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第一章 辺境、廃城・ゴーストタウン・悪役令嬢つき
第10話 姉が大国の王妃で、困る
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しまった。僕としたことが。
ヘニーを助けたはいいが、ロクになにも食べさせていない。この子の健康状態を考慮しないで、移動をしてしまった。
「すまない。もっと回復してから移動すべきだった」
「ご心配にはおよびません」
僕が詫びると、ヘニーが馬車から出ていく。馬車の上に乗って、森の方へ視線を向けた。
森の中に、数匹のアラクネを見つける。僕たちが戦った個体より小さい。
ヘニーが、背中の弓をつがえる。
「いましたね。【チェイスファイア】。えいっ」
放たれた矢が。アラクネの眉間に命中した。熱を帯びた矢は森を燃やすことなく、アラクネの脳だけを焼く。
「エンチャントで攻撃力を上げるだけじゃなく、炎を推進力に使うのか。なるほど」
「はい。これで、省エネで魔法を撃てます」
表情ひとつ変えず、ヘニーはアラクネを撃ち倒していった。レンジャータイプの魔法使いのようである。
アラクネを倒すたびに、ヘニーの身体が活性化していく。倒した魔族から、魔力を奪っているのだ。
矢はヘニーの魔力によって軌道を変えて、アラクネだけを的確に仕留めていく。
「終わりました。参りましょう」
三〇体ほどのアラクネをたった一人で始末して、ようやくヘニーは元気を取り戻した。あの力が、ヘニー本来の力なのだろう。
「えらい逸材じゃのう」
リユが、口笛を鳴らす。
「ホントだね。城に着いたら、まともな食事をごちそうしてあげるね」
「えへへ」
ヘニーは、楽しそうに笑った。
戦闘時より、僕はこっちの顔のほうが好きかな。
「あなたが、リユ・キヴァ嬢ですな」
城に入ってすぐ、リユが父王に質問攻めを受ける。
「お初にお目にかかります、王様。アタシは流れもんなのに、ダンナ様はよくしてくれます。一生かけて恩をお返ししますけん、結婚をお許しください」
リユ嬢が、頭を下げる。
「こんな息子と一緒になってくれて、ありがとう。では早速、式の日程を」
「父よ。今はそんな時期ではございません。お話したいことがございます。今のうちに、父上のお耳に入れておきたく」
おっと、ここで父を止めなければボロが出てしまう。絶妙なタイミングで、僕は話を切り替えた。
「お前たちの結婚より、大事なことか?」
「シンクレーグ領主のことと、南東諸国の動きについて」
「……では、聞こう」
父も、折れてくれたようである。
デ・フェンテ親子を交えて、ボニファティウス城の中で会議を始める。
ヘニーは、リユと一緒にウチの特製カレーを食べていた。長旅で、さすがに全員の腹が減りすぎている。シンクレーグ名物を知ってもらうついでで、王にも食べてもらう。
リユはそのままで食べているが、ヘニーには辛すぎる。なので、子ども用にはすりおろしリンゴとハチミツを混ぜた。
「私に、シンクレーグの領主を?」
「ああ。キミにこの土地を任せたい」
まず提案したのは、デ・フェンテさんに爵位を与えることである。
「あれだけの土地を守ってきたのです。父上も反対なさらないでしょ?」
「うむ。まあ。反対意見はないよ」
父王が、カレーを食べ終えた。皿の減り具合からして、満足げの様子である。
「何をしでかすかわからんお前に代わって領地を治めてくれるなら、こちらとしてもありがたい。ある程度、先が読めるからな」
腕を組みつつ、父王はため息をつく。
「相当、問題児なんじゃのう?」
「まあ、キミをお嫁さんに選んだくらいだし」
「そうじゃった」
リユが、カレーをおかわりする。
「私に務まるのでしょうか? ただのウッドエルフですよ?」
「土地勘は、あんたの方が上だ。この一帯のウッドエルフにも顔が利く」
シンクレーグは、周囲を小高い山に囲まれた土地だ。攻められにくいが、食料供給や交易などでなにかと不便である。カレーを繁盛させて冒険者や行商人を呼び込んでいるが、それでも全ての管理は素人には難しい。
