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第1話 トマトなんかに負けちゃう勇者、ザコすぎ

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「ト、トマト……」

 魔王さえ震え上がらせる力を持つ美少女勇者・ピッケンハーゲン・アポロニアが、トマトのサラダを見て震え上がる。

 剣を振るえばオーガさえ一撃で倒すピッケンハーゲンが、トマトの前でただの女に戻っていた。

「勇者ピッケンハーゲン・アポロニア様と、魔導師フリーデリンデ・レプシウス様がいらっしゃると聞いて、腕によりをかけました」

 村長が、恐れ多いという様子であたしたちの食べっぷりを伺う。

「えーっ? ピッキー、トマト食べられないの?」

 いつもの調子で、わたしは勇者ピッキーを小声で茶化した。ピッキーというあだ名も、わたしにだけ呼ぶのを許されたあだ名だ。

「そうなんだ、デリン。酸味と、あと中のツブツブが苦手で」

 サラダは口にしていた。しかし、トマトは隠してある。

「海を割るほどの力がある勇者様が、トマトを食べられないなんて……ダッサ」

 あたしはいつものように、小声で勇者を罵倒した。

 サラダ用スパゲティをチュルチュルしながら、勇者は「うう」と悔しそうな顔になる。

「お二人共、本当にお美しいわ。オーラもすごい」

「実の姉妹みたい」

 村の女たちが、あたしたちを愛玩動物を見る目でうっとりした眼差しを向けていた。やめんかい。あたしたちは動物園のカピバラでないやいっ。

 あたしとピッキーは、旅立ちの日に紹介された。勇者に同行する魔導師といえば聞こえはいいが、あたしは単に、彼女の毒見役だ。

「お前、どっちがタイプ? 俺は勇者がいいな。ポニテってのがすばらしい」

「オレは、ツインテの魔法使いの方かな。メスガキってて最高」

 村の男たちも、農作業の手を止めて、あたしたちを品定めしていた。

「いや、あれは触れてはならぬものです。百合に挟まれる男は、死にますぞよ」

 あたしたちの旅に同行しているモブの一人、ユーリがつぶやく。百合のなんたるかを知り尽くしている剛の者である。

「てえてえ……」

 モブその二、剣士のハッサンがあたしたちをボーッと見ていた。

「勇者さぁ。おめー、何だったら食うんだよ?」

 世界の平和を守る勇者ピッキーにさえタメ口を叩くのは、モブその三、幼女シーフのマレリーだ。皿いっぱいのサラダスパゲティを、何杯もおかわりしている。ダークサイドのギルド出身のためか、遠慮がない。

「教会では、棒状のサプリメントと、聖水で炊いた粥ばかりだった。固形物なんて、久しいかもしれない」

「それでも、教会では高級食材でしたなあ」

 ユーリが、勇者ピッキーの肩を持つ。

「お口に合いますかどうか」

「とってもおいしいですわ。お気遣い、感謝いたします」

 この世界の料理は、あたしが元いた【前世】より文化レベルが低い。サラダにかかっているのはオリーブオイルと塩で、鶏の丸焼きの味付けも塩だけ。

 だが素材はよく、自然な本物のオーガニックを楽しめる。

 特にトマトなんて、どうやったらこんなに育つんだというほどデカい。身も引き締まっていて、味も瑞々しかった。

 素材の味を最大限に引き出している、といえばいいか。ああ、ドレッシングがほしい。玉ねぎとお酢があれば、パパパッと作ってあげるのに。

「ありがとうございます、フリーデリンデ様。はて、勇者様のお皿が減っておらぬようですが」

 ヤバい。村長が、勘づき始めた。

 メインの鶏の丸焼きは、ほとんど食べ尽くしている。しかし、勇者のサラダだけが一向に減る気配がない。添え付けのサラダが、わずかになくなっているくらいだ。

「いえいえ。勇者はもともと、少食ですの。オホホ」

 どうにかごまかして、この場をやり過ごす。

「まあ、安心なさい。あたしが食べてあげるわ」

「いつも、すまないな」

 ピッキーが、トマトの刺さったフォークをあたしに近づけてきた。

「あーん」

 トマトを、あたしはパクっといただく。

「てえてえ!」

 村の男どもが、歓喜した。だからぁ、見世物じゃないんだってば。

「てえてえ」

 ハッサン、あんたまでハッスルしないでくれるかしら?

