上 下
27 / 48
第五問 ガウチョは何語? ~クイズ番組研究部の休日~

来住レコード店

しおりを挟む
 聞き覚えのある曲が、CDショップから流れてきた。
 これ、アニソンだよな。

 曲につられて僕は足を進める。

「あ、あれって……」

 CDコーナーに見知った人影が。

「ああ、晶ちゃんじゃないの」

 やなせ姉だ。

 よかった。これで会話が保てる。

「やなせ姉も、遊びに来てたんだ」
「うーん。どっちかって言うと、査察かしら?」
「査察、ですか」

 嘉穂さんが首をかしげる。
 
「だってこのお店、来住家の物件だから」

「あ、そうだ。ここって」

 いったん店を出て、僕は壁面看板に目を移す。
 
『kiss me record』というのが、この店の正式名称だ。

「元々ミュージシャンだったんだよね」

 来住やなせ姉の両親は、同じバンドメンバーだった。

 現在、父親がレコード店の経営者だ。
 母親はアニメの作曲を担当している。

 店の中で流れている曲も、やなせ姉のおばさんが作った曲だ。
 やなせ姉の音楽に対する強さは、音楽家系であることも関連しているのかも知れない。
 
「どんな感じ?」
「ぼちぼちね。最近、配信サ―ビスが充実してるでしょ? 売り上げは微妙ね。音楽自体はレベルが高いから、興味は持ってくれてるんだけど」

 やなせ姉が、世知辛くしんみりとした意見を述べる。

「昔から、楽器方面は売れているんだけど」
「楽器もお売りになってらっしゃるんです?」
「そうよ。元々そっちが本業だもーん」

 来住楽器店と言えば、全国の学校に軽音楽用の機材を提供している老舗だ。
 
「ところで、晶ちゃんたちもデート?」
 
 容赦のない発言が、やなせ姉の口から飛んできた。

「デッ、デ……ッ!」

 嘉穂さんが、顔に火が出る程になる。

「ちちち、違うよ! そういうんじゃなくって、これは取材だから!」

 僕が弁解すると、嘉穂さんがシュンとした。どういうわけだ?

「やなせ姉は、ここに用事があったの?」
「欲しいCDがあったから。古いCDなんだけど」

 やなせ姉が買おうとしていたのは、映画のサントラだ。
 
「ヴァンゲリスだね?」

「……?」

 嘉穂さんは、よくわかっていないようだ。

「日韓共同ワールドカップのテーマ曲を作った人だよ」

 説明してみたが、ピンとこない。

「私の母が、『南極物語』を見に連れて行ってもらったらしいけど、そのテーマ曲もヴァンゲリスが作ったの」
「南極物語は、わたしも見たことがあります。あの曲を作ったグループなんですね」
「そうそう。他には、これね」

 やなせ姉は、買ったばかりのCDを二つ、僕たちに見せてくれた。

『炎のランナー』と、『ブレードランナー』である。

「これ、同じ年に公開された映画のサントラなんだけど、よく見てね」

 何の変哲もないCDだが。

「あ、制作年が」

 二つの違いに気付いたのは、嘉穂さんが早かった。

「あれ、制作年が、一〇年近く離れてる。同じ時期に公開されたって言わなかったっけ?」

「そうなの。どっちも一九八二年に公開された映画なんだけど、ブレードランナーのサントラは、一九九四年にリリースされているの。当時、他の活動とは異なる音楽性で作ったからって、サントラ発売を拒否したんだって」

「へえ、知らなかった」

 これは、クイズとして使えるかも知れない。

「ありがとう、やなせ姉。何か、ヒントになりそうな気がしたよ」
「そう? そういってくれると、こっちも教え甲斐があるわね。そんな事より、晶ちゃん?」

 僕は、やなせ姉に腕を取られ、引きずられる。
 柱の脇まで連れてこられ、耳打ちされた。

「あのねえ、いくら間が持たないからって、他の女に頼っちゃダメ! デートなんでしょ?」

 とんでもないことを、やなせ姉がさらっと言う。

「だから違うって!」

 なんで女の子と二人で歩いているだけで、そんな誤解をされなきゃいけないんだ?

「嘉穂ちゃん、退屈そうにしてるわよ?」
「それは思ってた。リードなんて難しいよ。下手にクイズの話なんてできないし」
「何でもいいの。自分から話しかけなさいっ」

 やなせ姉に背中を押され、僕は嘉穂さんの元に戻った。

「あの、来住先輩にお伺いしたいことが」
「なにかしら?」
 
「先ほど、晶太くんたち『も』、と仰っていましたが、来住先輩はデートなんですか?」

 嘉穂さんが突っ込んだ質問をした直後、解答となる人物が姿を現す。

「やなせさん、カナル型ヘッドホンって、これでいいのか?」
「うん。いいわね、慶介君。これにしましょう」

 やなせ姉が、僕のよく知る男子生徒と、スポーツ用イヤホンについて相談している。
 高校生にしては妙にマッチョすぎる体型で、オス臭さが全開の人物だ。

「あ、れ……? 西畑くん?」

 嘉穂さんが、やなせ姉と慶介を交互に指差す。

「晶太と、津田さん? こんにちは」

 照れくさそうに、西畑が挨拶をする。
 状況を把握できないのか、嘉穂さんはアタフタした。
 
 あ、そうか。みんな、やなせ姉の婚約者が誰か知らなかったな。

「やなせ姉、紹介してあげて」
 
「はーい。私の婚約者、西畑慶介くんでーす」

 やなせ姉が、慶介に手を差し出す。
 慶介は「どもっす」と、大げさに頭を掻く。

「ええええええええ!?」

 予想通りの驚き方だ。

「あ、そうだ。慶介」

 僕は、慶介だけを呼び出す。

「どうした、晶太?」
 
「あいつに会った」

 言葉詰まらせがちで、僕は報告した。

「ああ、俺も見かけた。話しかけられる空気じゃなかったな」
「うん……」
 
 やなせ姉が、僕達の間に割って入る。

「ちょっと男子諸君? レディを待たせて男どうして話してるんじゃないの!」

 慶介の腕を強引に引っ張り、手を振って去って行く。

「えっと、嘉穂さん、どこか行きたい場所はあるかな?」
「今のうちに、お昼にしましょう。この時間なら、きっとまだ空いてますと」

 その手があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

星降る夜の、空の下

高嶺 蒼
ライト文芸
高校卒業から10年目の同窓会。 見知らぬ美女が現れてざわめく会場。 ただ1人、主人公だけはその美女が誰か気が付いて、驚きに目を見開く。 果たしてその美女の正体とは……? monogataryというサイトにて、「それ、それずーっと言って欲しかったの 」というお題で書いた短編です。

俺と向日葵と図書館と

白水緑
ライト文芸
夏休み。家に居場所がなく、涼しい図書館で眠っていた俺、恭佑は、読書好きの少女、向日葵と出会う。 向日葵を見守るうちに本に興味が出てきて、少しずつ読書の楽しさを知っていくと共に、向日葵との仲を深めていく。 ある日、向日葵の両親に関わりを立つように迫られて……。

同人サークル「ドリームスピカ」にようこそ!

今野ひなた
ライト文芸
元シナリオライターのニートが、夢を奪われた少年にもう一度元気を出してもらうために同人ゲームを作る話。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

予言者のジレンマ

オレオレ!
ライト文芸
不定期連載です もしも、100%当たる占い師に「貴方は明日交通事故に巻込まれて死にます。的中率維持の為に必ず外出して下さいね」と言われたら的なはなしです

処理中です...