みがこぼれる。こうして会いに来てくれると自分のことを想ってくれているのだと実感できて幸せな気持ちになれたのだ。

「ステラは?」
「ステラにはカレンさんの屋敷で預かってもらっているの」
「そうか、元気なんだな」
「元気……だけどちょっと反抗期みたい」

 アステルの困ったような顔にシリウスは苦笑する。

「それじゃあ、邪魔になると悪いからそろそろ帰るね」
「出口まで送らせてくれ」

 アステルは名残惜しげにシリウスを見上げると、二人で並んで歩き始める。シリウスと並んで歩くのは久しぶりだったので、アステルの心は弾んだ。
 ふと、アステルはシリウスの左腕を見る。そこには包帯が巻かれており、少し血が滲んでいた。

「怪我したの?」
「ああ、大したことない」
「見せて」

 アステルは少し驚いて尋ねると、シリウスは何でもないように言ったが、彼の腕をそっと掴むとシリウスは大人しく従う。汚れてしまっている包帯を外して傷口を確認すると、まだ新しい切り傷が痛々しく残っていた。

「気がついたら……たぶん訓練中にやってしまったんだろう、放っておけば治る」
「薬塗るからじっとしていてね」

 アステルはポケットの中から塗り薬を取り出す。最近作ったもので、いつステラが転んでも大丈夫なように持ち歩いているものだ。
 丁寧に腕に薬を塗っていくとシリウスはアステルの細い指先が肌に触れる度に緊張していた。最後に綺麗な包帯を巻き直すと、アステルは顔を上げて微笑む。

「これで大丈夫。あまり無理しないでね」
「……努力する」

 アステルの言葉にシリウスは神妙な面持ちで答えたが、きっと彼は無理をしてしまうだろうと思った。シリウスはそういう人だ。だから心配なのだ。

 そしてカレンと一緒に乗ってきた馬車がある場所に到着をしたが、カレンはまだ戻ってきていないようだった。まだガレッドと話をしているのかもしれない。

「先に馬車で待っているってカレンさんに会ったら伝えてくれる?」
「わかった……アステル」

 シリウスは周りに誰もいないことを確認をしてからアステルを引き寄せると、優しく抱きしめた。お互い、温もりを感じると心が満たされていくようでとても幸せだった。
 名残惜しそうに身体を離すと、二人は見つめ合う。そしてどちらからともなく唇を重ねた。キスをするのも随分と久しぶりに感じられ、シリウスはアステルの頬を撫でながら囁く。

「できるだけ早く帰ってくる。それまで待っていてくれるか?」
「うん、ステラのことは任せて」
「頼む」

 シリウスはアステルの頬に軽く触れるだけの口づけを落とすと、彼女の頭をひと撫でした。

 ◆

 その様子を遠くの木の陰からずっと見ていたマキは持っていた包みを地面に落とす。中身のおにぎりが崩れたが、それを気にする余裕はなかった。
 マキは全身の血の気が引いて顔色が悪くなるのを感じた。
 夫婦仲が悪いと思われていたシリウスは自分の妻に対して深い愛情を向けて愛おしんでいたのだ。しかも、あんなにも優しい表情をしていた。

「私は何を考えていたの……?」

 地面に落ちたおにぎりを見ながらマキは自問自答していた。恥ずかしさと情けなさが込み上げてくる。息子にそそのかされ、仕事を休んでまで彼に弁当を渡そうとしていた。もしかしたら喜んで受け取ってくれると思っていた。かつて愛した夫のように。
 聖女の守護騎士だった頃の夫に初めて弁当を作った時、夫は美味しいと言って食べてくれた。それが嬉しくて何度も作ったことを思い出しながらこのおにぎりを今朝早起きして作ったのだ。

「馬鹿みたい……こんなもの、シリウスさんにとっては迷惑なだけなのに……」

 マキの目からは涙が流れ落ちていた。シリウスの妻への気持ちを知った以上、自分は彼の傍にいることはできないと思った。レオの新しい父親になるのは無理だ。マキは落ち込みながら地面に落としたままのおにぎりを見下ろしてから踵を返した。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ・21時更新
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴方のために

豆狸
ファンタジー
悔やんでいても仕方がありません。新米商人に失敗はつきものです。 後はどれだけ損をせずに、不良債権を切り捨てられるかなのです。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...