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第五章 メンヘラ、炎上した先輩に会いに行く

第24話 人気V、ストーカー被害

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 デビューして少しして以来、ワン先輩はずっとストーカー被害を受けていたらしい。

 ほぼ毎日のように、いやがらせのDMが送られてくるという。
 本人的には、交際相手にメールを送っているだけと思っているだけのようだ。
 なので、罪悪感はゼロだったらしい。
 
「誰なんです、その加害者って?」

「ファンクラブの会長だった人よ」

 ウチは、言葉を失う。
 動悸が止まらない。

 もっとも信頼していたファンが、ストーカーだったとは。

 とはいえ、もっとも粘着しやすい相手なのはわかる。

 それだけに、聞いていて辛い。

「どうして、ストーカーなんかに?」
 
「最初はその人、『スパナ』だったの」

「ああ、モデレーターやったんですね?」

 モデレーターとは、コメント管理の役割を持つ人である。
 アンチや荒らしの削除、配信開始の通知などを行うのだ。
 スタッフと同じような役割だが、こちらは無償である。

「最初は、アンチコメントを積極的に削除してくれる人だなーと思っていたの。仕事が早くて、頼もしかったわ」

 接し方も紳士的で、口調もおとなしかった。

「でもその人は、自分のコメントを読んでもらうために、他のコメントを監視していただけだったわ」

 手口が巧妙で、気づくまで結構な時間がかかってしまったという。

「それ、カバード・アグレッションっていうやつですよね?」

 友だちや協力者のふりをして、相手をコントロールするタイプの人間を、心理学用語でそう呼ぶ。

「アンちゃん、あなた、やけに専門的なことに、詳しいのね?」

「本好きが、友だちにいまして。むつみちゃんっていうんですけど」

「さすがね。むつみ社長が、あなたを手放さないわけだわ」 

 気がつけば相手は増長しており、不快なコメントも目立つように。

 で、ブロックしたら反転したと。

「今回の騒動も、意図的に起こしたの。ワタシとカレシとは、真剣交際だとわかってもらうように」

 印象を悪く報じてもらったのは、ファンに思い残すことのないようにとのこと。

「でも結果的に、ファンを裏切ってしまった」

「円満に、交際していますでは、アカンかったんですか?」

「『結婚しました』だったら、それでもよかったんだけど……」

 Vとしての活動を優先していたため、ワン先輩は結婚を渋っていた。

「でもそのせいで、かえって事態が悪化してしまったわ。だから」

「炎上で、V活動を一旦やめることになったと」

 会社に迷惑をかけてやめることで、Vとの距離を置こうと思ったという。

「ストーカー事件を大々的に報じてもらうために、こっちが提案したの」

 結婚報告だと、相手が逆上しかねない。

 そこで、炎上の際にストーカー被害も同時に報告してもらうことにした。「事情があったからこうなったとすれば、味方が増えるのでは」と思ったという。

「はい。思い当たるフシはあります。ワン先輩って意図的に、他の子とのコラボ避けてましたよね?」

「そうなの。孤立していると見せかけるため」
 
 他のVにまで飛び火しないように、個人的な事情を貫いたのだ。

 ずっと一人……いや二人か。少数で、ずっと戦っていらしたのか。 
 
「せやけどむつみちゃんは、えらいことになってますやん? むつみちゃんを巻き込んだのは?」

「むつみ社長から直接、お願いされたわ。『こちらが事後処理で忙しくしていれば、ストーカーに会わないでいい口実ができる』って」

「はっはー!」

 ウチは手を叩いて笑ってしまった。

 いかにも、むつみちゃんらしい考え方である。

「ほんで、弁護士にドーンっと」

「ストーカーに関しては、その方がいいらしいの。絶対に、自分たちだけで会ったり、処理しようとしちゃダメだと、専門家からも言われたわ」
 
 ストーカー対策の一環として、「弁護士を通してしか、話はできない」と、相手に思わせなければならない。
 
「すげえな! そこまで考えてたんや!」

