上 下
29 / 48
第五問 ガウチョは何語? ~クイズ番組研究部の休日~

解答者のイスから逃げた少年

しおりを挟む
 僕が語り出すと同時に、食後のコーヒーが運ばれてきた。
 
「全国小学生クイズ対抗戦って知ってる?」
 
 三人一組による団体戦形式で行われる全国の小学生が集まるクイズの試合だ。

「知ってます。病室のテレビで見てました」

 試合の話を振ると、嘉穂さんがちょっと悔しそうな顔をした。

「私も、体調が良かったら出たかったですもん。その試合」

 コーヒーカップを両手で持ちながら、彼女は当時の心境を語る。
 
「六年生最後の夏、僕は予選第一問の舞台に立っていた」

 団体戦一次予選は、○×問題だ。
 二人から期待を寄せられていて、僕に任せていれば大丈夫、という空気があった。
 しかし、当時の一回戦は、思いっきり選手をふるいにかけるような超難問が出たのである。

「覚えています。私にも分からなかったんですから」

 すると、友達が○を選ぶ。が、もう一人は×だと言い出す。

「僕は、×と思う、と答えたんだ」

 最初は○かなと思っていた。その時は。
 議論しているうちに、×と答えた友達が正しい気がした。
 そいつは誰よりもクイズが好きで、物をよく知っていたから。
 僕は彼を信じて、×に決定した。
 
