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社交界と、チョコレート
第47話 魔女 オカワリヴィア・リパビアンカ
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――事態は、数時間前までさかのぼる。
卒業式は滞り無く行われた。
「じゃあ、あたしはこれで」
ミュンは本当に、帰っていく。
「いいのか、社交界に出なくて?」
「いいんだって。自由参加だし。それに、貴族の男って偉そうだから、苦手なんだよね」
騎士として生きようとしている彼女にとって、家庭を持つことは目標ではないそうだ。自分が強くなることにしか、興味がない。
社交界の時間を、迎えた。
「さて、食事じゃ食事」
張り切って、パァイがビュッフェを貪り尽くす。
「ほんとにお前、色気より食い気だな?」
「毎年、これだけが楽しみでのう」
パァイは手羽先を素手で、モリモリと頬張った。
たしかにここにある料理は、手が進んでしまうやつばかりだが。
「あなたは、イクタ殿ですか?」
支配人らしき男性が、オレの前に現れた。丁寧に帽子まで取っている。
「は、はい」
「光栄だ。学食のスターに会えるとは」
シェフから、握手を求められた。
「いえいえ。社交界を任されているあなたから、敬意を受けるなど」
「とんでもない。あなたの料理は最高だと、貴族たちからも聞いています」
なんでも、かつて学園の権威だったドナシアン・カファロから、オレの話を聞いていたという。『金曜日の恋人』から、お墨付きをいただいているなんてな。
「今日は楽しんでください。で、我々にもあなたの料理を」
「わかりました。私のでよければ」
「やったぜ! 娘が来季、こちらに入学するんです。紹介しておきますね!」
「ありがとうございます。お嬢様によろしく」
「はい! では!」
飛び跳ねん勢いで、シェフが去っていった。
「お主、男性にもモテモテじゃのう?」
「うるせえ」
「さて、モテモテなのがもう一人」
パァイが、デボラの方に視線を向けた。
「エステバン大陸領、蔵小路 デボラ様ですよね? 先日は、父が粗相を起こして、大変申し訳ありませんでした!」
太っちょが、デボラに頭を下げている。あれが、デボラの婚約者とやらか。
「お詫びとして、ぜひ一曲踊っていただきたく」
「……結構ですわ。わたくしは、あなたと踊る気はございません」
「お怒りなのは、わかります。ですが、僕はひと目見たときから、あなたをお慕いしておりまして」
なおも、太っちょはデボラに手を差し伸べてくる。
かなりの権力者のようで、他の貴族たちも太っちょの行動を止めようとはしない。
強引なヤツだな。
だからデボラは、コイツを嫌がっていたのか。オレとダンスをしたいなんて言うはずだ。
これは、助けるべき? それとも、デボラに任せるべきなのだろうか。
「お嬢さん! お手をどうぞ!」
違う。ここは、オレが手を差し伸べるべきだ。
「なんだ、あんたは? 今、僕がお願いしているところだろう? 割り込みは、ルール違反ではないのか?」
太っちょが、文句を言ってくる。
「相手は、嫌がっておいでです。いくらお貴族様でも、強引がすぎるのではないですか?」
「なんだと!?」
まんまるとした拳が、オレの頬を直撃ねらってきた。
ヘタに避けると、デボラや料理に傷がつく。
ここはあえて受けて、相手の感情を鎮めるか。
だが、それ以上オレに攻撃が来ることはなかった。
「なんだい? 騒がしいね」
モノクルのような小さいメガネをかけた老婆が、魔法で男の拳を止めたのである。
社交場だというのに、老婆はたいして着飾りもしていない。真っ黒い、ローブ姿である。まるで、自身が魔女であるかを主張するかのように。
相手に対して、無礼な振る舞いを堂々とやって構わないという風格さえあった。
「リパビアンカ、校長……」
貴族の男性の一人が、ワイングラスを取り落とす。
エラそうな人間でさえ震え上がるほどの、恐ろしい女性だ。
彼女の腕や足は、ウッドゴーレムかと思うほどか細い。なのに、オーラが尋常ではなかった。おそらく、この場にいる貴族たちからありったけの兵隊を差し向けられたとしても、一瞬で壊滅できるだろう。
「へーい。リヴィの字」
「いえーいパァイ!」
昔なじみのように、パァイと老婆がハイタッチをする。本当に、昔なじみなんだろうな。
「無礼者! 魔女の分際でこの僕に――ごほ!?」
言葉を放つ前に、若造のノドにホウキを叩き込んだ。
「無礼なのは、あんたの方さ。ここをどこだと思ってんだい!」
うまい具合に料理を避け、壁までふっとばされる。
「ごっほ! なんだと?」
壁にもたれて、青年が咳き込んだ。
「あんた、誰の前にいると思ってんだい?」
青年の顔を覗き込みながら、老婆がイヒヒと不気味に笑った。
この老婆は、オカワリヴィア・リパビアンカという。リックワードの校長にして、【学園の魔女】と称されている女性だ。高齢のエルフで、古に勇者と行動をともにしていたとも言われている。
「ばかもの! オカワリヴィア様を怒らせるでない!」
男の父親が、息子に拳を叩き込んだ。「申し訳ございません」とオカワリヴィアに頭を下げ、息子にも腰を折らせる。
「あんた、息子に何を教えていたんだか?」
オカワリヴィアは、嘆息した。
「いいかい? あんたらは少し、勘違いしているようだねぇ」
