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第一章 寄り道と大衆食堂とJK

第8話 「ちょっと一口」デカすぎ問題

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「ナポリタンにごはん?」
 隣の琴子ことこが、孝明こうめいの食べ方に疑問を投げかける。

「このケチャップ味は、おかずにもなるんだ」

 昨日だって、ハンバーグで一膳、ナポリタンをメインにもう一膳、白飯をかきこんだ。
 それだけ、ナポリタンは優秀である。


「オムライス頼んだらよくない?」


 琴子の意見は、間違ってはいない。


 彼女のメニューは、そのオムライスである。
 ソフトオムライスなんて洒落た物ではない。
 普通に包むタイプだ。

 琴子は、自分でケチャップのチューブで、ネコの絵を描いていた。

 絵を描いた途端にケチャップが溶けて、どう見てもマーライオンに。

 ムシャムシャとオムライスを頬張りながら、琴子はこちらをロックオンしている。



「ねえコメくん、一口ちょうだい」



 ナポリタンを箸でズルズルやっていると、琴子からお願いされた。

 大好物のナポリタンだ。
 人にあげるのは惜しい。
 ちょっと味見された程度で落ち込んだくらいである。
 それだけ、ナポリタンに思い入れが強い。


 特にここのケチャップは絶品だ。
 業務用のケチャップを使っているはず。
 なのに、この絶妙な酸味はどう形容すれば。
 きっとオムライスも格別に違いない。


「早く取れ」
 孝明は、身体を後ろにどかした。のけぞるような形に。


「わーい」
 琴子はナポリタンの山に、フォークを容赦なくブッ刺す。
 嬉々として、クルクルとスパゲッティを巻き付ける。

「あーむ。うーん、おいしい!」 
「オマエ、一口がデカイよ!」

「もう一口」
 あれだけ食べておいて、まだくれというか。

「ダメ! 一口が多すぎる! もうやらん!」
 フォークを刺されそうになったので、孝明は皿を手で持ち上げた。

「えー、いいじゃん。コメくんのケチ」
「そんなに欲しいなら頼めよ」
「一皿は、さすがに量が多いかな」

 取っていった量は、琴子の中では一皿にカウントされないらしい。

「どうして、女子の『ちょっと一口』は、こんなにも大きいんだ?」
「みんなに頼んでないもん。コメくんだけに言ってるの」
「どうして、みんなしてオレのを欲しがるんだよ」


「だって、コメくんが食べてるトコ見てると、おいしそうなんだもん」


「会社の上司にも言われたな、それ」


 孝明がいうと、琴子が硬直した。


「なんだよ?」
 あまりに意外なリアクションで、孝明は食べるのを忘れかけてしまう。


「ねえ、さっきもさ、『みんなして』って言ってたよね? その人のこと?」
「その通りだ。ウチの課長だ」
「課長さんって、女の人?」
「ああ」



 孝明が肯定すると、琴子がため息をつく。



「やっぱコメくんて、カノジョさんいるんだ」


「違う。ただの女上司ってだけ!」
 あらぬ誤解を招いたので、孝明は弁解する。
 
 恐ろしいことを言わないで欲しい。
 

「で、その女上司さんがどうしたの?」
「実は今日、会社でも同じことがあってな」

◇ * ◇ * ◇ * ◇


 孝明は、社食でよくカレーを頼む。
 月、水、金曜はカレー、火、木曜にうどんか丼のシャッフルというローテーションだ。
 なので、カレーは大衆食堂の方では頼まない。

 今日もいつものように、カレーを食べていた。

 向かいには、女課長の藤枝《ふじえだ》が、エビ天ソバをすすっている。

 物欲しそうな視線に気づき、つい孝明は藤枝と視線を合わせてしまう。

「しまった」と気づいたときには、もう遅い。

 蠱惑的な笑顔で、藤枝が、「一口欲しい」と言ってきたのである。

 上司の指示だからいいか、と皿を差し出したら、スプーンからはみ出るくらいの量を持って行かれた。

 お詫びとして、エビ天を一尾もらったが。

◇ * ◇ * ◇ * ◇

「へー」
 さして興味なさそうに、琴子は相槌を打つ。

「あのなあ、こっちは生活がかかってるんだ。メシが少量でも減るのってな、結構な死活問題なんだぞ」 
「へー」
「言っておくけど、課長は既婚者だぞ。元だが」


 藤枝は、夫と別れて一児のシングルマザーになったばかりである。


「へー」
 琴子は「へーとしか言わないマシン」と化す。

「なんだよ。オレが変な気を起こすと思っていたのか」

 冗談じゃない。
 あんな鬼が恋人だったら、孝明は死んでしまう。




「しょうがないなー」




 琴子は黄色い潜水艦を、スプーンで少しだけ崩した。
 量が気に入らなかったのか、再び山を崩す。
 やや多めにスプーンですくった。






「はい、あーん」








 どういうわけか、琴子はオムライスを、孝明の顔に近づけてくる。

「待て待て。なんでだよ。オレがスプーンで崩せばよかっただろうが」

 孝明のスプーンなら、未使用だ。

「ごはん減らされるのは死活問題だーって言ったのは、コメくんじゃん。今さら怖じ気づいた?」
「そういうわけじゃ」

「早く早く、あーん」
 口を開けるように、琴子が催促する。

 観念した孝明は、口を大きく開けた。


「うんぐ!」


 孝明のノドを直撃せんばかりに、琴子がスプーンを押し込んでくる。


「おっとゴメンゴメン。慣れてなくて」
 むせた孝明に、琴子が詫びた。

 別にそれは構わない。あーんに慣れたJKなんて、ただれている。


 口を手で覆い、オムライスを充分に咀嚼した。
 

 確かにうまい。
 ナポリタンとはまた違う風味が、鼻を抜けていく。


「どうよ?」
「甘酸っぱい」
「でっしょーっ。JKのエキスが詰まったスプーンは、レモンの味がするんだから!」

「いや、ケチャップが」

「あーもう……」
 琴子が、心底ガッカリしたような顔になる。


 なぜだ? 
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