 だが、正解は○だった。

 僕が自分の我を通していれば、正解できたのに。

 僕は満足していた。これが実力だ。仕方ないと諦めは付いていた。
 
 二人は違う。
 両者の持つストイックさが、お互いの失敗を許さなかったのだ。

 友人が「お前のせいで負けた」と別の友人を責め始めた。
 僕を誘導したのだと。

 相手は「自分は間違ってない、あれが正解だと思ったから解答した」と反論し始める。

 両者は譲らない。

 真剣に、どちらもクイズに取り組んでいた。

 いわゆる『ガチ勢』というグループである。

 三人で仲良くクイズを楽しめたらそれでよかったと、僕は思っていたのだけれど。

 やめろ、やめてくれと、僕は何度も心で思った。
 しかし、ケンカは止まらない。

「僕は、どっちも友達だと思ってた。楽しくクイズができれば、それでよかった。それなのに、ケンカは段々エスカレートしていって」

 両者の肩を掴み、僕は強く仲介に入る。


「でも、二人のうちの一人に言われたんだ。『お前のせいじゃない。引っ込んでろ』って……」

 僕は、その言葉で心が折れてしまった。
 二人が僕を嫌いになったわけじゃないけど、僕は二人の間には入れない。
 そう感じてしまったんだ。

 一番悪いのは、一番クイズに真面目に取り組まなかった僕だったのに。

 帰ってから、僕は自分を責めた。
「自分の意見を通していれば、二人は争わずに済んだ」と。
 
 卒業後、僕たちは別々の学校へ行った。お互いの関係から逃げる形で。

 たった一回のケンカが、僕たちの関係を壊してしまった。
 
「それ以来、僕は解答者側に立つのをやめたんだ。僕は、クイズに対してストイックになり切れない。あいつのようにはなれないって思った」
 
「連絡も、取り合ってないんですか?」

 僕は首を振る。

「一人は慶介だよ。僕と同じ中学に進んだんだ。あいつとは家も近いし、すぐに和解できた」

 ちなみに、僕と同じく○を出した方が、慶介だ。
 
「もう一人は、さっき本屋で会ったヤツだよ。あいつとは、まだ仲直りができてない。なんでいって会えばいいのか……」

 クイズを続けてくれたのは嬉しかった。けれど、ストイックさがより増した気がする。

「本当に、福原くんの選択は間違っているんでしょうか?」

 嘉穂さんが急に真面目な顔になった。

「だって、あの当時の大会って、知の甲子園化が過剰になっていた時期ですよね?」

「あ、ああ。まあそうだね」

 前回優勝者が、授賞式で運営に向かって猛抗議したほど。 

――今年の問題は難しすぎる。これではクイズが先鋭化していく一方だ。ビギナーに浸透しなくなって、層が先細りする。

 彼のそんな発言が、ネットで議論を呼んだ。
 三年経った今でも、クイズの難易度調節の論争が絶えない。

「だからって、晶太くんだけが苦しむのって、おかしいと思うんです」

 しっかりとした口調で、嘉穂さんはそういってくれた。
 どうやら、彼女を困らせてしまったようだ。

「ありがとう。嘉穂さん。そういってもらえるだけでも嬉しいよ」

 安心させるように僕は告げる。

「もう大丈夫だから、少し元気が戻ったよ」
「わたしは、そんな……」

 手をバタバタさせながら、不器用に嘉穂さんが笑う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【7】父の肖像【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
大学進学のため、この春に一人暮らしを始めた娘が正月に帰って来ない。その上、いつの間にか彼氏まで出来たと知る。 人見知りの娘になにがあったのか、居ても立っても居られなくなった父・仁志(ひとし)は、妻に内緒で娘の元へ行く。 短編(全七話)。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ七作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

翠碧色の虹

T.MONDEN
ライト文芸
虹は七色だと思っていた・・・不思議な少女に出逢うまでは・・・  ---あらすじ--- 虹の撮影に興味を持った主人公は、不思議な虹がよく現れる街の事を知り、撮影旅行に出かける。その街で、今までに見た事も無い不思議な「ふたつの虹」を持つ少女と出逢い、旅行の目的が大きく変わってゆく事に・・・。 虹は、どんな色に見えますか? 今までに無い特徴を持つ少女と、心揺られるほのぼの恋物語。 ---------- ↓「翠碧色の虹」登場人物紹介動画です☆ https://youtu.be/GYsJxMBn36w ↓小説本編紹介動画です♪ https://youtu.be/0WKqkkbhVN4 ↓原作者のWebサイト WebSite : ななついろひととき http://nanatsuiro.my.coocan.jp/ ご注意/ご留意事項 この物語は、フィクション(作り話)となります。 世界、舞台、登場する人物(キャラクター)、組織、団体、地域は全て架空となります。 実在するものとは一切関係ございません。 本小説に、実在する商標や物と同名の商標や物が登場した場合、そのオリジナルの商標は、各社、各権利者様の商標、または登録商標となります。作中内の商標や物とは、一切関係ございません。 本小説で登場する人物(キャラクター)の台詞に関しては、それぞれの人物(キャラクター)の個人的な心境を表しているに過ぎず、実在する事柄に対して宛てたものではございません。また、洒落や冗談へのご理解を頂けますよう、お願いいたします。 本小説の著作権は当方「T.MONDEN」にあります。事前に権利者の許可無く、複製、転載、放送、配信を行わないよう、お願い申し上げます。 本小説は、下記小説投稿サイト様にて重複投稿(マルチ投稿)を行っております。 pixiv 様 小説投稿サイト「カクヨム」 様 小説家になろう 様 星空文庫 様 エブリスタ 様 暁~小説投稿サイト~ 様 その他、サイト様(下記URLに記載) http://nanatsuiro.my.coocan.jp/nnt_frma_a.htm 十分ご注意/ご留意願います。

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

どうってことないさ

原口源太郎
ライト文芸
ある日突然、久幸は恋人の菜々実から二人の関係を終わりにすると告げられる。その日を境に、それまでの幸せだった日々が反転する。気丈に振舞い続ける久幸だったが・・・・

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

せやさかい

武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
父の失踪から七年、失踪宣告がなされて、田中さくらは母とともに母の旧姓になって母の実家のある堺の街にやってきた。母は戻ってきただが、さくらは「やってきた」だ。年に一度来るか来ないかのお祖父ちゃんの家は、今日から自分の家だ。 そして、まもなく中学一年生。 自慢のポニーテールを地味なヒッツメにし、口癖の「せやさかい」も封印して新しい生活が始まてしまった。

二兎に追われる者、一兎に絞るのは難しい。

イカタコ
ライト文芸
 ある日突然、ごくごく普通の高校生・石口至のもとにクラスメイトの今見まみが泊まることとなる。  その数日後、至とクラスメイトの相坂ミユは、至とまみの関係を疑うようになり、急接近する。  その後に知り合ったミユの姉、マヤによって関係はさらに捻じれてゆく。  果たして、至は最終的にまみとミユのどちらを選ぶのか? それとも、違う女子に目移りしてしまうのか?  日常かつドロ沼なラブコメここにある。

処理中です...