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第五章 メンヘラ、炎上した先輩に会いに行く

第23話 Vタレントの実家

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 ウチは、ワン・タンメンの地元まで向かった。

 新幹線なんて、何年ぶりだろう?
 地元から、東京に出てきたとき以来の気がする。

  景色が、田んぼばっかりになってきた。
 だんだんと、山が深くなっていく。

 たしか、ウチの地元よりもっと南西の方だと聞いた。
 そろそろ、着く頃である。

 新幹線を下車して、さらに電車を乗り継いで、商店街のある街に到着した。

 グルメロケの取材って、こんなカンジなのかなー?
 とにかく、ワン先輩の家を探す。
 今はお昼時だ。お腹にもなにか入れたい。
 ついでなら、酒も。

「元・大スターと会うのに酒かよ」と、と思うかもしれない。
 だが、先輩に会うのだ。逆に、飲まないとやっていられない。酔っているくらいが、ちょうどいいと考えている。
 初配信でアルコールを入れた、Vもいるくらいだし。


 新幹線でも一応、酒は飲めた。
 だが、ウチは飲んでいない。
 それも、ワン先輩の店で飲むため。
 とにかく先輩の店は、絶対おいしいはず。
 このノドは、町中華の酒を欲している。

 看板からしておいしそうな店を、発見した。
 こじんまりとした佇まい、使い古された食品サンプル。
 剥がれかけている屋根からは、昭和臭がそこはかとなく漂う。
 絶対、おいしいに決まっている。
 ひとまず、客として店に入った。
 太った大将と、雰囲気のいいおばちゃんが店を切り盛りしている。
 そこに、ワン先輩らしき人の姿はない。
 出前にでも、出ているのだろうか?

 カウンターに、座らせてもらう。
 まだお昼前。人はまばらである。
 今のうちに、食べておこう。

 壁に多量のメニュー表が貼り付けられている。
 どれもそそられるが、ここはオーソドックスに。

「いらっしゃいませ。なににしましょう?」

 オバちゃんから声をかけられて、ウチはラーメンとギョーザを頼む。

「ありがとうございます」

 数分後、注文の品が来た。

「いただきます」

 ギョーザをいただく。

 パリッとした皮と、じゅわっとしたアンがビールを求め始めた。

 これは、ビールでお迎えをしなければ!

「すいません、瓶ビールを」

 メニューには、ハイボールもあった。紹興酒もある。
 だが、ここは瓶ビールだ。
 とことん昭和を、堪能する。
 よく冷えたビール瓶が、カウンターに置かれる。

「っくううううう!」
 
 長旅の疲労と、ギョーザの熱気を、ビールで解消した。
 
 ラーメンも、いかにもな中華そばである。期待を裏切らない。

 行列のできるラーメン屋では、こんなに楽しめないだろう。
 ビールでまったりするには、町中華に限る。
 
 
 さて、ガソリンも込めた。

 会うとするか、ワン先輩に。

「すいません。ウ……私は、こういうものです」

 ウチはオバちゃんに、名刺を差し出す。

「はい……はいはいはい! うかがってますよ! お父さん! お客さん!」

 カウンターの向こうにいる大将も、察したようだ。

「奥にどうぞ」

 ウチは、店の奥へと通される。

 到着したのは、会計室のようだ。
 ノートPCに、なにかをひたすら打ち込んでいる女性がいた。
 ウチが見てきた中でも、最高の美人さんである。
 すっぴんの顔で、頭にタオルを巻いていた。
 打ち込んでいるのは、店の会計表みたい。

 この女性が、ワン先輩なのか?

「どなた?」

 ようやく、うちに気づいたようだ。
 美人さんが、ノートPCから顔を上げる。

「あの、はじめまして。愛宕あたご リアンです。おもむろ アンっていうた方が、ええですかね?」

「その説は、申し訳ありません!」

 ウチが名乗ると、ワン先輩は席を立って頭を下げる。
 
「あの、座ってください」

 ウチが促して、ようやくワン先輩は着席した。


 オバちゃんが、お茶を持ってきてくれる。
 そこでウチもやっと、言葉を発した。
 
「裏方を、してはるんですね?」
 
「そうなの。経済学部を出ているから、一応簿記とかできるし」

「町中華っていうから、てっきり看板娘なんかなー? って思ってました」

「声でバレちゃうから」

 お店側の、配慮だったらしい。
 出前や注文取りなど、顔を出す作業は一切させないという。

「ウチの料理どう?」

「めっちゃおいしいです。ラーメンのスープ飲み干したの、久しぶりとちゃいますかね?」

「ありがとう。昔はさぁ、『こんな古臭い店!』って、逃げ出したんだけどね」

「当時はねえ。そうですよねぇ」

 ワン先輩の青春時代は、おしゃれな店がTVで紹介されまくっていた頃だ。
 変換期というか、昭和っぽさが淘汰されていった世代である。
 今でこそ見直され、客足も伸びているが。