「どうしてまた?」
デ・フェンテ氏が、僕に問いかける。
「僕は年齢的にも体格的にも、ガキでチビだからね。世間からは、舐められている。威厳のあるエルフが治めてくれている方が、箔がつくってもんだよ」
ボニファティウスという家柄も、あまり世間からウケが悪い。なんせ、魔族の血族だから。
「と、いうわけで、領地をよろしく、デ・フェンテ卿」
僕は、デ・フェンテ氏に領地の権利を譲った。彼には後日、ボニファティウス王国に向かってもらう。王から爵位をもらうためだ。
「それはそうと、麻薬農園に南東諸国が絡んでいるとか」
「これが、証拠です」
僕は使いの者に、戦闘で拾った手を渡す。
食事中のヘニーに見せないように、使用人は包んだ状態で証拠品を見せた。
南東の王子があの事件に絡んでいるという証拠は、指輪である。
「麻薬農園で僕が戦ったのは、南東ヒューテイン国の王子でした。彼は結局魔物に食われ、証拠は失われましたが、その指だけ残りました」
「ヒューテイン国の他に、魔族の紋章が重なっているな。しかも、ヒューテインの方が魔族を従えようとしてやがる」
さしもの国王も、口調があらっぽくなった。
彼らヒューテイン的には、自分たちが魔族に取って代わろうと考えているのだろう。
「これは、国際問題になるぞ。急いで南東へ――」
「その必要はないわよー」
ギャル風の女性が、ノックもせずに入ってきた。紐ビキニに長いパレオという出で立ちに、金属や財宝類をぶら下げている。歩くたびに装飾品がジャラジャラと鳴って、うるさい。
「ディータ。誰や、あのヘンタイは?」
リユが、小声で無礼な質問を僕にしてきた。
「はじめましてー、東洋人のお嬢さん。このヘンタイめは、アルビーナ・バリナン。ルドラ・ドゥルーヴン・バリナン王の奥さんをやっています」
地獄耳なのか、バリナン王妃は僕にしか聞こえない声を聞き取ったようである。
「し、失礼を。アタシはリユ・キヴァですわ」
「キヴァ……エィヒム地方辺境伯に、こんな美しいお嬢様がいたとはねー。しかも、ディータくんのお嫁さんで」
「なんでアタシが、ディータ……ディートヘルム様のヨメとわかったんです?」
「あだ名で呼んだじゃん。ディータって。そんな呼び方をするのって、家族くらいだから」
「家族、ですと?」
リユがこちらに向き直った。
僕は、うなずきだけで返事をする。
「この人は僕の姉さん。ボニファティウス家の長女だよ」
僕の上には三人の兄の他に、姉が二人いるのだ。長女は、南の大国バリナンに嫁いだのである。しかも恋愛結婚で。
この点も、ボニファティウスが南東諸国から睨まれる理由となっている。
「パパ……ボニファティウス王、この一件、我が南バリナン王国が引き受けましょう」
ちゃらんぽらんな我が姉も、さすがにくだけた言い回しをやめた。今回は家族としてではなく、国の代表として現れたのであろう。
「うやむやにするつもりではないな……ありませんよな?」
姉の態度に、父も敬語で返した。
「もちろん。おそらく彼らは、ボニファティウスの手で処分してもらったほうがよかったと、後悔することでしょう。なんせ、『属国』が、本国に楯突いたのですから」
無邪気にカレーを食べるヘニーを除く全員が、凍りつく。
「そんじゃーねー」
包まれた状態の遺品を、姉はまるでお土産のように片手で持つ。きれい好きだから、触らないと思っていたが。
「ああ、そうそう。ディータ、結婚おめでとー。部屋にカレーの香りがしたから、驚いたよ」
「いえ。南になんの許可も得ず」
カレーは本来、バリナンの名産だ。
「いいって、そんなの。ウチもひとくちもらったけどさー、ナイスだったよ。庶民的な味に仕上げたんだね?」
背中をそらしながら、アルビーナ姉さんがサムズアップをした。
「まあ。そうですね」
「素晴らしいと思うよ。今度はじっくりと食べてみたいな。じゃあね」
アルビーナ姉さんが見えなくなると、全員が「はーあ」とため息をつく。
「そういうわけだ。ディータよ、よしなに」
「はい。では僕たちはこれで」
「待て! 式も挙げずに出ていくのか!?」
