8 / 91
第一章 寄り道と大衆食堂とJK
第8話 「ちょっと一口」デカすぎ問題
しおりを挟む
「ナポリタンにごはん?」
隣の琴子が、孝明の食べ方に疑問を投げかける。
「このケチャップ味は、おかずにもなるんだ」
昨日だって、ハンバーグで一膳、ナポリタンをメインにもう一膳、白飯をかきこんだ。
それだけ、ナポリタンは優秀である。
「オムライス頼んだらよくない?」
琴子の意見は、間違ってはいない。
彼女のメニューは、そのオムライスである。
ソフトオムライスなんて洒落た物ではない。
普通に包むタイプだ。
琴子は、自分でケチャップのチューブで、ネコの絵を描いていた。
絵を描いた途端にケチャップが溶けて、どう見てもマーライオンに。
ムシャムシャとオムライスを頬張りながら、琴子はこちらをロックオンしている。
「ねえコメくん、一口ちょうだい」
ナポリタンを箸でズルズルやっていると、琴子からお願いされた。
大好物のナポリタンだ。
人にあげるのは惜しい。
ちょっと味見された程度で落ち込んだくらいである。
それだけ、ナポリタンに思い入れが強い。
特にここのケチャップは絶品だ。
業務用のケチャップを使っているはず。
なのに、この絶妙な酸味はどう形容すれば。
きっとオムライスも格別に違いない。
「早く取れ」
孝明は、身体を後ろにどかした。のけぞるような形に。
「わーい」
琴子はナポリタンの山に、フォークを容赦なくブッ刺す。
嬉々として、クルクルとスパゲッティを巻き付ける。
「あーむ。うーん、おいしい!」
「オマエ、一口がデカイよ!」
「もう一口」
あれだけ食べておいて、まだくれというか。
「ダメ! 一口が多すぎる! もうやらん!」
フォークを刺されそうになったので、孝明は皿を手で持ち上げた。
「えー、いいじゃん。コメくんのケチ」
「そんなに欲しいなら頼めよ」
「一皿は、さすがに量が多いかな」
取っていった量は、琴子の中では一皿にカウントされないらしい。
「どうして、女子の『ちょっと一口』は、こんなにも大きいんだ?」
「みんなに頼んでないもん。コメくんだけに言ってるの」
「どうして、みんなしてオレのを欲しがるんだよ」
「だって、コメくんが食べてるトコ見てると、おいしそうなんだもん」
「会社の上司にも言われたな、それ」
孝明がいうと、琴子が硬直した。
「なんだよ?」
あまりに意外なリアクションで、孝明は食べるのを忘れかけてしまう。
「ねえ、さっきもさ、『みんなして』って言ってたよね? その人のこと?」
「その通りだ。ウチの課長だ」
「課長さんって、女の人?」
「ああ」
孝明が肯定すると、琴子がため息をつく。
「やっぱコメくんて、カノジョさんいるんだ」
「違う。ただの女上司ってだけ!」
あらぬ誤解を招いたので、孝明は弁解する。
恐ろしいことを言わないで欲しい。
「で、その女上司さんがどうしたの?」
「実は今日、会社でも同じことがあってな」
◇ * ◇ * ◇ * ◇
孝明は、社食でよくカレーを頼む。
月、水、金曜はカレー、火、木曜にうどんか丼のシャッフルというローテーションだ。
なので、カレーは大衆食堂の方では頼まない。
今日もいつものように、カレーを食べていた。
向かいには、女課長の藤枝《ふじえだ》が、エビ天ソバをすすっている。
物欲しそうな視線に気づき、つい孝明は藤枝と視線を合わせてしまう。
「しまった」と気づいたときには、もう遅い。
蠱惑的な笑顔で、藤枝が、「一口欲しい」と言ってきたのである。
上司の指示だからいいか、と皿を差し出したら、スプーンからはみ出るくらいの量を持って行かれた。
お詫びとして、エビ天を一尾もらったが。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