「学生の頃から、手伝わなかったのよね。都会に出たくて、バイトはしていたわよ。けど、ここではやらなかったわ」

 今は素直に、ワン先輩はお店を手伝っている。両親がどんな大変だったか、思い知っているところだという。
 
「以前は、『私は同時視聴者数三〇万人いった女だぜ!』って調子に乗っていたんだけど」

 Vの活動から離れても、未だに好意的なコメントを残してくれるファンが多い。
 そのコメントに、ワン先輩は毎日励まされているという。

「今でも、遅くまでゲームやってますん?」

 ワン先輩の配信時間は、基本的に夜中だった。

「やらなくなったなぁ。仕事に響くんだよね」

 健全な生活を送ると、人は睡眠時間も変わるようである。

 日々の生活を円グラフで見せてくれた。

「こっちが今の生活ね」

 八時間の労働を行い、ちゃんと七時間の睡眠時間を確保している。
 余暇も取っているが、ゲームの時間はない。

「で、これがVの頃の生活よ」

「うわ。終わってますね」
 
 ガチで、ゲームしかやってなかった。
 風呂にも、入っていないとか。

「先輩と言ったら、ソシャゲ実況ですやん。今でも、やってはりますの?」

 配信のとき一日で七万使ったときは、見ているウチのほうが震え上がった。
 見たときから、投資をしていたので。
「Vでトップを取るには、ここまで身体を張らないといけないのか?」と、むつみちゃんに相談したくらいだ。

「今は、そんな気にはなれないわ」

「マジですか? アイドルのガチャゲーで、『コイツは俺のヨメ!』とか『〇〇ちゃんは、俺の横で寝てるよ!』とか、言うてましたやん!」
 
「みんなからもらったお金を、溶かすような気がして」

 湯水のようにお金をガチャに注ぎ込んでいた女性が、この変わり様である。

「お相手とは? まだ連絡を取り合ってますのん?」

「今、慰謝料とか損害賠償などで、相談をしているところ」

 まだお付き合いは、続けているとのこと。 
 お互い真剣に、交際しているらしい。

「でも、転生しはるんですよね?」

 転生とは、過去のアバターを破棄して、新しいアバターで再デビューすることである。
 
「一応、準備中だけどね」

 なので、お金を使わないようにしているのだとか。

「がんばってください」

「え、図々しいとは思わないの? 会社に迷惑をかけたのに、またアイドル面するつもりかよって」

「いえ。慰謝料とか考えたら、転生して稼ぎはったほうがええんかなーと」

「……そう、だね」

 町中華のバイト代だけで、会社の損失を補填できるはずがない。
 この店を売ってさえも、払いきれないだろう。
 ならば、転生して支払ったほうがいい。

「ドライね。あなた、むつみ社長の言ってた通りの子だわ」

「むつみちゃん、ウチのことも話したんですね?」

「ええ。すごくいい子だって聞いたわ。こちらが思っていた以上の子ね」

「ウチ自体は、怒っていませんので」

 転生しても、ウチは応援している。
 熱愛の相手と結婚したければ、好きにすればいい。

「でも、むつみちゃんの義理を欠いたんは、許せません」

「ええ。申し訳なく思っているわ」

 交際相手である音楽プロデューサーと、折半で慰謝料を払っているという。

「お金で解決する問題とは、思っていないけど」
 
「ひとまずは、誠意を見せたほうがええんかなって思います」

「はい。申し訳ありません。むつみさんと仕組んだこととはいえ、会社にご迷惑を」

「え……今、なんていいました?」

「あの騒動は、あたしが、むつみさんに頼んだの」

 涙を浮かべながら、ワン先輩はうつむいた。

「なにがあったんですか?」
 
「あたしは数年前から、ストーカー被害に悩まされていたの」
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