引っ越しのマカイ ―家出令嬢、臆病パンダ娘と引越し業者でスローライフを送ります―

椎名 富比路

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第二章 それぞれの引越し

第9話 魔術学校へ通う貴族の少年と、女教師

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 今日は、魔術学校の寮へと荷物を運ぶ。

「ありがとうございます、アンパロさん」

 礼儀正しく、メガネの少年があいさつをした。

 この少年は、魔術学校へ通うという。

 若い男の子だから、荷物は軽くて済む。

「ノート型端末と魔導書は、こちらで運ぶのでいいですよ」

 メガネ少年が、着替えなど荷物の配置を指示する。

 ベッドも家具も備え付けだから、ムーファンが手持ち無沙汰になっていた。

「そうだムーファン、一人暮らしでも簡単に作れるお料理なんてのは?」

 寮の食事は、たいてい寮母さんが作ってくれる。しかし、三食規則正しい。おやつや夜食などは、また別に料金がかかる。

「やがて家を出て、独り立ちするんでしょ?  一人暮らしに慣れておいたら?」

 この子は次男坊で、魔法使いで自活させるために家を出されたのだ。

「そうですね。今のボクだと、人を雇うのも一苦労ですし。お願いします」

 寮の火を使わせてもらって、ムーファンが少年に料理の指導をする。

 少年は、熱心にメモを取っていた。

「ほら、キッシュのできあがりー」

 ムーファンが作ったキッシュを、少年は口に入れた。

「おいしいです。しっとりしていて」
「ありがとう。じゃあ、今度はキミが作ってみようか?」
「はい……うわ、焦がした」
「落ち着いて。キッシュは焦げたところだっておいしいんだから」

 少年の手際を、私とムーファンで見守る。

「できた!」

 どうにか、お料理が完成した。味も申し分ない。

「あらぁ、おいしそうね」

 巨乳のメガネ先生が、カウンターからこちらを覗き込む。ドルン、と豊満なお胸がテーブルに乗っかる。

「せ、せせ先生っ」

 顔を赤らめた少年が、せっかくの料理を背中に引っ込めた。

「隠すことないじゃない。一口ちょうだい」
「そんな。ボクなんかの料理が先生の口に合うなんて」
「成長した姿を見せて。何年訓練を見てきたって思ってるの?」

 女先生が、魔法で少年の手を動かす。そのまま、カウンターにまで持ってこさせた。

「うん、おいしいわねぇ。わたしも自炊を始めたんだけど、ここまでおいしくは作れないわー」

 女教師から太鼓判を押されて、少年は顔がほころぶ。

「じゃあ、授業がんばってね」
「はい!」

 去りゆく女教師の背中を、少年はずっと目で追っていた。

「さっきの人と、知り合い? 入学したばかりの割に、態度が親しかったけど」
「ボクの、元家庭教師なんです。」

 両親もさっきの女教師も、ここのOBだという。

「今の人がここの教師だから、入学したって感じ?」
「ま、まあ、そんなところです。ボクだって、男なんですよ」

 頭をかきながら、少年は語った。

「でも、ボクなんて相手にしてもらえるかどうか」
「それは、私たちではどうにも」
「はい。なんとか振り向いてもらえるように、努力します」

 続いて、私たちは次の仕事場へ向かう。

 さっきの女教師の家だ。

「うっわ」

 失礼ながら、私は部屋の様子に絶句してしまう。

「ひどい家でしょ?」

 引越し先としてあてがわれたのは、学校の屋根裏部屋である。

「言葉は悪いですけど、物置小屋みたいですね」
「そうなの。でもさ、私みたいな若輩が安く住もうってんなら、このくらいじゃないと」

 しかし、こんなところに荷物なんて運び込めない。まずは掃除からだ。

 私とムーファンで、手分けして床や棚を磨く。

 こちらも、ベッドや棚は添えつけだ。シーツは洗わないといけないが。

 ムーファンは家事全般が得意のようで、洗い物などをテキパキとこなす。

「うまいもんだね」
「冒険者時代は、洗い物全般を担当していたよ」

 家事が苦手な私には、ムーファンの手際がうらやましい。

「わたしも、魔法で手伝うわ」

 とはいえ、どうも先生が魔法を唱えても、手がおぼつかなかった。
 拭かなくていい場所を拭いて、大事なところを磨けていない。

 これは、もしかすると。

「ひょっとして、掃除やお片付けとか、苦手勢ですか?」
「実は……」

 まだホコリが残っている床に、女性教師はぺたんと座った。
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