「会う義理はないからと、ストーカーについては突っぱねていました」

「エゲツない! むつみちゃん強いわ。さっすがや! それでこそむつみちゃんやな!」

 今頃になって、ビールの酔いが回ってきたみたいだ。
 愉快で仕方がない。

「それで、ストーカーでどないなったんです?」

「今はそっちが報道の中心になっていて、相手方の個人情報とかが流出しているわ。相手の悪質なスパナ行為に不満を持っていた人が、動いていたみたい」

 またVで活躍している人の中には、弁護士や現役刑務官などもいる。
 そちらは、ワン先輩を養護してくれているようだ。

「それで、交際の方は大丈夫なんですか?」

「今のところは」

 ロクに会えてはいないようだが、メッセや動画通話は送り合っているという。

「自分のことより、こちらを心配してくれているみたい」
  
「よかったです」

 こちらは、おいとますることにした。
 
 別にウチは、ワン先輩を咎めるためにここへ来たわけじゃない。
 謝罪を要求するつもりもなかった。

 ただ、様子を見に来ただけである。

「でも、ワン・タンメンちゃんとコラボできへんかったことが、唯一の心残りですわ」

「もしワタシが転生したら、お願いできる?」

「せや! その手がありましたね?」

 転生の手続きは、ワン先輩の絵師ママとも打ち合わせ済みだという。
 ほとぼりが冷めたら、すぐに転生しようという話で決まっているそうだ。
 当然だが、【あぶLOVE】への違約金は、先輩のママには関係ない。
 すべて、ワン先輩とカレシが支払う。

「個人勢で転生するから、お安くしておくわね」

「いやいや。先輩はほぼトップクラスやないですか。転生しても、また稼ぎはるかと」

「大きく出たわね。今日はありがとう」

「うちの方こそ。なんやったら、お酒飲みます?」

 ワン先輩といえば、「ラーメンとギョーザを、ビールと一緒に流し込む、登録者一〇〇万人耐久」配信である。
 登録者が一人増える度、ギョーザを一個食べるのだ。目標人数まで、まだ千人ほど足りなかったのに。
 おつまみにラーメンまですするという、狂気の配信だった。
 すぐ登録者数に達成したのだが、「お腹が空いたので」と、その後も食べ続けたのである。
 あのとき食べた量の記録を、他の大食いVたちは破れていない。
 ワン先輩は、Vの人気はナンバースリーだ。しかし大食い選手としては、他の追随を許さない。

「ごめん。今は断酒してる。の……ううう!」

 突然、ワン先輩が流しへ。

 激しく嘔吐する先輩の背中を、ウチはさする。
 
 これって、まさか……。


 ウチは先輩の両親と、救急車に乗った。病院まで、付き添う。
 
 医者からまっさきに言われたのが、「おめでとうございます」だった。

 二ヶ月だという。

「よかったですね。先輩」

「うん」

 ワン先輩が、ベッドで涙を流す。

「妊娠した人って、ホンマに流しで吐くんですね? 初めて見ました」

「ワタシもよ。自分がドラマみたいな経験をするなんて」

 二人で、安堵しながら笑いあった。
 
「でも、カレシと連絡がつかないよ」

 病院に行ったとは、報告をしてある。

 だが、メッセが返ってこない。

 なにかあったのだろうか?

 結局ウチは、先輩と病院に泊まることにした。
 一人にしておけない。

 先輩のベッドの脇で、うたたねをしているときだった。
 こちらに向かって廊下をダダダ! って走ってくる音が。

 ウチはびっくりして、飛び起きた。

 病室のドアが、乱暴に開けられる。

「ミヤちゃん!」

 三〇代くらいの男性が、いきなり病室に入ってきた。
 看護師さんに止められながらも、男性はムリヤリ入ってくる。

「よかった。無事だったんだね?」
 
「……あんた誰や!?」

 まさか、こいつが?

「アカンで。今は安静にしとかんと!」

「ああ、すいません」

 ウチが凄むと、相手はおとなしくなる。

「アンちゃん、その人が、ワタシの」
 
 どうやら、この人がワン先輩のお相手らしい。

 知らんかったし!
 だってこの人、顔出しNGやねんもん!
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