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第四章 メンヘラ、最強の個人勢とコラボする

第20話 富裕層密着 二四時 前編

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 モーニングルーティンから、ウチは脳をやられた。

「Good morning」

 モーニング・コールがかかる。
 スマホを取ると、相手は英語だった。英語で、モーニングコールが来るとは。
 しかも、すごいいい声で。

「ぐっども~に~んウフフ……」

「いい朝だね、今日も一日、いい日になるといいね」と、エモい言葉をかけられた。
 イケメン声でそんなこと言われたら、イヤでも起きてしまう。

 ウチは、ベッドの上でバタ足をする。

「おはようございますぅ、リアンさん」

 隣のベッドで、シノさんがモーニングコールで起き上がった。

「おはようございます~。うひょ~。これは朝から、テンション上がりますよねえ」

 時計を見ると、朝の六時である。
 昨日はお酒もほどほどにして、眠った。
 なのに、さっきのコールで完全覚醒している。
 
「海外の声優養成所から、コールを送ってもらっているんですよぉ」

「ほんなら、向こうは夜なんや?」

「アメリカの養成所からだったら、そうですねぇ。さっきの学生はインドネシア在住ですから、向こうは朝の七時ですぅ」

 海外に住む声優の卵から、毎回モーニングコールをお願いしているという。

「彼らは、お金がありませんからねぇ。少しでもバイトして、稼がないとやっていけませぇん」

 もちろん、日本からのコールも頼んでいるという。
 全世界からルーティンで、モーニングコールをお願いしているらしい。

「いいでしょ~? 世界各国のイケメンから、おはようって言われるのってぇ」

「ムズムズします」

「これね、男の先輩から教わったんですぅ。『ボクは全世界の美少女声で、起こしててもらうんだ』って」
 
「男性がやってるって聞くと、ヘンタイチックになりますね……」

 なんでだろう? 違うことを想像してしまった。

「散歩の後、朝食にしましょう」

 起き上がって身支度をし、散歩に向かう。

 風がやや冷たいが、朝日が気持ちいい。

 むつみちゃんから、朝は外に出ろって頻繁に言われていた。
 なかなか起きられなくて、いつもお昼前になってしまうけど。

「朝の太陽光を目に浴びると、眠りがよくなるんですよぉ。不規則な生活をしていると、どうしてもメンタルが終わるのでぇ」

 可能な限り、朝日は浴びるのだとか。

 朝食の時間となった。

 これだけの富豪なのだ。さぞ、豪勢な食事が出ると思っていたのだが。

 出てきたのは、計量したシリアルと、アーモンド八粒だけ……。

「アーモンドだけの朝食は、マイケル・ジャクソンも行っていた健康法ですぅ」

 朝に食べすぎると、一日のパフォーマンスが鈍るという。

「そうなんですね? てっきり、朝からガッツリ食べて、パワーを蓄えるんやって思っていました」

「それだと、消化に大半のパワーを使ってしまうんですよね」

 朝は最低限のエネルギー補給で、済ませるといいらしい。

「さすがにアーモンドだけだとバテてしまったので、シリアルも加えています」

 あとは、少量のフルーツを。
 でもシノさんは、フルーツを多めに食べていた。やっぱり足りなかったのか?

