追放先に悪役令嬢が。不法占拠を見逃す代わりに偽装結婚することにした。

椎名 富比路

文字の大きさ
上 下
11 / 63
第二章 奥様はドラゴンだった!?

第11話 珍客

しおりを挟む
「はーあ……」

 山のような資料を目に、僕はため息をつく。

 シンクレーグを開拓して、一ヶ月が過ぎた。

 結局、僕は未だに領主として活動している。

 デ・フェンテ男爵には、農林水産大臣になってもらった。

 本当は僕が引退して、彼に領主の役割を任せようと思ったのだが。「王子が領主をほっぽりだすのは何事か」と父に説教されて、僕が渋々領主を続けている。

「冒険がしたい」

 あまりの仕事量に、僕は机に突っ伏した。

「いいじゃねえですか、ディータ。時々、ダンジョンには潜れるんじゃ。それでよしとしようや」

 仕事を手伝いつつ、リユが僕を慰める。

「そうはいってもさあ、もっと難易度高めのダンジョンを攻略したいよ」

「未開拓エリアは、今は調査中じゃ。もうちっと情報を集めてからにせんと」

 魔王軍がどこまで、シンクレーグに侵攻しているのかわからない。そのため、慎重に手を進めている。今は地盤固めの時期だ。領地を放り出すわけにはいかない。

 リユは、そう主張する。

「じきにレンジャー隊長ヘニーから、連絡が来ますけん。それまで自分の仕事をなされ」

 男爵令嬢ヘニーには、スカウト、つまり斥候になってもらった。パトロール職である。

 ヘニーなら、非常時にも自力で逃げられるだろう。戦闘時は後衛担当だ。僕の代わりに、魔法使い役を担当してもらう。ハーバリストのスキルで、回復役も担当する。

「じゃけん、城を立て直して」

「いや。城は防壁の建材に使用する」

 この街にも、人が増えてきた。大工は、なんとかなろう。

「なんじゃと? 城は国の象徴じゃぞ? それを惜しげもなく」

「いいんだ。まずは街を囲んで、安全を確保する」

 今は、魔物を寄せ付けないことが先決だ。

「ええんか? 城がなくなって、攻め放題なんてことは」

「下手なプライドを抱えて、『ここが城だ。せめてこい』って魔物や諸外国をおびき寄せるよりはマシさ」

 城の建材は、すべて提供する。

 ここは僕の領地だ。僕が全部取り仕切る。

「城は利便性を考えて、国庫にする。ソレ以外は廃材にして、城壁などの防衛費に回そう」

「おめえがそういうなら、ええか」

「でも疲れた。ちょっと昼メシにしよう」

 僕は、行きつけのカレー屋さんへ。

 シンクレーグの街にある空き家を買い取って、カレー屋にしたのだ。冒険者が大量に入れるように、広く作ってある。

 だが、その日は様子がおかしかった。とあるスペースが、がら空きになっている。

「は~い、ディータ。ワタシよん」

「アルビーナ姉さん……」

 店を空洞にしてたいのは、他ならぬアルビーナ姉さんだった。ボニファティウス家の長女である。

「みんな、知っておるんか?」

「ある意味で、僕より厄介かもね」

 なんせ、彼女は南のバリナン王国に嫁いだのだ。

「これ、おいしいわねー。ねー」

「ねー」

「ああ、紹介するわ。娘よ」

「こんにちはー。アンヤでーす」

 今日の姉さんは、娘を連れていた。アンヤとは南バリナンの女神の名前で、バリナンではメジャーな女性名である。

 ピッグテールを弾ませて、アンヤは甘口カレーライスを楽しんでいた。無垢な笑顔は、母親そっくりである。

 辛いものは得意だから、てっきりスープカレーとパンを楽しんでいると思っていた。しかし、姉さんはカレーライスを食べている。

「カレーが苦手なら、シチューもありますよ」

 パンにつけて食べるタイプのスープカレー、カレーライス用のトロトロ野菜ゴロゴロカレー、従来から世界中に愛されているシチュー。この三本柱で、シンクレーグはもっている。

「郷に入りては郷に従え、ってね。南バリナンが栄えた秘密よ」

 南東諸国と違って、バリナンは大国ながら他国の文明に対して開放的だ。なんでも受け入れる。もっとも移民を大量に受け入れる政府姿勢のせいで、現地国民の不満もマッハなのだが。