「へー」
さして興味なさそうに、琴子は相槌を打つ。
「あのなあ、こっちは生活がかかってるんだ。メシが少量でも減るのってな、結構な死活問題なんだぞ」
「へー」
「言っておくけど、課長は既婚者だぞ。元だが」
藤枝は、夫と別れて一児のシングルマザーになったばかりである。
「へー」
琴子は「へーとしか言わないマシン」と化す。
「なんだよ。オレが変な気を起こすと思っていたのか」
冗談じゃない。
あんな鬼が恋人だったら、孝明は死んでしまう。
「しょうがないなー」
琴子は黄色い潜水艦を、スプーンで少しだけ崩した。
量が気に入らなかったのか、再び山を崩す。
やや多めにスプーンですくった。
「はい、あーん」
どういうわけか、琴子はオムライスを、孝明の顔に近づけてくる。
「待て待て。なんでだよ。オレがスプーンで崩せばよかっただろうが」
孝明のスプーンなら、未使用だ。
「ごはん減らされるのは死活問題だーって言ったのは、コメくんじゃん。今さら怖じ気づいた?」
「そういうわけじゃ」
「早く早く、あーん」
口を開けるように、琴子が催促する。
観念した孝明は、口を大きく開けた。
「うんぐ!」
孝明のノドを直撃せんばかりに、琴子がスプーンを押し込んでくる。
「おっとゴメンゴメン。慣れてなくて」
むせた孝明に、琴子が詫びた。
別にそれは構わない。あーんに慣れたJKなんて、ただれている。
口を手で覆い、オムライスを充分に咀嚼した。
確かにうまい。
ナポリタンとはまた違う風味が、鼻を抜けていく。
「どうよ?」
「甘酸っぱい」
「でっしょーっ。JKのエキスが詰まったスプーンは、レモンの味がするんだから!」
「いや、ケチャップが」
「あーもう……」
琴子が、心底ガッカリしたような顔になる。
なぜだ?
隣の琴子が、孝明の食べ方に疑問を投げかける。
「このケチャップ味は、おかずにもなるんだ」
昨日だって、ハンバーグで一膳、ナポリタンをメインにもう一膳、白飯をかきこんだ。
それだけ、ナポリタンは優秀である。
「オムライス頼んだらよくない?」
琴子の意見は、間違ってはいない。
彼女のメニューは、そのオムライスである。
ソフトオムライスなんて洒落た物ではない。
普通に包むタイプだ。
琴子は、自分でケチャップのチューブで、ネコの絵を描いていた。
絵を描いた途端にケチャップが溶けて、どう見てもマーライオンに。
ムシャムシャとオムライスを頬張りながら、琴子はこちらをロックオンしている。
「ねえコメくん、一口ちょうだい」
ナポリタンを箸でズルズルやっていると、琴子からお願いされた。
大好物のナポリタンだ。
人にあげるのは惜しい。
ちょっと味見された程度で落ち込んだくらいである。
それだけ、ナポリタンに思い入れが強い。
特にここのケチャップは絶品だ。
業務用のケチャップを使っているはず。
なのに、この絶妙な酸味はどう形容すれば。
きっとオムライスも格別に違いない。
「早く取れ」
孝明は、身体を後ろにどかした。のけぞるような形に。
「わーい」
琴子はナポリタンの山に、フォークを容赦なくブッ刺す。
嬉々として、クルクルとスパゲッティを巻き付ける。
「あーむ。うーん、おいしい!」
「オマエ、一口がデカイよ!」
「もう一口」
あれだけ食べておいて、まだくれというか。
「ダメ! 一口が多すぎる! もうやらん!」
フォークを刺されそうになったので、孝明は皿を手で持ち上げた。
「えー、いいじゃん。コメくんのケチ」
「そんなに欲しいなら頼めよ」
「一皿は、さすがに量が多いかな」
取っていった量は、琴子の中では一皿にカウントされないらしい。