魔女オカワリヴィアが、ホウキを肩に担ぐ。
「ここはねぇ、貴族の男が、女性を吟味する場所じゃないんだよ。選ばれるのは、アンタらの方さ」
イヒヒ、と魔女が笑う。
卒業式は滞り無く行われた。
「じゃあ、あたしはこれで」
ミュンは本当に、帰っていく。
「いいのか、社交界に出なくて?」
「いいんだって。自由参加だし。それに、貴族の男って偉そうだから、苦手なんだよね」
騎士として生きようとしている彼女にとって、家庭を持つことは目標ではないそうだ。自分が強くなることにしか、興味がない。
社交界の時間を、迎えた。
「さて、食事じゃ食事」
張り切って、パァイがビュッフェを貪り尽くす。
「ほんとにお前、色気より食い気だな?」
「毎年、これだけが楽しみでのう」
パァイは手羽先を素手で、モリモリと頬張った。
たしかにここにある料理は、手が進んでしまうやつばかりだが。
「あなたは、イクタ殿ですか?」
支配人らしき男性が、オレの前に現れた。丁寧に帽子まで取っている。
「は、はい」
「光栄だ。学食のスターに会えるとは」
シェフから、握手を求められた。
「いえいえ。社交界を任されているあなたから、敬意を受けるなど」
「とんでもない。あなたの料理は最高だと、貴族たちからも聞いています」
なんでも、かつて学園の権威だったドナシアン・カファロから、オレの話を聞いていたという。『金曜日の恋人』から、お墨付きをいただいているなんてな。
「今日は楽しんでください。で、我々にもあなたの料理を」
「わかりました。私のでよければ」
「やったぜ! 娘が来季、こちらに入学するんです。紹介しておきますね!」
「ありがとうございます。お嬢様によろしく」
「はい! では!」
飛び跳ねん勢いで、シェフが去っていった。
「お主、男性にもモテモテじゃのう?」
「うるせえ」
「さて、モテモテなのがもう一人」
パァイが、デボラの方に視線を向けた。
「エステバン大陸領、蔵小路 デボラ様ですよね? 先日は、父が粗相を起こして、大変申し訳ありませんでした!」
太っちょが、デボラに頭を下げている。あれが、デボラの婚約者とやらか。
「お詫びとして、ぜひ一曲踊っていただきたく」
「……結構ですわ。わたくしは、あなたと踊る気はございません」
「お怒りなのは、わかります。ですが、僕はひと目見たときから、あなたをお慕いしておりまして」
なおも、太っちょはデボラに手を差し伸べてくる。
かなりの権力者のようで、他の貴族たちも太っちょの行動を止めようとはしない。
強引なヤツだな。
だからデボラは、コイツを嫌がっていたのか。オレとダンスをしたいなんて言うはずだ。
これは、助けるべき? それとも、デボラに任せるべきなのだろうか。
「お嬢さん! お手をどうぞ!」
違う。ここは、オレが手を差し伸べるべきだ。
「なんだ、あんたは? 今、僕がお願いしているところだろう? 割り込みは、ルール違反ではないのか?」
太っちょが、文句を言ってくる。
「相手は、嫌がっておいでです。いくらお貴族様でも、強引がすぎるのではないですか?」
「なんだと!?」
まんまるとした拳が、オレの頬を直撃ねらってきた。
ヘタに避けると、デボラや料理に傷がつく。
ここはあえて受けて、相手の感情を鎮めるか。
だが、それ以上オレに攻撃が来ることはなかった。
「なんだい? 騒がしいね」
モノクルのような小さいメガネをかけた老婆が、魔法で男の拳を止めたのである。
社交場だというのに、老婆はたいして着飾りもしていない。真っ黒い、ローブ姿である。まるで、自身が魔女であるかを主張するかのように。
相手に対して、無礼な振る舞いを堂々とやって構わないという風格さえあった。
「リパビアンカ、校長……」
貴族の男性の一人が、ワイングラスを取り落とす。
エラそうな人間でさえ震え上がるほどの、恐ろしい女性だ。
彼女の腕や足は、ウッドゴーレムかと思うほどか細い。なのに、オーラが尋常ではなかった。おそらく、この場にいる貴族たちからありったけの兵隊を差し向けられたとしても、一瞬で壊滅できるだろう。
「へーい。リヴィの字」
「いえーいパァイ!」
昔なじみのように、パァイと老婆がハイタッチをする。本当に、昔なじみなんだろうな。
「無礼者! 魔女の分際でこの僕に――ごほ!?」
言葉を放つ前に、若造のノドにホウキを叩き込んだ。
「無礼なのは、あんたの方さ。ここをどこだと思ってんだい!」
うまい具合に料理を避け、壁までふっとばされる。
「ごっほ! なんだと?」
壁にもたれて、青年が咳き込んだ。
「あんた、誰の前にいると思ってんだい?」
青年の顔を覗き込みながら、老婆がイヒヒと不気味に笑った。
この老婆は、オカワリヴィア・リパビアンカという。リックワードの校長にして、【学園の魔女】と称されている女性だ。高齢のエルフで、古に勇者と行動をともにしていたとも言われている。
「ばかもの! オカワリヴィア様を怒らせるでない!」
男の父親が、息子に拳を叩き込んだ。「申し訳ございません」とオカワリヴィアに頭を下げ、息子にも腰を折らせる。
「あんた、息子に何を教えていたんだか?」
オカワリヴィアは、嘆息した。
「いいかい? あんたらは少し、勘違いしているようだねぇ」
魔女オカワリヴィアが、ホウキを肩に担ぐ。
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