百合王子! ~嫁候補の美少女二人が裏で付き合っていたが、オレは一向に構わん!~

椎名 富比路

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第一章 百合王子と二人の嫁候補 ~余に嫁などいらぬ!~

コーヒー豆の代用品には、何が使われていたと思う?

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「ここは、王族関係者以外は立ち入り禁止だ。わかってて入ったのか?」

 茂みにいる人物に、声をかける。

 応答はない。だが、人影が明確になってくる。


 現れたのは、数名の男子生徒だった。
 足を引きずりながら、こちらへとにじり寄ってくる。
 その一人は、今朝追い払った男子生徒も交じっているではないか。

「尊い……」

 目がうつろだ。誰かに操られているらしい。

「百合、間に挟まりたい……」

 男子生徒が、ヨダレを垂らしながら要求を口にする。

「女性カップルの間に割り込み、性的欲求を満たそうとは。どうしようもないな」

「アンタが言う、それ?」

 オレの発言に、ソフィが顔をしかめた。

「ツンディーリア、私から離れないで」

 ソフィが、ツンディーリアの肩を抱く。

「ご心配なく。多少の心得なら」

 ツンディーリアの手には、指揮棒サイズの細長いステッキが握られていた。魔法を使うための触媒である。バチバチ、とステッキから電流が流れた。

「そういう意味じゃなくて、生徒を傷つけちゃダメって意味!」

「別に構わなくって? 民草にも等しい方々ですわ。軽く雷撃を」

 生徒への攻撃を阻止するため、ソフィがツンディーリアの手首を掴む。

「ダメよ。いくらあなたが有力者だからって、そんなことをしたら退学になるわ」

「仕方ないですわね」

 ソフィに諭され、ツンディーリアはステッキを持つ手を下げた。

「でも、これだけの数の相手を、どうすれば」

 今にも、彼らはソフィたちに熱いわだかまりを注ぎ込まんとしている。

「オレに任せろ」

 長めのステッキを、オレは振りかざす。俺の使うステッキは、サイフォン式で使う竹製のヘラだ。

「くらえ【破邪・百合風味リリー・フレーバー

 背中を仰け反らせて、指揮棒を扱うようにステッキを振る。

 ステッキから、コーヒーの香りがふんわりと漂った。

 香りを嗅いだ生徒たちが、離れて行く。風に乗った香りを追いかけているのだ。

「何よ、この技?」

「破邪の魔法だ。彼らに掛けられた呪いを、解除している」

 オレは直接攻撃するより、精神攻撃の方が長けている。

「彼らは、操られた記憶すらないだろう」

「これで安心?」

「いや、彼らを操った張本人が出てきていない」

「そこにいるわね?」

 茂みの奥にいる女性の足下に、ソフィの投げナイフが突き刺さる。

 身を隠していた茨を断ち切られ、少女がたじろいだ。 

「どうしてわかったの?」

「香水です。コーヒーの香りに混ざって、お花の香りがしたので」

 隠れていた少女は、「くっ」と舌打ちする。

「ん? キミは」

 今朝、さっき襲ってきた男子生徒に絡まれていた女子生徒ではないか。

「どうしてこんなことを?」

「王子を狙っているのは、あなただけじゃないわ!」

 ツンディーリアが聞くと、ヒステリックに女生徒はわめく。

「あなた方有力候補二人が、このバラ園で大勢の男共の手によって純血を散らす。となれば、強大なお妃候補が減る。そういう算段だったのに!」

 恐ろしいことを考えるものだ。度しがたい。

「愚かな。候補が減ったからって、あなたに順番が回るわけではないのに」

「最終的に、私が王子の妃になればいいのよ! 邪魔者が現れたら、また排除すればいいだけ!」

 ヤンデレ気味に、少女は笑った。

 これは、治療が必要かな?

「キミ、コーヒー豆の代用品には、何が使われていたと思う?」

「なんですって、王子?」

 少女は、不遜な態度を取る。いうことを聞かなければ、さっきの男子のように操ればいいとでも思っているのだろう。

「その昔、ツンディーリアの故郷は魔族との戦争下にあった。そのとき、コーヒー豆が不足したんだ。こまった各国は、様々な植物をコーヒー豆の代わりにした。今日の授業で習っただろ?」

