7 / 11
お茶漬けASMR
しおりを挟む
「大丈夫ですか、サライ会長。顔色悪いですよ」
「どうってことないわよ。みんながんばっているのに、私だけ寝ていられないわ」
確かに、日頃の激務と弁当作りで、ハードモードである。文化祭の準備も佳境に入り、アチコチでトンカチの音が聞こえてきた。
今が正念場である。みんなには、英気を養ってもらわないと。
しかし、疲労が蓄積しているのも否めなかった。身体は正直だ。今朝鏡をみると、目の下にクマができていたし。
今日は、おにぎり弁当だ。ほうれん草のおひたしとキクラゲ入り酢の物、焼いたシャケの切り身とお新香が入る。なぜ香の物メインなのか。それは、おにぎりに込められている。
『見てなさい。最高の仕掛けを用意したわよ』
作戦は、今のところ順調である。
サライの思惑など知るよしもなく、タケルは漬物を奥歯でコリコリと砕く。
香の物が放つ咀嚼音は、やはり格別だ。
「おいしいです。いつもすいません」
「いいのよ。今日はサッパリしたモノで攻めたわ。毎回油っぽいモノだと、どれだけ若くても疲れてしまうわ」
アジフライやフライドチキン、ミンチカツと、少し揚げ物が続きすぎた。そこで、今日は趣向を変えている。
サライは張り切りすぎていた。日頃から頭を使いすぎていると、自覚できるくらい。しかし、文化祭が近い以上は妥協できない。
用意したのは、プラスチックの耐熱茶碗だ。
「これに、白いおにぎりを入れてちょうだい」
「はい。こうですか?」
タケルが、真っ白なおにぎりを茶碗に載せる。他のおにぎりと違って、これには塩味すら付けていない。
「OKよ。ここに、ふりかけをサラサラと入れて」
サライが、白米に市販のふりかけをまぶす。
「この後、白湯を注げば」
ふわっとしたお茶の香りが、部屋中に広がる。
「わあ、お茶漬けだ!」
サライが用意したのは、お茶漬けだった。味のないおにぎりをわざわざ用意したのは、お茶漬けにするためである。
「わーい。いただきます!」
タケルはサラサラと、熱々のお茶漬けをノドへ流し込む。
「これ、一度やってみたかったのよ」
お茶漬け海苔メーカーの公式HPで見たCMを、再現してみたかったのである。熱いお茶漬けを男性がハフハフ言いながら食べる姿は、衝撃だった。あれこそ飯テロといえる。
今まさに、タケルがその状態だ。
「焼いたシャケも載せてみて」
焼き鮭がお茶漬けの中で解れて、白米と混ざり合う。それをタケルは、豪快にすする。
「うわあ、味が優しくなりました! なんか今日の鮭って塩辛かったなって思っていたら、お茶漬け用だったんですね?」
「そうよ。鮭の塩加減がお茶漬けに溶けて、辛味が薄まるの」
鮭児のような、塩漬けの高級魚をぜいたくに使う手もあった。まさに茶漬けにうってつけの。しかし、お茶づけ海苔の味が死ぬと思ってやめた。お弁当はチープに、しかし愛情込めて。これが、サライのモットーだったから。
「チューブわさびもあるけど、どうなさる?」
「ぜひ!」
わさびが入ると、タケルは「くぅ~」と呻きながら、更に食べるスピードを増した。
「ふう、ごちそうさまでした」
もう秋も深いというのに、タケルは汗を拭いている。
「いつもありがとうございます。あの、毎回お弁当を作ってきてくれていますが、アテにしてしまっていいのでしょうか」
「お気遣いは無用よ。私は咀嚼音を聞くために、しているだけなんだから。自分の欲求に従っているだけよ」
日頃の激務で、サライはストレスがたまっている。正直、限界も近い。ただでさえサライは、後期生徒会長の引き継ぎがあった。そこに文化祭の準備である。
極上のASMRが聴けるなら、弁当を作るくらいどうってことない。
「私の弁当作りに、他意はないわ。あくまでも、あなたの咀嚼音に興味があるの」
たき火や川のせせらぎは、どこでも聴ける。なんなら、ゲームで発せられる「銃のマガジンをチェンジする音」でさえ拾ってくるくらいだ。
作る音でさえ、サライにとって極上の音である。
しかし、人の咀嚼音までは千差万別だ。タケルほどの音を出せる人だって、ネット上には溢れていた。サライは、家族にも料理を作ることも多い。家族も、自分のメニューをおいしいと言ってくれている。
それでも、タケルは別なのだ。タケルには、人をゾワゾワさせる何か特別なモノがある。サライは、それを感じ取りたい。自分の料理を食べて、タケルが食べてくれる。
「私は、あなたがおいしそうに食べている姿を見ているのが好きなの。勝手にやっているだけよ。気にしないでちょうだい」
「気にしますよ! サライ会長、今日は特に具合が悪そうだし」
そんなに心配されるほど、ひどい顔をしているのか?
