神が愛した、罪の味 ―腹ペコシスター、変装してこっそりと外食する―

椎名 富比路

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海鮮丼は、罪の味 ~漁港の海鮮丼とオジサンの……~

お寿司に思いを馳せる

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「あなた、お寿司って食べたことある?」

 お粥の上に乗った梅干しを潰しながら、シスター・エマがわたしに問いかけてきました。

 ここはシスター・エマがよく通っている、お粥の専門店です。
 リゾットではありません。あれは生米から炊くので。
 炊いたお米で作っているから、この店の商品はお粥なのです。

 メインディッシュはお漬物と、焼いた鮭です。
 これはこれで、おいしいですね。
 
 お粥は安いので、たくさん食べても罪の意識を感じません。

「お寿司とは、小さく握った酸っぱいご飯の上に、お刺身が乗っている料理のことですよね?」

 東洋では、ポピュラーなソウルフードだと聞きます。

「そうなのよ。そこでは、生の鮭も出すそうよ」
「ほーお」

 焼いた鮭もなかなかのものですが、生ですかぁ。

「食べたことある? 生の鮭とか」
「いいえ」

 ほぐした鮭をお粥に乗せて、わたしは口へと運びます。
 うん。これを生で食べるとか、想像もつきません。

「鮭の卵も食べるんですって。見たことある?」

 エマの問いかけに、わたしは首を横に振りました。

 そもそも、この地帯には生魚を食べる習慣自体がありません。
 港があるので海からは近いのですが、海鮮はだいたい加工されたものを食べます。
 生魚に抵抗があるからですね。

 生の鮭を食べるなんて、聞いたこともないです。

「わたしの故郷でも川魚は食べますが、焼きますね」
「そうよね。でも最近、この付近にもお寿司屋さんができたらしいの!」

 鮭の皮をかじりながら、シスター・エマは興奮気味に語りました。

「弟子に、海鮮丼のお店を任せているそうなの。店主からすると、お寿司を楽しんでもらう過程で、頼んでいるそうよ」

 生魚が苦手な人たち用に、そのお店は網焼きの屋台などもあるとか。
 とはいえ、生魚にはやはり慣れていないらしく、もっぱら網焼き屋台が評判だそうで。

「はあ。なるほど。で、どこ情報ですか?」
「ウチの父よ。獲った魚をその店に卸しているの」
「あ~あ。そういえば、エマさんのお父様は漁師さんでしたね」

 わたしは山育ちで、エマさんは海育ちなのです。

「はあ、網焼きの話なんてしていると、故郷を思い出してしまったわ。酒が飲みたくわるわね」

 エマもエマで、酒を自重できない女性なのでした。
 食い道楽なわたしも、大概ですが。

「いけない、いけない。誘惑に惑わされるところだったわ。シスター・エンシェントに怒られてしまうわね」
「うう、怖いですね」

 わたしは、ブルッと身震いしました。



「ご、ごきげんよう、シスター・エンシェント」

 教会へ戻ると、シャキッとした老シスターが険しい顔で教会の前に立っていました。

「ごきげんよう、シスター・クレア・クレイマー。シスター・エメリーン・スミス」

 この人こそ、我が教会で最強を誇るシスター・エンシェントです。

 彼女の素性は、誰も知りません。かつて勇者と共に魔王を倒したとか、子供の頃の勇者を鍛えたとか、ウワサは統一されていません。

「時間ぴったりに、帰ってきましたね」

 エンシェントが、懐中時計を開きました。

「それはもう。昼食を食べに行っていただけですから」
「その割には、いつも遅くありませんか、シスター・クレイマー」
「え、っと……」
「まあよろしい。ザンゲ室で子羊がお待ちです。急いでくださいね」

 わたしたちは、いそいそとザンゲ室へ向かいます。

「相変わらず、おっかないわね。シスター・エンシェントは」
「まったくですよ。まだ手が震えてますもん」
「あんたも節度を守ってね」

 エマは、ピンク色のカーテンが引かれたザンゲ室に入りました。これこそ、エマ専用「恋愛関連専門ザンゲ室」なのです。

「今日も遅いの?」
「そうなりますね。状況次第では、すぐに帰ってこられますが」

 わたしは冒険者の衣装に着替えて、出陣しました。

 今回の相手は、海賊です。
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