「ハンッ。タンポポくらいしか、知らないわ!」

「まあ、正解だ。しかしね、もっとたくさんの代用品がある。たとえば」

 オレは、アイテムボックスに手を突っ込む。


「百合の根だよ」


 乾燥した百合の根を取り出す。

「酸味の利いたフルーティな豆とのブレンドしてみた。ぜひ、堪能してくれたまえ」

 ステッキを振って、オレは周辺にお湯を展開する。

「キミには余裕が足りない。そんなキミには、やすらぎが必要だ」

 オレは、この女生徒の望みを叶えてやることはできない。
 だが、彼女を癒やすことならできる。


「召し上がれ。【破邪・百合三昧リリー・サマディ】!」


 空中でコーヒーを淹れ、氷魔法で十分に冷ました。霧状にして、女生徒へ振りまく。

「ほわああああああ! てえ、てええええええええええっ!」

 恍惚の表情を浮かべて、女生徒は倒れた。


「メイディルクス」

 オレは、メイド兼ボディーガードのメイディルクス・ハッセを呼ぶ。

「はっ。ここに」

 ショートカットの女性が、オレの側でかしづく。

 ソフィもツンディーリアも、突然現れたメイド服の女に唖然となる。

「彼女を保健室へ。オレは女には手を出せんでな」

「承知」

 メイディルクスが、目を回している女生徒を運ぶ。

 擁護教諭には、貧血で倒れたと告げておく。

「女子生徒は、どうなさいまして?」

「どうもしないさ。明日の朝には一連のことはキレイさっぱり忘れているだろう」

百合三昧リリー・サマディ】は、記憶消去の作用がある魔法である。

 女生徒は、自分が男子生徒を操っていたことだけでなく、ソフィたちへの憎しみさえ消えているはず。

 これにて一件落着だ。メイディルクスも帰らせる。

「あの」

 申し訳なさそうに、ソフィがこちらに歩み寄ってきた。何かを言いたそうに、モジモジとしている。

「アンタのことは気にくわないけど、礼は言っておくわ」

「礼には及ばん。降りかかる火の粉を払ったまで」

 単にバラ園の一件が知られたら、オレにとって都合が悪かっただけだ。オレは、自分の身を守ったに過ぎない。ソフィに礼をされる言われもないのだ。

「それでも、あんたがいなかったら、学校の生徒にも危害を及ぼしていたわ」

「んなもん結果論だろうが。気にするなって」

 オレは、オレがやりたいようにやっただけ。

「わかったわ。でも、ありがとう」

「王子、わたくしからも、感謝致します」

 ツンディーリアまで。

「ったく。調子狂うんだっての」

 オレは彼女たちからは、罵倒されるくらいがちょうどいい。



「その上で図々しいんだけど、王子、お願いがあるの」

「関係を秘密にしてくれ、って言うんだろ?」

「察しがいいわね。そのとおりよ」

 ソフィが、オレの前で膝をついた。

 ツンディーリアも、ソフィにならう。

「私たちは、あなたに秘密を知られてしまった。しかも、二人ともあなたに忠誠心はあっても、愛情はない。私たちは、この感情を抑えきれない。この愛を守るためなら、私はなんだって。いっそあなたの妻に」

「いらん」

 オレは、ソフィの嫁入り宣言を断る。

「さっきも言っただろうが。交際を続けろってな。そちらを命令したいくらいだ」

 オレは、二人が幸せなら構わない。
 むしろ、オレにとってはそれこそ望ましいのだ。

「ユリアン王子、それではお世継ぎが」

「望まぬ結婚をして、望まぬ子を宿すほうが不幸だ。オレにとって、いや、世界にとってな!」

 ハハハ、と笑いながら、オレは二人を残して立ち去る。




 夕食後の寝室で、オレはメイドのメイディルクスと語らう。

 かたわらには、メイディルクスの淹れてくれたコーヒーと、クッキーを添えて。

 ソフィとツンディーリアがいかに素晴らしい百合ップルであるかを、メイディルクスに解く。

「ひとこと言うてええか、王子?」

 コーヒーをたしなんで、メイディルクスはひと言つぶやいた。

「なんだ?」

「きっしょ」

 目を細めて、メイディルクスはオレを罵倒する。

 メイディルクス・ハッセは、オレの親戚筋だ。
 祖父が死ぬ間際、若い冒険者を孕ませでできた子である。

「百合がうつりそうやわ。近寄らんといて」

「相変わらず、オレには塩対応だよな、お前は」

「年上にお前言うな。干支が一回りちゃうねんから」

「干支って……東洋の暦だろうが」

 メイディリクスは、王国ではオレの配下を装って、かしこまっている。
 しかし、二人きりになるとタメ口を利くのだ。

「それより、今日の女子生徒な。何かわかったか?」

「あんな、あの子、魔族かなんかに操られとったみたいや」

 特殊な催眠術を掛けられてた痕跡が、彼女の首筋にあったらしい。
 メイディリクスが呪いを解き、今は大事には至っていないそうだ。

「どないする? 魔族のエリア丸ごと吹っ飛ばす?」

「アホか。お前が本気を出したら、【地上の太陽事件】の再来になるぞ」

「あれは我ながら豪勢やったよなー」

「自慢するなよ。魔族の城が一つ吹き飛んだんだぞ」

 とにかく、身動きの取れないオレの代わりに、メイディルクスに調査をしてもらう。
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