「しょうがないわね。いいわ。食べられるように作り直してあげるから」



 あたしはレプシウス家から、勇者のお毒見役を言い渡されていた。

 実際の任務は、勇者の偏食を治すこと。

 勇者が極度の偏食家であり、魔導師であるあたしに「治療してさしあげろ」と、勇者の故郷である教会からお達しが来たのだ。

 話の通り、勇者はあまり世界の食事に慣れていない。

 勇者が食べられるように、あたしが加工してあげる必要があった。


「ここのトマトは、栄養価が高くて値段もそれなりにするのよ。食べないなんてもったいないわね」

「デリンは、好き嫌いがなくていいな」

「そんなぜいたくを言える環境で、育ってないのよねー」

 レプシウス家は、貧乏貴族である。

 魔王討伐に同行するのも、元は口減らしのため。

 とはいえ危険な旅にであるあたしを、両親は気遣ってくれていた。感謝している。

「やはり勇者様には、こんな村の料理は奥地に合いませんでしたか」

 残念がりながら、村長が皿を下げようとした。

「いや、違うんだ! 私のせいなんだよ!」

 手を伸ばし、ピッキーは皿を取り戻そうとする。


 実は勇者の偏食は、教会のせいだ。

 あたしはピッキーや騎士のユリーから、教会の悪行を知らされた。

 奴らはピッキーに、厳しく節制を言い渡していたらしい。理由は、「この世界のぜいたくを覚えさせない」ため。

 一部の信者は、「貧しい民に自分の取り分を分け与える、すばらしい思考だ」とガチで考えている。

 バカな! アイツらは勇者の稼ぎを、根こそぎ奪う気なのだ。この世界において、節制を強要する教会こそ、最悪の敵である。

 おのれ。勇者から食の楽しさを奪うとは。

 魔王を倒したら、次はお前たちの番だ。覚悟しておくがいい。



「まって村長。そのトマト、あたしに預けていただけないかしら?」

 立ち上がると、あたしのツインテがロップイヤーのようにバウンドした。
 


 あたしは、『前世の記憶』を持つ。

 子どもの頃から、なんでも食べる子だった。まあ肥満がたたって、糖尿で死んだのだが……。

 あたしをこの世界に召喚した女神いわく、あたしは「勇者を手助けするにふさわしい魂」が宿っているんだって。教会の悪事を暴き、人々を正しい道へと導けると。

 でも危険な旅になるからと、チート能力を色々授けてもらった。

 転生させてもらうときに、「なにを食べても太らない身体」と、「歳をとっても油ものが苦にならない胃腸」と、「なんでも食べさせられる能力」を手に入れた。

「魔法を使うと、カロリーを消費できる体質」も。魔法さえ使えば、実質カロリーゼロだ。だから運動がキライなあたしは、魔法使いになることを選んだ。

 女神はもう一個、あたしに特典をくれている。

 トマトをピッキーに食べさせるために、まずはあたしが食べるのだ。
 その能力を披露する時が来た!




 だが、そんな大事なときに、一大事が!

「グシャシャシャ! 見たぜえ。勇者の苦手なものをおおお!」

 畑のトマトに、魔王の手先が乗り移ってしまった。「キラートマト」として、村を襲っている。

「きゃあああ! バケモノぉ!」

 村人たちが、パニックに陥った。

「落ち着きなさい! 【精神操作の香】!」

 混乱して騒ぐ村人たちの精神を、ピンク色のお香で鎮める。 

 正気に戻った住民を、ユリーが先導して逃がす。

「ユリー、ハッサン、マレリーッ! あのトマトおばけを、こちらに寄せ付けないでちょうだい!」

「うるっせえなぁ。やってんだろうがよぉ。そういうおめえは、どうすんだぁ?」

 マレリーが、反論してきた。

「口答えしない! 勇者にゴハンを食べさせたら、すぐにかけつけるわ!」

「心得た! 頼みましたぞ、デリン殿!」

 僧侶ユリーが盾を持って、先頭に立つ。

「尊みの邪魔してんじゃねーぞ、化け物がぁ!」

 ハッサンが、大剣を構えた。

「デリンは、人使いが荒いぜぇ。けど、やるっきゃねーっ!」

 シーフのマレリーも、弓を放ってしてスキを作る。



「いくわよ。究極奥義。【合成レシピ】!」
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