「大量に、戦後処理が残っていますので。失礼します」
これ以上ここにいたら、本当に偽装結婚がバレる。あの姉のことだ。なんでもお見通しみたいな感じだったなぁ。
先が思いやられるよ。
ヘニーを助けたはいいが、ロクになにも食べさせていない。この子の健康状態を考慮しないで、移動をしてしまった。
「すまない。もっと回復してから移動すべきだった」
「ご心配にはおよびません」
僕が詫びると、ヘニーが馬車から出ていく。馬車の上に乗って、森の方へ視線を向けた。
森の中に、数匹のアラクネを見つける。僕たちが戦った個体より小さい。
ヘニーが、背中の弓をつがえる。
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「はい。これで、省エネで魔法を撃てます」
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アラクネを倒すたびに、ヘニーの身体が活性化していく。倒した魔族から、魔力を奪っているのだ。
矢はヘニーの魔力によって軌道を変えて、アラクネだけを的確に仕留めていく。
「終わりました。参りましょう」
三〇体ほどのアラクネをたった一人で始末して、ようやくヘニーは元気を取り戻した。あの力が、ヘニー本来の力なのだろう。
「えらい逸材じゃのう」
リユが、口笛を鳴らす。
「ホントだね。城に着いたら、まともな食事をごちそうしてあげるね」
「えへへ」
ヘニーは、楽しそうに笑った。
戦闘時より、僕はこっちの顔のほうが好きかな。
「あなたが、リユ・キヴァ嬢ですな」
城に入ってすぐ、リユが父王に質問攻めを受ける。
「お初にお目にかかります、王様。アタシは流れもんなのに、ダンナ様はよくしてくれます。一生かけて恩をお返ししますけん、結婚をお許しください」
リユ嬢が、頭を下げる。
「こんな息子と一緒になってくれて、ありがとう。では早速、式の日程を」
「父よ。今はそんな時期ではございません。お話したいことがございます。今のうちに、父上のお耳に入れておきたく」
おっと、ここで父を止めなければボロが出てしまう。絶妙なタイミングで、僕は話を切り替えた。
「お前たちの結婚より、大事なことか?」
「シンクレーグ領主のことと、南東諸国の動きについて」
「……では、聞こう」
父も、折れてくれたようである。
デ・フェンテ親子を交えて、ボニファティウス城の中で会議を始める。
ヘニーは、リユと一緒にウチの特製カレーを食べていた。長旅で、さすがに全員の腹が減りすぎている。シンクレーグ名物を知ってもらうついでで、王にも食べてもらう。
リユはそのままで食べているが、ヘニーには辛すぎる。なので、子ども用にはすりおろしリンゴとハチミツを混ぜた。
「私に、シンクレーグの領主を?」
「ああ。キミにこの土地を任せたい」
まず提案したのは、デ・フェンテさんに爵位を与えることである。
「あれだけの土地を守ってきたのです。父上も反対なさらないでしょ?」
「うむ。まあ。反対意見はないよ」
父王が、カレーを食べ終えた。皿の減り具合からして、満足げの様子である。
「何をしでかすかわからんお前に代わって領地を治めてくれるなら、こちらとしてもありがたい。ある程度、先が読めるからな」
腕を組みつつ、父王はため息をつく。
「相当、問題児なんじゃのう?」
「まあ、キミをお嫁さんに選んだくらいだし」
「そうじゃった」
リユが、カレーをおかわりする。
「私に務まるのでしょうか? ただのウッドエルフですよ?」
「土地勘は、あんたの方が上だ。この一帯のウッドエルフにも顔が利く」
シンクレーグは、周囲を小高い山に囲まれた土地だ。攻められにくいが、食料供給や交易などでなにかと不便である。カレーを繁盛させて冒険者や行商人を呼び込んでいるが、それでも全ての管理は素人には難しい。
「どうしてまた?」
デ・フェンテ氏が、僕に問いかける。
「僕は年齢的にも体格的にも、ガキでチビだからね。世間からは、舐められている。威厳のあるエルフが治めてくれている方が、箔がつくってもんだよ」
