ASMR系男子と、餌付け姫 ~音フェチの生徒会長が、咀嚼音に定評のある男子副会長に毎日お弁当を作ってあげる~

椎名 富比路

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ASMR系男子と、筑前煮

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「はい、どうぞ」
 サライは、約束通り弁当を渡す。

 クラスが違うので、渡すのは生徒会室だ。
 
 メインは筑前煮で、他はプチトマト、チーズちくわである。
 卵焼きはやめた。塩味と砂糖味のどちらがいいか聞き逃したからだ。
 結局、ネギとツナ入りスクランブルにしてある。

「ありがとうございます。何もしなくていいのですか?」
「いいから食べなさい。というか、食べるところを私に見せなさい」
「は、はあ」

 困惑気味に、丈留タケルは「いただきます」と手を合わせた。

「おいしい?」
 頬杖をつきながら、サライはタケルに尋ねる。

「んっ、めっちゃおいしいです!」
 ゆっくりと咀嚼しながら、タケルは顔をほころばせた。

「筑前煮って、大好きなんですよ。もぐもく」
 タケルがゴボウをコリッをかじる。

『あびゃ~』

 レンコンが、タケルの口内でゴリゴリほころんだ。

『むひょ~』

 根の野菜ばかりで味気なくなったのか、タケルは鶏肉へと箸を延ばす。

 ムチュウ、と鶏肉がタケルの中で弾けた。

『うっとり』

 最高の気分だ。こうして、食事風景に定評のある男子を独占できるとは。

「そんなにおいしい?」
「はい。堅さが絶妙です」

 そうだろう。歯ごたえと柔らかさを両立させるため、研究したのだ。

 ASMRを追求するなら、少々固めの食材がいいだろう。
 かといって、おいしさが損なわれてしまえうのは避けたかった。
 タケルが色々と言い訳をして、自分の弁当から遠ざかってしまうかもしれないから。

 うまくて音が出やすい料理として、筑前煮に辿り着く。
 味付けが古風な彼にはぴったりだろう。

 おかげで寝不足である。
 奇跡的に早起きできた自分を褒めてやりたい。
 おかげで、このような奇跡場面を味わえるのだから。

「昨日のおうどんが関西風のお出汁を使っていたでしょ? 薄味が好きなのかなって」
「全体的にサッパリしていて、何より香りからして茶色くないのがいいです」
「よかったわ。茶色いお弁当の方が好きだったらどうしようかと」

 普段、サライは茶色い弁当を作らない。
 味がばらついたり栄養が偏ったりしないよう、カラフルにまとめる。
 スマホの料理サイトは毎回視聴し、手を抜かない。
 すべては自分がおいしく食べるため。でも……。

「そんなにおいしく食べてくれるなんて。たいらげるクンの名は伊達じゃないわね」
「僕は衣良イラ 丈留タケルです。それはそうと、お料理上手なんですね?」
「やらされるのよ。家訓で」

 サライは自分の弁当しか作らない。
 その代わり、好きなモノを入れていいことになっている。

「自分のことは自分でやる」、これが枇々木ヒビキ家の掟だから。

 よって父も、弁当は自前だ。毎回茶色く、ほとんど外食で済ませるが。

 筑前煮がメインディッシュなので、どうしても茶色くなりそうな所は、カラフルふりかけおにぎりでごまかした。

 作りすぎてしまうボリュームと重さは、自分の量を減らすことで補う。
 腹一杯にする習慣がないので、ちょうどよかった。

「ごちそうさまでした。こんなに凝った料理って、ウチでも出ないので助かりました」

「いえいえ。こんなものでよければ、いつでも作ってあげるわ」
 空になった二つの弁当箱を、サライはポーチに包む。

「いつもなんてそんな。さすがに気を使います」
「そうね。だったら、今度ご馳走してくださいな。次の休みとか」
「いいですね。どこがいいです?」

 しばらくサライは思案したが、あることを思い出す。
「デパートのおうどん屋さんにしましょ。あなた、落語をやるんでしょ? 練習に付き合ってあげるわ」

「ありがとうございます。では、次の土曜、おうどんをごちそうしますよ」
「こちらこそありがとう。よろしくね」

 放課後、サライは書記の天童テンドウ 志摩シマとスーパーへ。
 明日の弁当で出すオカズを買うためだ。

「相変わらず、食生活が不規則ね」
「いいのいいの。ダイエットとか考えてないし。おいしいは正義だし」

 入店早々、志摩は買い物カゴにお菓子ばっかり詰め込む。

 サライのカゴは、丁寧に食材が並んでいた。

 タマネギと挽肉に手を出す。
 明日は手作りハンバーグにするつもりだ。チーズをインすることも忘れない。
 牛乳も買わねば。

「堅物だと思ってたサライが、人のために料理ねー。かいがいしいじゃん。カレシのお弁当を作ってあげるなんてさ」


「カレシ? あなた何を言っているの?」


 ワケがわからない。
 どういう思考をすれば、そんな理屈に辿り着くのか。

「私はただ、自分の欲求に忠実なだけよ。大好きなASMRを聞くために、彼に働いてもらっているだけなの」

「え……」
 志摩の目が、刺身コーナーで寝そべっているサバと同じような色になった。

「弁当を作ってあげているだけでカレシと呼ぶのなら、仕出し弁当のオバサンは誰かのカレシと言えるのではないかしら。例えばこちらの惣菜弁当を作った人とか」

 四〇〇円の値札が貼られたスーパー弁当を、サライは掴む。

「私の行いなんて、スーパーのお弁当担当がしていることと同じなの。自分の欲求を満たすために、弁当を作ってあげているだけなのよ。恋人面なんでできるわけないわ」

「その思考をしている時点で、カノジョじゃん」

「何か言った?」
「いんや。『難聴系主人公って女子にも適用されるんだな』って思っただけ」

 サライは、首をかしげる。
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