「大げさよ。早く、授業、に」
椅子から立ち上がった瞬間、強烈な立ちくらみに襲われた。
「会長!」
床が目の前まで迫ったとき、誰かに身体を抱き留められる。きっとタケルがキャッチしてくれたのだろう。
「大丈夫ですか会長? サライ会長しっかり!」
『ああ、耳元でささやく声も素敵』
意識を手放しつつ、サライが思っていたのは、こんな感情だった……。
「どうってことないわよ。みんながんばっているのに、私だけ寝ていられないわ」
確かに、日頃の激務と弁当作りで、ハードモードである。文化祭の準備も佳境に入り、アチコチでトンカチの音が聞こえてきた。
今が正念場である。みんなには、英気を養ってもらわないと。
しかし、疲労が蓄積しているのも否めなかった。身体は正直だ。今朝鏡をみると、目の下にクマができていたし。
今日は、おにぎり弁当だ。ほうれん草のおひたしとキクラゲ入り酢の物、焼いたシャケの切り身とお新香が入る。なぜ香の物メインなのか。それは、おにぎりに込められている。
『見てなさい。最高の仕掛けを用意したわよ』
作戦は、今のところ順調である。
サライの思惑など知るよしもなく、タケルは漬物を奥歯でコリコリと砕く。
香の物が放つ咀嚼音は、やはり格別だ。
「おいしいです。いつもすいません」
「いいのよ。今日はサッパリしたモノで攻めたわ。毎回油っぽいモノだと、どれだけ若くても疲れてしまうわ」
アジフライやフライドチキン、ミンチカツと、少し揚げ物が続きすぎた。そこで、今日は趣向を変えている。
サライは張り切りすぎていた。日頃から頭を使いすぎていると、自覚できるくらい。しかし、文化祭が近い以上は妥協できない。
用意したのは、プラスチックの耐熱茶碗だ。
「これに、白いおにぎりを入れてちょうだい」
「はい。こうですか?」
タケルが、真っ白なおにぎりを茶碗に載せる。他のおにぎりと違って、これには塩味すら付けていない。
「OKよ。ここに、ふりかけをサラサラと入れて」
サライが、白米に市販のふりかけをまぶす。
「この後、白湯を注げば」
ふわっとしたお茶の香りが、部屋中に広がる。
「わあ、お茶漬けだ!」
サライが用意したのは、お茶漬けだった。味のないおにぎりをわざわざ用意したのは、お茶漬けにするためである。
「わーい。いただきます!」
タケルはサラサラと、熱々のお茶漬けをノドへ流し込む。
「これ、一度やってみたかったのよ」
お茶漬け海苔メーカーの公式HPで見たCMを、再現してみたかったのである。熱いお茶漬けを男性がハフハフ言いながら食べる姿は、衝撃だった。あれこそ飯テロといえる。
今まさに、タケルがその状態だ。
「焼いたシャケも載せてみて」
焼き鮭がお茶漬けの中で解れて、白米と混ざり合う。それをタケルは、豪快にすする。
「うわあ、味が優しくなりました! なんか今日の鮭って塩辛かったなって思っていたら、お茶漬け用だったんですね?」
「そうよ。鮭の塩加減がお茶漬けに溶けて、辛味が薄まるの」
鮭児のような、塩漬けの高級魚をぜいたくに使う手もあった。まさに茶漬けにうってつけの。しかし、お茶づけ海苔の味が死ぬと思ってやめた。お弁当はチープに、しかし愛情込めて。これが、サライのモットーだったから。
「チューブわさびもあるけど、どうなさる?」
「ぜひ!」
