百合王子! ~嫁候補の美少女二人が裏で付き合っていたが、オレは一向に構わん!~

椎名 富比路

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第一章 百合王子と二人の嫁候補 ~余に嫁などいらぬ!~

美しい百合には距離《トゲ》が必要だ

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 オレはアイテムボックスをまさぐり、コーヒーセットを用意した。
 バラ園でカフェオレを飲む。これが、放課後の日課である。

 テーブルにセットを置き、オレは予定通りコーヒーを淹れた。

「まあ、コーヒーだけは淹れてやるから、落ち着け」

 向かいの席に椅子を並べてやる。

 二人はおとなしく、肩を寄せ合うように座った。オレから、互いを守るように。

「できるまで、これでも食っててくれ」

 さらにアイテムボックスをまさぐって、オレはクッキーを出す。

「ウチのメイドが作ったクッキーだ。あいつ、口は悪いが料理は得意なんだ」

 見た目こそデカくて男らしく微妙だが、味は保障する。

「たしかにおいしいわね」

「結構なお点前で」


 気に入っていただけて、何よりだ。



 容器にフィルターを用意して、挽いた粉を入れる。
 熱の魔法を唱えて、ポットを手の平で温めた。
 フィルターに沿って、「の」の字にお湯を入れていく。

「できたぞ。ミルクと砂糖は、こちらな」

 ミルクと砂糖のポットをアイテムボックスから出す。

「オレはカフェオレ派でな。コーヒー作りも本格ではないんだ。味にうるさいヤツにはつまらんかもしれんが、めしあがれ」

 自分用にはミルクを足した。

「クールなコーヒーと、優しいミルクの融合か。まるでまるで君たちみたいだな! ということは、オレはカフェオレを淹れる度に、二人のイチャイチャを再現できる! なんたる自家発電すばらしいイイっ!」

 ただコーヒーを淹れただけなのに、こんなにも胸を締め付けられるなんて! 助かる!

「はっ!」

 ソフィとツンディーリアがいたことを、ようやく思い出す。

 二人はオレの言動に、ドン引きしていた。
 苦いコーヒーを飲んだ後より苦そう。

「コホン。まあ」

 呼吸を整えて、平静を保つ。 

「あとは、キミらのお好きなように楽しみたまえ」

 特等席で、百合遊びの続きを堪能させてもらおうか。

「だから王子! あんたがそこにいると、やりづらいって!」

 ソフィも、本性を現したな。

「オレは、二人の恋路を邪魔するような、無粋な真似はせん。恋愛は自由だ。自由であるべきだ。オレは恋をしない自由を選ぶ。それだけだ」

 そっぽを向いて、コーヒーを楽しむ。
 黒いコーヒーと白いミルクというベストマッチングで、二人のイチャイチャを飲み干すとしようではないか!

「どうした? 飲まないなら捨てるが」

「い、いえ。いただきますわ! せっかく、未来の旦那様が淹れてくれたんですもの!」

 カップを両手で持って、ツンディーリアがコーヒーを一気にあおる。

「うえぇ、まっず!」
 あまりの不出来に、ツンディーリアは舌をべえっと出した。いつものツンディーリアからは、想像も付かない変顔である。

 面白すぎるリアクションに、思わずといった感じでソフィもプッと笑う。

「わ、笑わないでくださいまし! ソフィ!」

 咳き込みながら、ツンディーリアが指摘した。

「ごめんなさい。だって、あなたのそんな声、初めて聞いたんですもの!」
 ソフィは今度こそ、笑いが止まらなくなる。腹を抱えて、うずくまってしまった。

 ああ、和む。この瞬間のために、オレは生きているんだなぁ。死んでもいいくらいだ。

「ブラックで飲んだらマズいさ。カフェオレ用に配合した、適当ブレンドだからな。豆の知識もロクにないんでね、直感で選んでいる。それにキミ、ムリしてブラックで飲んだろ?」

 ツンディーリアに、ミルクと砂糖を差し出す。

 あきらめて、ツンディーリアはミルクと少量の砂糖を注いだ。
 今度は、お気に召したようである。

「やはりな。昼食時、キミらはどちらも紅茶にミルクを入れていた」

 教えてあげると、二人がおぞましいモノを見る目でオレを見た。

「へえ、のぞき見してたの?」

「よく見ていますわね」

「ヘンタイ」
 
 仲良く、カフェオレを口にする。 

「恋愛も同じだ。ムリすることなどない。オレの取り合いをしているのも、演技なのだろう?」

 二人が生徒たちの前で取っている態度は、周囲に対するカモフラージュに過ぎない。

「察しがよろしくて」

「ヘンタイ」

 タネをバラされ、二人も開き直った。

「二人はいつから交際しているんだ?」

 ソフィに尋ねると、彼女はカップの縁を指で拭く。

「幼少期からよ」

「初対面からずっとですわ」

 ツンディーリアも追随する。

「私たちの親が対立しているのは、知っているわよね?」

「ああ。有力者同士だもんな」

 テーブルに膝を突き、オレはアゴに手を当てた。

 ヴェリエ家はバルシュミーデ国の北に位置する、リスタン公国領にある。リスタンはヴェリエの親戚筋で、遠回しにヴェリエを操っていた。

 対してミケーリ王国は、西の湾岸都市だ。
 コーヒーの名産地で、酸味のある豆は人気が高い。
 ツンディーリアが、普通のコーヒーで満足できるはずがなかった。

 どちらも勢力は拮抗しており、バルシュミーデ王国と交流が深い。
 いずれの勢力も、広大なバルシュミーデとのパイプを持ちたがっている。

 そのために、オレのいるこの学園に嫁候補である娘を送り込んだ。

「けどね、私たちには関係なかった。すぐに惹かれあったわ」

 好きなモノも同じ。親の言いなりになりたくない、という気持ちも。

「どちらかが男として生まれたらよかったのに、って、何度も思った」

 なるほど、歪んだ禁断の愛ってワケか。


「つまり、男装も互いにやり合っていると」

「どうして、わかりますの!?」

 ツンディーリアが、席を立つ。

「髪の毛だ。ほれ」

 オレは、二人から拝借したカツラを手に取る。

 血相を変えて、ツンディーリアがオレからカツラを取り上げた。

「いつの間に……」

 ソフィが、アイテムボックスを確認する。オレに視線を移し、苦々しい顔をした。

「キミらが、コーヒーでむせているときだよ。それより、この材質を」

「質感が、どうかなさいましたの?」

 ツンディーリアが、オレにカツラを渡す。

 カツラに指を滑らせ、オレは二人に見せた。

「この髪質は、ツンディーリアのモノだ。けれど、裏の髪留めはソフィのモノを使っている。二人が共有して、使っているんじゃないか?」

「そうよ。アンタの言うとおり」

 ソフィが肯定する。

「互いが互いの相手役を演じている、か。難しい立場にいる者どうしだから、なお燃え上がったと」

 わかる。美しく、儚い。

「ああもう、尊い。こんなの尊すぎる!」

 乱暴に、二人にカツラを返す。このままだと、想像しただけで鼻血が出そうだから。


 バルシュミーデと繋がりたいリスタンとミケーリは、昔から相容れない。
 二人のどちらかが男性だったとしても、結婚は難しかっただろう。

 月並みな意見だが、かくも運命とは残酷なのか。
 まるで、戯曲にでもなりそうな間柄だ。

 間に挟まれているバルシュミーデは、両国の対立を幾度も防いだ歴史がある。
 とはいえ、我が国はいい加減ウンザリしていた。
 両国家のパワーバランスを崩したがっている。

 そのカギを、オレが握っているってわけ。
 だから、ソフィとツンディーリアのいずれかと結婚させたがっているのだ。

 めんどくせえ。

「オレはこういう勢力争いがキライだから、嫁を取りたくないのだよなー」

 人の幸せを政治の道具にする、国家のやり方が許せない。

 オレが発言すると、二人が意外そうな顔をした。

「チャラい見た目に反して、実に頼もしいですわ」

「そうね。中身はただのヘンタイだけど」

 ヘンタイは余計だ。否定しないがな!


「とにかく、二人は交際を続けろ。オレは一切咎めない」

 オレはコーヒーをソーサーに置く。
 
 美しい百合には、距離感《トゲ》が必要だ。
 百合は守られるべき。

「ところで、さっきからノゾキ見しているモノは誰かな?」

 オレは、茂みの向こうに声をかけた。
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