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第五話 湯けむりメイドの事件簿

『黒天』のクーゴン

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 話を聞くため、ミレイアたちはプールから上がった。

 お昼前だが、フードコートに立ち寄り食事を始める。 

「彼は世界で、『黒天』と呼ばれていたよ」

 一行に話をしながら、男爵はフライドポテトをつまむ。

 案外俗っぽい味を好むのだなと、ミレイアは思った。男爵いわく、元の世界では普通に出ていた料理だという。男爵の健康状態が気になるが、今はブレイクタイムだ。説得する雰囲気でもない。

 焼きそばを食べながら、アメスは目だけを男爵に向けている。

 男爵の言葉に、イルマが反応した。

「黒点って、ほぼ魔王って言ってもおかしくない存在じゃないですか⁉」
「そんなにスゴい相手なんですの?」
「世界の半分近くを治めていた、ブラックドラゴンのことです。多くの勇者を返り討ちにしたそうですよ」

 彼によって倒された兵隊や勇者は、数え切れない。

「今でこそ彼は、ボクの聖獣としてそばにいてくれている。しかし、最初は彼が一番厄介な相手だったんだ」

 男爵が戦った中でも、魔王の次に強かったという。

「クーゴンの生まれ故郷が、このホホヤなんだ」

 ならば、ここはクーゴンにとって古巣となる。

「彼を側に置くことは、男爵にとって不利なのでは?」
「いや。クーゴンがブラックドラゴンたちを説得してくれたんだ。人を襲わないようにって」

 その代わり、クーゴンは二度と足を踏み入れないと約束したが。

「よくプールの設置許可がおりましたね」
「もう敵対していないからね」

 ブラックドラゴンは現在、人類側の敵でも味方でもない。安心こそできないが、無闇に襲ってくることはないだろう。

 かつて、魔王に匹敵するほど恐れられていた魔物は現在、テーブルで一人ウイスキーを煽っている。

 ピィもアメスも、近づこうとしない。

 男爵が、クーゴンのいテーブルに移動した。互いのグラスをカツンと鳴らす。

「どうだい。せっかくだから、里帰りにでも行くかい?」

 クーゴンの、ウイスキーを持つ手が止まる。

「もう、何年経ったと思ってるんだい? 向こうも、キミに会いたがっているかもしれない」

「オレの方に、向こうに合わせる顔がありません。手土産もない」
 余裕なさげに、クーゴンは語る。振る舞いが、いつもの彼らしくない。

「キミの元気な姿が、いいプレゼントになると思うんだけどね」

「あなたのいた世界なら、そうなのかもしれません。しかし、ここは幻界アフラー。オレが行っても、追放扱いですよ」
 かたくなに、クーゴンは首を振った。

「元ヤンが故郷に錦を飾るという風習は、ゴリラも同じだと思いますが?」

「ちょっと、メイド! いい過ぎよ!」
 エリザがミレイアをたしなめる。

 だが、ミレイアにとっても、この状況は面白くなかった。
 いつもの軽口の言い合いがないのは、なんだか調子が狂う。

「あんたなりに気を遣っているんでしょうけど、今はクーゴン様をそっとしてあげましょうよ」
「ワタクシは気遣いなど!」

 やはり、本調子ではない。

「ただですね、水着姿のエリザ姫がいるのにまるで無反応とは、少しすね過ぎではありませんの?」
 腰に手を当てて、ミレイアは頬をふくらませる。

「ちょちょちょっ! あたしのコトなんていいのよ!」

「いいワケがありません。ゴリラに相手をしてもらいたいと、顔に書いてございまして」
 逃げようとするエリザを、ミレイアは強引に隣の席に座らせた。

「はいゴリラ。ヒマなんですわよね? でしたら、お嬢様のエスコートをして差し上げなさいな」
 ミレイアがエリザの面倒を、クーゴンに押し付ける。

「ああ、姫。ご気分を害されましたか」
「いえいえ! 久々に水泳なんてしたから、疲れが出ただけです!」

 この二人は、これでいいだろう。

「あんたが他人を気遣うなんて珍しいね。ミレイアっち」
 シオン博士から、ミレイアは指摘を受ける。

「別に。どうも、嫌味の一言が飛んでこないと調子が悪くて」
「どうだか。あんたも変わったんだよ」

 アメスも、シオンの意見にコクコクとうなずいていた。

「そうなんでしょうか?」
「うんうん。わたしはあんたとの付き合いは浅いけど、なんとなく性格は掴めてきたよ。なんだかんだいって、あんたは面倒見がいいから」

 どうなのだろう?

「大変です!」
 プールの支配人が、慌てた様子で駆けつけた。

「何があったのです?」
 イルマが、支配人に話を聞く。

「山にモンスターが! 倒しきったと思ったのに!」
 なんでも、観光地に向かって進軍するモンスターたちの群れが、冒険者たちによって目撃されたらしい。

「冒険者が対処していますが、数が多すぎて」

「山からと言っていましたね? どこから来たんです?」

「黒壇の山です!」

 場所を聞き、クーゴンが立ち上がった。

「ねえ男爵さま、黒壇の山って?」
「クーゴンの故郷だよ」

 ブラックドラゴンの集落が、そこらしい。

「バカな! あそこは中立を守っているはず。どこにも干渉なんてしないはずだ!」

「ですが、事実なんです。ブラックドラゴンの居住区から来ているんです!」
 クーゴンが、拳を握る。

「行ってくる!」
「待ちなさいゴリラ。ここはワタクシが」
 いきり立つクーゴンを、ミレイアはなだめる。
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