わさびが入ると、タケルは「くぅ~」と呻きながら、更に食べるスピードを増した。
「ふう、ごちそうさまでした」
もう秋も深いというのに、タケルは汗を拭いている。
「いつもありがとうございます。あの、毎回お弁当を作ってきてくれていますが、アテにしてしまっていいのでしょうか」
「お気遣いは無用よ。私は咀嚼音を聞くために、しているだけなんだから。自分の欲求に従っているだけよ」
日頃の激務で、サライはストレスがたまっている。正直、限界も近い。ただでさえサライは、後期生徒会長の引き継ぎがあった。そこに文化祭の準備である。
極上のASMRが聴けるなら、弁当を作るくらいどうってことない。
「私の弁当作りに、他意はないわ。あくまでも、あなたの咀嚼音に興味があるの」
たき火や川のせせらぎは、どこでも聴ける。なんなら、ゲームで発せられる「銃のマガジンをチェンジする音」でさえ拾ってくるくらいだ。
作る音でさえ、サライにとって極上の音である。
しかし、人の咀嚼音までは千差万別だ。タケルほどの音を出せる人だって、ネット上には溢れていた。サライは、家族にも料理を作ることも多い。家族も、自分のメニューをおいしいと言ってくれている。
それでも、タケルは別なのだ。タケルには、人をゾワゾワさせる何か特別なモノがある。サライは、それを感じ取りたい。自分の料理を食べて、タケルが食べてくれる。
「私は、あなたがおいしそうに食べている姿を見ているのが好きなの。勝手にやっているだけよ。気にしないでちょうだい」
「気にしますよ! サライ会長、今日は特に具合が悪そうだし」
そんなに心配されるほど、ひどい顔をしているのか?
「大げさよ。早く、授業、に」
椅子から立ち上がった瞬間、強烈な立ちくらみに襲われた。
「会長!」
床が目の前まで迫ったとき、誰かに身体を抱き留められる。きっとタケルがキャッチしてくれたのだろう。
「大丈夫ですか会長? サライ会長しっかり!」
『ああ、耳元でささやく声も素敵』
意識を手放しつつ、サライが思っていたのは、こんな感情だった……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
銀髪美少女JKの清楚で無口な昼と変態で囁く夜
黒兎しろ
恋愛
俺は中学2年生の頃からASMR配信にハマっていた。まさかそれがこんなことになるなんてな⎯⎯⎯......
浅村高校に入学した俺は、初日から銀髪で琥珀色の目をした美少女、雪本 雪菜と出会う。
彼女は、周りから一目置かれていて、見た目のクールさと男のような低い声からクール系お嬢様JKの高嶺の花のスクールカーストトップに君臨していた。
そんな中、ひょんな事から、雪本 雪菜の地声を知り、絶対声感を持つ俺は気づいた。
あの誰も寄せつけないクール系お嬢様JKの雪本 雪菜の正体は、俺の一番好きなASMR配信者 星霜 冷だったのだ⎯⎯⎯!
これは、からかわずにはいられない。
俺だけが彼女の正体を知っている。
しかしまだまだ、彼女の秘密はこんなもんじゃなかった。俺はこれから知っていき、そして彼女に恋をすることになる。
もう一度言う、最初はこんなことになるなんて、思いもしなかった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる