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第一部 完 前編 親子丼は、罪の味 ~ドワーフ定食屋の親子丼~

親子丼は、罪の味

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「おまちどう」

 おばあさんが、机にお盆を置きました。
 親子丼に素うどんの順に並べます。
 温かいお茶が、湯呑で出されました。

 見ているだけで、食欲がそそられますね。
 おうどんがミニサイズなのも、うれしいです。
 親子丼が主役なのですね。

「いただきます」

 まずは、親子丼からでしょう。

 これは、罪深《うま》い。

 実にうまいです。
 鶏肉がやわらかいですね。
 繊維質を砕くとかそういう作業もしていなかったので、元々お肉のやわらかい鶏さんなのでしょう。

 なにより、玉子がトロットロですね。
 これですよ。これを食べに来たんです。
 この玉子を。こういう玉子がほしかった。癒やしをくれる玉子。
 最高です。

 はあ、生きていてよかったと実感できますね。

 さてさて、続きまして。おうどんですよ。湯気ですら、おいしそうですね。

 最初は、おつゆだけを。

 これも、実に罪深うまい。

 透き通った、優しいおつゆです。
 それでいて、味わいは深いですね。こたえられませんよ。

 ずるずるっと、豪快に、下品にいただきましょう。

 ううん! 正解! 下品に攻めて正解でした。

 おうどんのコシが、ちょうどいいです。
 工場製品ではない、手打ちならではのやわさや弾力。
 ほぐれ具合が、絶妙度合いです。

 カウンター席に、七味が置いてありました。
 薬味ですか。
 これも試してみましょう。

 ああもう最高。罪深うまさ、ここに極まれり!

 セットだと、お互いに物足りないくらいがちょうどいいです。
 単品だとガッツリなのですかね。

 ジョギング中にお店の評判をお聞きしてみたところ、年配の方がよく食べにいらっしゃるとか。
 主にお昼は、高齢者を相手にしているのでしょう。

 で、夜は帰宅した労働者さんのためにお酒を出すと。

 お昼の営業が終わったら、仮眠を取るのかもしれません。

 これはまた、悪いタイミングで入店してしまったようです。

「すいません。休憩をお邪魔してしまったようで」
「なんでお客が気にするのさ? 接客がイヤなら、とっくに追い出しているよ」

 休みのタイミングを逃しただけで、怒っているわけではないようですね。

「従業員の都合を考えてくれるのは、ありがたいけどね」

 おばあさんも、休んでいるご様子です。
 自由に売り物に手を出して、お昼ごはんをはじめました。
 おナスの煮物とカブのお漬物、ほうれん草。
 これにおにぎりとお味噌汁が付きます。
 そのチョイスも素晴らしいですね。

「あんた、モーリッツとどんな関係だい? 恋人って感じじゃなかったみたいだけど?」
「えっ」

 さすが親といいますか。
 おばあさんは、わたしがモーリッツさんの関係者だとすぐに見抜きました。

「実は、こういうことが」

 モーリッツさんの名誉を傷つけない程度に、事情を話します。

「あのバカがね」

 おにぎりを食べ終えたおばあさんが、手をパンパンと払いました。
 アツアツのお味噌汁を、ぐいっと煽ります。

「あの親不孝モン、まだそんな夢みたいなことを。こっちのことなんて、考えることないのにさ」

 一言一言に、親としての無償の優しさや厳しさがにじみ出ていました。

「家出したんだよ。あの野郎」

 会話に入ってきたのは、お兄さんです。
 わたしに、熱いお茶のおかわりをくれました。

「冒険者になって一山当ててくるってんで、おふくろと大げんか。向いてねえからやめろって、俺も言ったさ」

 口論の末、家を出てしまったそうです。

「モーリッツはあれ以来、帰ってきてねえ。帰ってきたとしても、塩まいて追い出してやろうかって思ってる」

 お兄さんの言葉を、おばあさんはフンと笑いながら返しました。
 そこに悪意などはありません。
 しかし、モーリッツさんを受け入れようという雰囲気でもありませんでした。

「まったく、どこをほっつき歩いているんだろうね?」


 おばあさんは、窓を眺めています。


 いつの間にか、雨が降っていました。


 入り口が、力なく開きます。

「母ちゃん、ただいま」

 人生に疲れ切った男が、か細い声で店主に声をかけました。
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