「どうして、女子の『ちょっと一口』は、こんなにも大きいんだ?」
「みんなに頼んでないもん。コメくんだけに言ってるの」
「どうして、みんなしてオレのを欲しがるんだよ」
「だって、コメくんが食べてるトコ見てると、おいしそうなんだもん」
「会社の上司にも言われたな、それ」
孝明がいうと、琴子が硬直した。
「なんだよ?」
あまりに意外なリアクションで、孝明は食べるのを忘れかけてしまう。
「ねえ、さっきもさ、『みんなして』って言ってたよね? その人のこと?」
「その通りだ。ウチの課長だ」
「課長さんって、女の人?」
「ああ」
孝明が肯定すると、琴子がため息をつく。
「やっぱコメくんて、カノジョさんいるんだ」
「違う。ただの女上司ってだけ!」
あらぬ誤解を招いたので、孝明は弁解する。
恐ろしいことを言わないで欲しい。
「で、その女上司さんがどうしたの?」
「実は今日、会社でも同じことがあってな」
◇ * ◇ * ◇ * ◇
孝明は、社食でよくカレーを頼む。
月、水、金曜はカレー、火、木曜にうどんか丼のシャッフルというローテーションだ。
なので、カレーは大衆食堂の方では頼まない。
今日もいつものように、カレーを食べていた。
向かいには、女課長の藤枝《ふじえだ》が、エビ天ソバをすすっている。
物欲しそうな視線に気づき、つい孝明は藤枝と視線を合わせてしまう。
「しまった」と気づいたときには、もう遅い。
蠱惑的な笑顔で、藤枝が、「一口欲しい」と言ってきたのである。
上司の指示だからいいか、と皿を差し出したら、スプーンからはみ出るくらいの量を持って行かれた。
お詫びとして、エビ天を一尾もらったが。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
「へー」
さして興味なさそうに、琴子は相槌を打つ。
「あのなあ、こっちは生活がかかってるんだ。メシが少量でも減るのってな、結構な死活問題なんだぞ」
「へー」
「言っておくけど、課長は既婚者だぞ。元だが」
藤枝は、夫と別れて一児のシングルマザーになったばかりである。
「へー」
琴子は「へーとしか言わないマシン」と化す。
「なんだよ。オレが変な気を起こすと思っていたのか」
冗談じゃない。
あんな鬼が恋人だったら、孝明は死んでしまう。
「しょうがないなー」
琴子は黄色い潜水艦を、スプーンで少しだけ崩した。
量が気に入らなかったのか、再び山を崩す。
やや多めにスプーンですくった。
「はい、あーん」
どういうわけか、琴子はオムライスを、孝明の顔に近づけてくる。
「待て待て。なんでだよ。オレがスプーンで崩せばよかっただろうが」
孝明のスプーンなら、未使用だ。
「ごはん減らされるのは死活問題だーって言ったのは、コメくんじゃん。今さら怖じ気づいた?」
「そういうわけじゃ」
「早く早く、あーん」
口を開けるように、琴子が催促する。
観念した孝明は、口を大きく開けた。
「うんぐ!」
孝明のノドを直撃せんばかりに、琴子がスプーンを押し込んでくる。
「おっとゴメンゴメン。慣れてなくて」
むせた孝明に、琴子が詫びた。
別にそれは構わない。あーんに慣れたJKなんて、ただれている。
口を手で覆い、オムライスを充分に咀嚼した。
確かにうまい。
ナポリタンとはまた違う風味が、鼻を抜けていく。
「どうよ?」
「甘酸っぱい」
「でっしょーっ。JKのエキスが詰まったスプーンは、レモンの味がするんだから!」
「いや、ケチャップが」
「あーもう……」
琴子が、心底ガッカリしたような顔になる。
なぜだ?
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる