フリーター、魔王候補の集まる女子寮の大家になる

椎名 富比路

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第四章 フリーター、JKのケンカを仲裁する ~図面武闘会 激闘編~

第25話 あらぬ誤解

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 図面武闘会本戦まで、あと一日と迫っている。

「くそ。もう一本!」

 あれから数日間、ドロリィスはドナに稽古をつけてもらっていた。
 レイピアでの斬撃を、ドナは魔法障壁で防ぎ続ける。時々ヒジテツやヒザ蹴りなどを織り交ぜ、肉弾戦も盛り込んだ。殴り合いだって、言っていたからな。

「ごっふ!」

 腹にドナのヒザをもらい、ドロリィスが吹っ飛ぶ。
 かなり強烈な一撃だったようだが、ドロリィスはあきらめない。
 アンネローゼがドロリィスの動きを召喚獣にトレスさせている。二人の戦いに、割って入れないからだ。
 フィーラと昼飯の支度をしながら、オレは窓からその光景を見つめていた。

「なあ、フィーラ。今のままでもドロリィスは十分強いのに、鍛える意味があるのか?」

 オレは、隣でニンジンの皮を剥くフィーラに問いかける。

「深い意味は、ないと思います。ただ相手に無礼がないように、常に全力で挑む気持ちだけでトレーニングをしているのです」

 対戦相手のツィナーも、同じような特訓をしているはずだろうと。
 オレなんか、コンビニで強盗に遭うことを想定した訓練も、適当にこなしていたが。あんな熱心に打ち込むことって、あっただろうか?

 昼食の時間となり、オレたちは食卓を囲む。

「かなり、身を入れていたな。ドロリィス?」

「魔王ドナに稽古をつけてもらうチャンスなんて、めったにないからな」

 ドロリィスは、何度もドナに頭を下げていた。

「ドナって、魔王の中でも強い方なのか?」

「ワタシが知る限り、現存している魔王の中でも最強の一角だろうな」

 そこまで強かったのか。

「それゆえに、刺客に命を狙われることも多い。だから強くなるのは必然なんだろうな」

「マジか。そんな素振り、全然見せていなかったじゃねえか」

 ヘタをすると、オレもその刺客とやらにやられるところだったのでは?

「安心しろ。昔の話だ。カズヤが心配することはないさ」

 ドナが、シチューを口にする。

「ただいまじゃ。ああ、おいしそうなニオイじゃ」

「……ただいま。おいしそうなシチュー」 

 シルヴィアとシノブも、用事から戻ってきた。

「どうしたんだ、シルヴィア?」

 フィーラ特製のシチューを、シルヴィアは大急ぎで平らげる。そんなに慌てて、どこへいく?

「また、ユーニャちゃんが来るらしいんじゃ。もうええっちゅうのに」

 なんでも、今日の放課後に迷宮型ダンジョンを見せてくれとのことだ。卒業制作なので、ぜひとも参考にしたいらしい。

「ほいで、急いで準備じゃ。忙しくなるけん。もう夕飯はみんなで食べてんさい。アーシは、シルヴィアちゃんと向こうで買い食いするけん」

 大忙しだな、シルヴィアのやつは。

「お供します。生徒会として、ストッパーは必要でしょうから」

 アンネローゼも、せわしなくシチューを消費した。

「シノブは、どうしていたんだ?」

「要塞を作っていた」

 そりゃまた、スケールのでかい。

「その要塞ってのも、ダンジョンか?」

「移動式の要塞。スパウルブスとは及びもつかないけど、自信作で」

「がんばってるんだな」

「スパウルブスが、祖父の開発した要塞と知って。あたしも同じようなのを作りたいなって」

 しかし、宇宙に冒険者はいない。なので、地上を移動できるタイプを開発しているという。

「材料は?」

「廃材を適当に」

「待てよ」

 イカダじゃねえんだから。

「いや。シノブの廃材リサイクルは、ハンパじゃないんだ」

「ほうじゃ。アーシもシノブちゃんには助かっとるんじゃ」

 シチューを食べ終えて出ていこうとするシルヴィアまでも、立ち止まる。

「なにが?」

「シノブの手にかかると、廃材が鋼鉄よりも固くなるんだ」

「そのおかげで、ネジやら釘やら、ええのんが自作できるんじゃ。店売りよりも感情じゃけん、重宝しとるんよ」

 そんな技術を、シノブは持っていたのか。

「事実ですわ。実際、文化祭や体育祭のときは、壊れた機材などを修理してくださいます。生徒会としても、見逃せない能力ですわ」

 アンまで、シノブの能力を高く評価する。

「これが、あたしがもつ魔王の力。ガラクタに魔力を込めて、強い素材にする」

 シノブが乗っているロボ【セミマル】も、廃材をリサイクルして作成したらしい。

「けれど、ただの廃材からあんな強力なロボットを作れる原理が、スパウルブスの誰にもわからなくて、悪魔憑き呼ばわりされた」

 結果、シノブは船を無理やり降ろされたのである。

「両親がいなかったから、誰もあたしをかばってくれなかった。今にして思えば、当然と思わざるを得ない」

 ヴィル女の教職員から『魔王』と言われて、シノブは渋々納得したという。 

「やっぱり、見返したいか?」

「最初の頃は、それしかモチベーションを維持できなかった。でも、今はみんなの役に立つ開発がしたい」

 シルヴィアやドロリィスたちに支えられ、シノブは成長したのだろう。


 とはいえ、オレはフィーラの沈んだ顔が気になっていた……。
 


「カズヤさん、先日はありがとうございます」

「オレが、なにかしたか?」

「以前、ユーニャ先輩が来たとき、わたしの主張を尊重しろとおっしゃいました」

 ああ、あのことか。

「気にすることはないぜ。当然のことを言ったまでだろ?」

「それでも、うれしかったです。わたしはちゃんと、一人の個人として見てくださっているんだなって」

 それは、当然だ。

「フィーラは、一個人だろうが。自信持っていいんだ」

「ありがとうございます。カズヤさん。わたしの周りは、誰もそんなことを言ってくれなかった」

 どんな環境で育ったら、こんな自分を殺すような生き方ができるんだろう? 想像もつかない。

「オレだって似たようなもん……でもないか。オレは自分で望んで、自己主張をやめていたからな」

 没個性で、のんべんだらりと過ごしてきたオレだって、個人の意思は特にない。

 だがフィーラは、主張をいいたくても言えなかったのだろう。
 自分の意志を殺して過ごすって、どんな状況なのか。

 オレとは、環境が違う。

「実はフィーラ。お前さんが沈んでいるのを見ちまった」

「ああ、見られちゃいましたか」

「どうしたんだ? 何を考えていた?」

「シノブちゃんは、能力に恵まれているなあと。なのに、わたしは何の取り柄もなくて」

 やはり、自分は役立たずと考えていたか。

「色々、お手伝いはしているのですが。わたしには、シノブちゃんのようなすごい能力なんてないので。ただ、人より魔力が凄まじいと言うだけで、平民出身の魔王候補だと」

 コンプレックスの塊みたいな娘だな。

「少なくとも、ここではフィーラは自分のままで過ごしてくれ。大家としても、それはうれしいからさ」

「ありがとうございます、カズヤさん。それにしても、カズヤさんは民間人なのに、我々のような魔物にモテるんですね?」

「ドナからも言われたなぁ。オレは冒険者と血縁関係だから、特別な力があるとかないとか」

「例えば、どんな感じですか?」

「ああ、この館の介護施設、あるじゃん?」

 フィーラの顔が、ややこわばった。

「実はあのベッド、またおじいさんの霊が眠っていたままだったんだよな」

「ひゃあああああああ!」

 突如、フィーラがオレに抱きついてきたではないか。

「待て待てフィーラ! もういないから」

 ヴィル女が借りてくれたからか、おじいさんは安心して成仏なさった。あのまま借り手がつかなかったら、彼は今でもこの地にとどまっていただろう。

「リッチになっちゃいます! 高位のアンデッドに成長してしまいますよぉ!」

「ならないから! あれ、あんたは?」

 密閉容器が落ちる音が、オレたちしかいないキッチンにコロンと情けなく鳴り響く。

「はわわ」

「あ、ユーニャさん。どうしたんですか?」

「いえ。容器をお返し、しようと思ったのよ……はわわ」

 ユーニャさんの視線には、抱き合うオレとフィーラが。

「は、はは、ハレンチだわーっ!」



 この一件で、まさか図面武闘会に新ルールが追加されてしまうとは。
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