「なんの用事ですか? まさか、カレー目当てってだけじゃないでしょ?」

「今日は、ヒューテイン王の処刑を報告しに来たよ」

「ああ、新聞で読みました」

 南東ヒューテイン国の国王が、麻薬製造に深く携わっていたとして処刑された。バリナンの国王、ルドラ自らの手で。属国の不正を、本国が暴いたことになっていた。

 実際に南バリナンは、ヒューテインに密偵を送り込んでいたらしい。とはいえ、密偵からの連絡は途絶えていたという。おそらくその密偵も、アラクネのエサに……。

 現在のヒューテインは、バリナンの関係者が管理している。

「でね、貿易をしたいんだけど、どう?」

 ヒューテインは薬物を扱っていただけに、薬草関連の流通が盛んだ。ヒューテインを通して、行商人を呼び込めれば、さらに利益が見込めるだろう。

「こちらからもぜひ」

「ありがとー。そう言ってもらえると思ったよ」

「あの、姉さん。我がシンクレーグに対して、ルドラ国王はなんと?」

 バリナン国王ルドラは、新しい物好きだと聞いている。こちらに目を向けてこないか、心配だ。

「今のところは、ここに興味を示している感じじゃないわね」

 姉さんは、手をヒラヒラさせた。

「ここの地盤が安定したら、『そろそろ狩るかー』ってなるかも知れないけどね」

 しかし、僕たちを泳がせておいたほうが、南東へのけん制ができていいらしい。

「そうですか。情報ありがとうございます」

 なるべく目立たないように、活動したかった。しかし民のことを思うと、そうもいかなくなる。

「でも、あの暴れん坊がここまで偉業を成し遂げるなんてねー。あんた五歳の頃、魔法実験で離れをふっとばして……」

「いつの話だよ?」

 カレーを食べながら、姉との昔話に湧く。

 政治家モードの仮面を脱ぎ、僕も弟として接した。

 リユもカレーを口に入れつつ、興味深そうに聞いている。

「それはそうと、もう一ヶ月だよ? どうなのよ?」

「どう、という?」


「とぼけないでよ。赤ちゃんよ」


 僕もリユも、カレーを吹きそうになった。

「ゲホゲホ……まだ一ヶ月だよ!? 気が早すぎる!」

「でもさ、ウチよりオッパイデカいんだよ? デキ婚ってことも」

「セクハラが過ぎます、姉さん。一応お嬢様なんだよ」

「ごめんごめん。でもさ、リユさん」

 急に話を振られ、リユがあっけにとられる。

「こんな弟だけどさ、マジでよろしく」

 姉さんが、娘と一緒に席を立つ。

「じゃあアンヤ。ごちそうさましようか?」

「ごちそうさまでしたー」

「今日はありがとうディータ。じゃあ帰るから。それと、早く赤ちゃん見せてねー」

 姉が去った後、ようやくカレー食堂は落ち着きを取り戻した。

 だが食後、城に戻るとまたも緊迫した空気が流れているではないか。

 ヘニーが血相を変えて、戻ってきたのである。

「領主、大変です! 魔王軍がドワーフを強制労働させて、我が国に向けてダンジョンを掘っています!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

十年間片思いしていた幼馴染に告白したら、完膚なきまでに振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。

味のないお茶
恋愛
中学三年の終わり、俺。桜井霧都(さくらいきりと)は十年間片思いしていた幼馴染。南野凛音(みなみのりんね)に告白した。 十分以上に勝算がある。と思っていたが、 「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」 と完膚なきまでに振られた俺。 失意のまま、十年目にして初めて一人で登校すると、小学生の頃にいじめから助けた女の子。北島永久(きたじまとわ)が目の前に居た。 彼女は俺を見て涙を流しながら、今までずっと俺のことを想い続けていたと言ってきた。 そして、 「北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください」 と、告白をされ、抱きしめられる。 突然の出来事に困惑する俺。 そんな俺を追撃するように、 「な、な、な、な……何してんのよアンタ……」 「………………凛音、なんでここに」 その現場を見ていたのは、朝が苦手なはずの、置いてきた幼なじみだった。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...