 で、撮影に入る。

「ASMRは、朝に撮るんですね?」
 
「以前は朝活動画とかも、撮っていたんですけどね。私の声はどちらかというと夜向きみたいで、夜は配信、朝は動画みたいにしています」

 たしかに壬生みぶ ペーターゼンの声は、ぐっすり眠りたいときに聞きたい。
「お仕事お疲れ様」的なときに。

 ひとまず、ASMRのレクチャーを受ける。

 昼食も、比較的質素に済ませた。
 焼いたししゃもと、野菜の煮物、ほかはお漬物と汁物だけ。
 コンビニ弁当より、おとなしめかもしれない。

 ただし、外の庭で食べる。
 メイドさんもみんな手を休めて、おにぎりを頬張る。

 庭でおにぎりをかじっているだけなのに、おいしい。
 みんなも、楽しそう。

「ささやかな食事でも、みんな一緒だとおいしいですよね」
 
「わかります! ウチも最近は自炊するようになりましたけど、一人で食べたら味気なくて」

「はい。私も自炊時代は、みじめな気持ちになりました。お金持ちになったら、人を集めてみんなでワイワイ食べようって、決意しましたね。みなさんには、感謝ですよぉ」

 孤独は、人の心を殺してしまうんだな、と改めて思った。

 誰か大切な人が一緒なら、のびたカップ麺でもおいしい。

 むつみちゃんがすごく大事なんだと、ウチは理解した。


 食後は、近所のジムで汗を流す。
 比較的ハードめなメニューで、コーチを付けてもらいながら行った。

「小学校の先生の資格だけでも取ろうかなって、思っていた時期はあったんですよ」

「そうなんですね?」

 公務員一族な実家にいい印象がないから、シノさんはてっきり公務員には否定的だと思っていたが。

「当時は、就職氷河期って言われていましたからね」

 しらすママが常々、口走っているワードだ。
 当時の就職事情は、新型感染症ショックの頃よりひどかったとか。
 副業ダメな会社も、多かったらしいし。
 ウチはよく知らないため、想像もできない。
 
「はい。背に腹は、変えられなかったんですよ」

 しかし、体力がなさすぎてあきらめたらしい。

「とはいえ、声優業も身体が資本です。体幹がバッチリだと、声の伸びもいいんです!」

 重いプレスを、シノさんは細い腕で持ち上げる。

 他にも、ボクシングのミット打ちなども行った。
 ウチもやってみたが、サンドバッグがこんなに痛いものだったとは。
 女性用の柔らかいタイプだと聞いたが、手首が痛む。
 ウチがモヤシなんだろう。

 ジムから戻って、夕方は事務作業だ。
 主に案件CDの、台本読みである。
 時々声を出して、セリフの確認を取るのだ。

「普段は、前の事務所にいた子たちとやるんですけど」

「耳が妊娠してしまいそうです」

「よく言われます。私は男の子みたいな声ですからね。至近距離でささやくと、気絶しちゃう子もいて」
 

 夕飯も、軽めにパスタのみ。

「夜からゲーム配信があるんで、あまり食べるとゲップが出ちゃうんですよ」

 で、夜配信を終えて二三時に就寝。

「ホンマに、質素なんですね?」

 富裕層は案外、食事にお金をかけないという。
 別に、節約だけを意識しているわけでもない。
 暴飲暴食を避けて、健康に気を使うという。

「明日はオフなので、そちらも密着なさってください」
 

 二日目の朝も、イケメンの声で起こされて悶絶した。

「今日は、リアンさんにもメイドさんになってもらいますねぇ」

「おっ。待ってました」

 実は、メイド服には興味があったのだ。

 しかも、ドンキなどで売ってるミニスカ系ではない。本格的な、衣装である。
 
「メンヘラメイドさんが、完成しちゃいましたねえ」

 シノさんに指摘されて、ウチはくるりんと回る。
 
「ミニスカの方が、よかったですか?」

「そっちの方が、メンヘラ度合いはあがるでしょうねぇ。でも、それでいいですよ。では、やっていきましょう」

 なんと、シノさんもメイド服でお掃除を始めた。
 といっても、自室にあるPCのホコリを落とす程度だが。
 
「お掃除とか、されるんですね?」
 
「下手くそでも、自分の家ですからね。特にPC周りは、自分でやらないと」

 たしかに。

 掲示板が運営する動画サイトが重いと、「また掃除のおばちゃんが、サーバー周りに足を引っ掛けたか?」とか言われるものだ。

 スタジオなども周り、自分がどういった機材を扱っているかも把握するのだという。

 なにより驚いたのが、トイレ掃除を率先してやっていることだ。

「どの社長も、『トイレは自分でやる』って言いますねえ。みんなが嫌がる場所を自分がやることで、責任感が生まれるのでしょう」

 便器を磨きながら、シノさんはニコニコしている。

 ウチも見習おう。
 


 密着の、最終日を迎えた。

 オフはどうかというと、シノさんは菓子パンを食べている。
 メイドさんも、今日はほとんどいない。

「オフは、メイドさんもほとんど休ませているんです。お掃除する人以外は、みんな休んでますね」

 食事も作らなくていいと、頼んでいるそうだ。
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