ボニファティウスという家柄も、あまり世間からウケが悪い。なんせ、魔族の血族だから。
「と、いうわけで、領地をよろしく、デ・フェンテ卿」
僕は、デ・フェンテ氏に領地の権利を譲った。彼には後日、ボニファティウス王国に向かってもらう。王から爵位をもらうためだ。
「それはそうと、麻薬農園に南東諸国が絡んでいるとか」
「これが、証拠です」
僕は使いの者に、戦闘で拾った手を渡す。
食事中のヘニーに見せないように、使用人は包んだ状態で証拠品を見せた。
南東の王子があの事件に絡んでいるという証拠は、指輪である。
「麻薬農園で僕が戦ったのは、南東ヒューテイン国の王子でした。彼は結局魔物に食われ、証拠は失われましたが、その指だけ残りました」
「ヒューテイン国の他に、魔族の紋章が重なっているな。しかも、ヒューテインの方が魔族を従えようとしてやがる」
さしもの国王も、口調があらっぽくなった。
彼らヒューテイン的には、自分たちが魔族に取って代わろうと考えているのだろう。
「これは、国際問題になるぞ。急いで南東へ――」
「その必要はないわよー」
ギャル風の女性が、ノックもせずに入ってきた。紐ビキニに長いパレオという出で立ちに、金属や財宝類をぶら下げている。歩くたびに装飾品がジャラジャラと鳴って、うるさい。
「ディータ。誰や、あのヘンタイは?」
リユが、小声で無礼な質問を僕にしてきた。
「はじめましてー、東洋人のお嬢さん。このヘンタイめは、アルビーナ・バリナン。ルドラ・ドゥルーヴン・バリナン王の奥さんをやっています」
地獄耳なのか、バリナン王妃は僕にしか聞こえない声を聞き取ったようである。
「し、失礼を。アタシはリユ・キヴァですわ」
「キヴァ……エィヒム地方辺境伯に、こんな美しいお嬢様がいたとはねー。しかも、ディータくんのお嫁さんで」
「なんでアタシが、ディータ……ディートヘルム様のヨメとわかったんです?」
「あだ名で呼んだじゃん。ディータって。そんな呼び方をするのって、家族くらいだから」
「家族、ですと?」
リユがこちらに向き直った。
僕は、うなずきだけで返事をする。
「この人は僕の姉さん。ボニファティウス家の長女だよ」
僕の上には三人の兄の他に、姉が二人いるのだ。長女は、南の大国バリナンに嫁いだのである。しかも恋愛結婚で。
この点も、ボニファティウスが南東諸国から睨まれる理由となっている。
「パパ……ボニファティウス王、この一件、我が南バリナン王国が引き受けましょう」
ちゃらんぽらんな我が姉も、さすがにくだけた言い回しをやめた。今回は家族としてではなく、国の代表として現れたのであろう。
「うやむやにするつもりではないな……ありませんよな?」
姉の態度に、父も敬語で返した。
「もちろん。おそらく彼らは、ボニファティウスの手で処分してもらったほうがよかったと、後悔することでしょう。なんせ、『属国』が、本国に楯突いたのですから」
無邪気にカレーを食べるヘニーを除く全員が、凍りつく。
「そんじゃーねー」
包まれた状態の遺品を、姉はまるでお土産のように片手で持つ。きれい好きだから、触らないと思っていたが。
「ああ、そうそう。ディータ、結婚おめでとー。部屋にカレーの香りがしたから、驚いたよ」
「いえ。南になんの許可も得ず」
カレーは本来、バリナンの名産だ。
「いいって、そんなの。ウチもひとくちもらったけどさー、ナイスだったよ。庶民的な味に仕上げたんだね?」
背中をそらしながら、アルビーナ姉さんがサムズアップをした。
「まあ。そうですね」
「素晴らしいと思うよ。今度はじっくりと食べてみたいな。じゃあね」
アルビーナ姉さんが見えなくなると、全員が「はーあ」とため息をつく。
「そういうわけだ。ディータよ、よしなに」
「はい。では僕たちはこれで」
「待て! 式も挙げずに出ていくのか!?」
「大量に、戦後処理が残っていますので。失礼します」
これ以上ここにいたら、本当に偽装結婚がバレる。あの姉のことだ。なんでもお見通しみたいな感じだったなぁ。
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