カスハラ客を追い出してクビになったオレを、クラスのお嬢様が雇ってくれた。雇用条件は、彼女のオタ活を充実させること

椎名 富比路

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第一章 ビジホでバイトしていたら、クラスのお嬢様がオーナーだった。

第4話 万能秘書による、豪華なランチ

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「ウフフ。戦利品ですよー」
 
 有効な武器と防具を手に入れて、黄塚コウヅカさんはウキウキしている。だがすぐにハッとして、スマホをチェックした。
 
「あの、えっと。八代ヤシロさん。初日でいきなりフルタイム雇用なんですが、問題ありませんか?」

 申し訳なさそうに、黄塚さんはオレに聞いてくる。

「別に、大丈夫だ。気にしないで」

 前に勤めていたコンビニも、そんな感じだったし。

「ならよかったです。ではさん。少し休憩しましょう。お昼ごはんができたそうなので」
 
 それより、と、黄塚さんはモジモジと体をよじる。

「さっきはすいません。下の名前で呼んじゃって」
 
 ようやく、気づいたか。
 
 オレのキャラが死んだとき、黄塚さんはおもいっきりオレを、「ノブロー」と呼んだ。キャラ名の「モブロー」ではなく。

 あんときは、オレもドキッとしたが。

「あの。もし差し支えなければでいいので、今後も下の名前で呼んでしまっても」

「構わないって。そんなに気を使わなくても」

 周りもそんな感じだから、別にいいと思う。
 
「わたしのことも、黄塚ではなく、萌々果モモカとお呼びください」

 それは、こっちが死んでしまいそうだ。

 まだ家の中だからいいものを、外でそんな発言したら、間違いなくオレは殺されちまう。

「さすがに図々しすぎる」

「いいですよ。この部屋だけでも。お願いっ」

 なんか、急に黄塚さんが幼くなったぞ。

「じゃあ、萌々果さん」

 おおお、破壊力がヤバい。
 幼なじみの莉子リコとかなら、異性だって意識しなくて呼べるのに。
 ほぼ初対面の女子を下の名前で呼ぶことが、こんなにも背徳的だとは。

「……ウフフ。ウフフフ。ノブローさん、ウフフ」

 なにが面白いのか、萌々果さんがクスクスと笑う。

「萌々果さん?」

 オレは、首をかしげた。

「あ、失礼しました。お食事にしましょう」

 萌々果さんが、席を立った。
 
 キッチンは、隣の部屋にあるという。
 この部屋は支配人室であり、水場も浴室もトイレも完備してある。やろうと思えば、日常生活も可能らしい。マジで大家さんの部屋じゃん。

「お待ちしておりました。冷めないうちにどうぞ」

 黒髪ショートカットの女性が、エプロン姿でキッチンに立っていた。萌々果さんと話しながら、メガネを直す。秘書さんかな? それか、メイドさんか。

「ありがとうございます、真庭マニワさん。いつもおいしそうなお食事を」

「もったいないお言葉」

 萌々果さんに褒められて、真庭と呼ばれた女性が頭を下げた。
  
「えっと」
 
「ご挨拶が遅れました。私は萌々果様の秘書で、真庭マニワといいます。お見知りおきを」

八代ヤシロ 信郎ノブロウです。ご丁寧に、どうも」
 
 真庭さんともども、頭を下げ合う。
 こういうときに、名刺交換とかするんだろうな。あ、するのは萌々果さんとか。

「では、ご賞味ください」
 
 テーブルの上には、とんでもない昼食が待っていた。

「エビフライ、アジフライ、チキン南蛮。うまそ!」

「普段は和食中心なのですが、殿方がお見えになるというので、揚げ物をメインといたしました」

「お気遣い、ありがとうございますっ。うわああ、マジでうまそうだな」
 
 オレは、目を輝かせる。
 
 特に、タルタルソース様の扱い! タルタルソースが、山盛りで別皿! ファミレスだと、普通かもしれない。が、弁当でこれをしようとすると別料金を取られるのだ!
 
「つけ放題ですので、安心して塗りたくってくださいませ」

「ありがとう。雇ってくれて」

 オレは手を合わせて、いただきますをする。

 タルタルをお玉ですくって、アジフライにドバッと。
 それをガブリとかじる!

「うまい……」

 ため息といっしょに、アジフライを噛みしめた。

 大量のタルタルをつけて、アジフライを食うのが夢だったのだ。

「さくふわ!」

 語彙力が消滅する。
 オレはもう、アジフライを噛みしめるだけの機械になっていた。
 
 エビフライも、同様にタルタルを。

「もちふわ!」

 ここでも、語彙力が消え去る。

 プリップリのエビが、オレの口の中で弾けた。
 ああもう、幸せの味しかしない。

「チキン南蛮も、てりやきソースとタルタルが絡んで最高だな」

 ゴハンが止まらない。南蛮のてりやきと白米の相性は、最高なんだよなあ。

「毎日こんな豪華なのを、食べてるのか?」

「いえ。ノブローくんが来るときだけですよ」

 普段は、雑穀米のおにぎりと味噌汁だけですませるという。
 
「マジかよ」

 もっと、ぜいたくな生活をしていると思っていたぜ。

「実物のお金持ちっていうのは、コミックに出てくるような非常識者ではありません。ファストフードを食べたことがないとか、コンビニのおにぎり開けられないとか、カップ麺を見たことがないなんて、ありえません。ちゃんと食べ方もわかりますし、食べられます。町中華だって、おいしいと聞けば入るんですよ」

 真庭さんが、そう補足してくれる。

 富裕層って案外、食費や服飾には金を使わないという。
 健康的な生活を心がけており、質素倹約。身体の維持に最も投資する。
 
 コンビニやファストフードは、必要に応じて使うらしい。

 たしかに、世界一の実業家が一番好きな食い物は、ハンバーガーとコーラだって言うしな。
 
「富裕層が潤沢に食費を使うときは、友人との会食や、従業員たちをねぎらうときくらいですよ」

 さらに、真庭さんが付け加えた。
 
「ああ、テレビで見たことあります。普段は奥さんと焼いたメザシしか食わねえ社長が、部下をクルーザーに招待して職人の握った寿司を振る舞うシーン」
 
「そうでしょう。あれこそ、真の富裕層の姿です」

 なるほど。船のシーンを見ただけの人が、金持ちの姿を勝手に妄想してるんだろうな。
 
「現に『ぽーしょん!』のマギちゃんって、私服はダサかったでしょ?」

「たしかに。家でも変T着てるし。どうしてなんだろうって思ってた」

 友だちに合わせているんだろうなと、考えていたのだが。

「あれこそ、富裕層の日常です。高い服やアクセを身につけて高級車を乗り回すイメージは、成金の姿です。本物の金持ちを知らない階層に向けた、誇張に過ぎません」
 
 この人のほうが、オレよりオタ知識に詳しくねえか?

「真庭さんって、オレより知識が豊富じゃないですか。真庭さんが萌々果さんのお世話をすれば」

「萌々果お嬢様が晩年ぼっちになって、『デュフフ』と一人で笑いながらPCにへばりついて、インターネット老人会に興じているいる未来をご消耗でしたら」
 
「オレにやらせてください」
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