フリーター、魔王候補の集まる女子寮の大家になる

椎名 富比路

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第三章 フリーター、美少女魔王たちと寮の候補地を視察をする

第19話 エリートの事情

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 アンネローゼは、フードも取っ払う。見知った制服が、フードの下から見えた。

「カズヤさんのアドバイスがあったからこそ、ここまでやることができました」

 召喚士の正体は、アンネローゼである。
 それがわかったと同時に、ドナが召喚士の様子を見に来た。

「おお、アン。冒険者に、勝ったようだな?」

「はい。カズヤさんのアドバイスのおかげですっ」

 ドナからの激励に、アンもはしゃぐ。

「ちょっと待ってくれ。なんで驚かないんだ?」

「お前の方こそ、どうして召喚士がアンネローゼだと気が付かなかったんだ?」

「気が付かねえだろ、普通はよお!」

「漂う魔力のかぐわしさや清潔感などで、私なら一発でわかったぞ」

「さいですか!」

 オレは人間なの! あんたら魔族とは、作りが違うってんだよ!

「じゃあ、あんたは最初から気づいていたってのか?」

「初対面のときから、彼女がアンネローゼだというのはわかっていた。しかし事情があるから身を隠していたのだろうと、黙っていたのだ」

 まあ、お貴族様がお忍びで部屋を借りるなんて、よっぽどだよなあ。

「その事情ってのは?」

「実はわたくし、花嫁修業中の身なのです……」

 聞くと、アンネローゼは戦士としての修行を一切やらせてもらえなかったらしい。

「わたくしが幼少の頃に、弟が生まれまして。家業のすべては、弟が継ぐことになりました。わたくしは、どこか大きな魔族の元へ嫁ぎなさいと、人生が決定していたのです」

「で、あんたは納得しなかったと」

「はい。冗談じゃありません。だって魔族のお嫁さんになんてなったら、地球のゴハンが食べられないではありませんか」

 地球のメシがうますぎて、自分で作るのがアホらしくなるほどだという。

「お食事なんて、デリバリーで結構じゃないですか。地球にはおいしい料理が大量にあるのです。それを召しあがればよろしいのに、どうして殿方のために作らねばならないのでしょう?」

「ああ、なんか読めてきた。あんたがシルヴィアのところでバイトしたくない理由が」

「はい。作ったり接客するくらいなら、自分で食べちゃいたいんです。料理は食べるためにあるのですから」

 異世界にSNSがあったら、大炎上ものだよな。

「ですから、魔王として独り立ちできれば、地球滞在も許してもらえるはずだと」

「なるほどなあ」

「弟はわたくしが魔王にならないように、懸命にがんばっています。ですが、わたくしにはそれが辛くて」

 なんとか自力で、魔王としての実力を手に入れようとしていたらしい。

「ですが、見込みは甘く。わたくしの知らない間に、周りはどんどんと強くなっていました」

 ファイーファンは閉鎖的な国で、外部情報などたいして飛び込んでこない。

「そのため、わたくしは魔王候補の女子生徒たちに遅れを取りました」

 語りながら、アンはシュンとなった。

「わたくしは、一族に認められなければなりません。弟だけに負担をかけたくはありません」

「それは、問題ございません。アンネローゼ様」

 ダンジョンの外から、声がする。今のは、リューイチさんの声じゃないか。

「え!?」

 アンとともに、ダンジョンを出る。

 リューイチさんとアヤナさんが、ヒザをついてアンにひざまずいていた。

「我々は、魔王ファイーファンより雇われしもの。アンネローゼ様の成長を見守るよう、監視していたのです」

 ファイ―ファンはアンの戦いぶりを調査し、見込みがないなら国に連れて帰ろうとしていたらしい。
 魔王が、人間の冒険者を雇うとは。

「今まで騙していて、申し訳ありません」

 冒険者夫婦が語ると、アンはため息をついた。

「そうですか。わたくしは、手を抜かれていたのですね?」

「とんでもございません!」

 冒険者たちは、首を振る。

「アンネローゼ様は、見事な戦いぶりでした。こちらも徐々に押されつつあり、いずれは敗北するだろうと」

「今のアンネローゼ様は、どこで魔王をなさっても恥ずかしくないと」

 ファイーファン王国は、アンを認めてくれたようだ。

「そうですか。では、今後はファイーファンからの刺客ではなく、普通の冒険者としてまた戦ってくださいますか?」

「……よろしいのですか?」

「もちろん。言葉も崩しなされませ」

「……あんたがそこまで言うなら、喜んで戦わせもらうぜ」

 冒険者夫妻は、立ち上がった。

「いい金になるが、見張りがいるんで窮屈だったんだ。これからは、マジでいくからな」

「受けて立ちましょう」

 アンは、自信で満ち溢れている。
 もう、問題はないだろう。



 そう思っていたんだけどなあ……。


 事件は、戦闘訓練の終了後に起きた。
 アンが足の痛みを訴えるので、オレは保健室まで付き添う。

「ここのところ、本気で戦闘をしているせいか、身体がついていかず」

「ムリすんなよ。あんたは元々、戦闘向けの作りをしていないようだし」

 フィーラやドロリィスのような引き締まった体格からは、アンは程遠い。

「あれから、王国ではどうなんだ?」

「両親とも、わたくしを花嫁として送り出すのはあきらめたようですわ」

 だろうな。アンは意識が高く、その割に生活力が低い。ダンナをたてるより、自分が前に出るタイプである。周りに合わせはするが、なにかあれば真っ先に自分から発言する。

「そこまで分析なさっているとは」

「ドナのそばにいるからかな? 人を観察するのが得意になってきた」

 人間のオレから見ても、魔王向きな性格に思えた。
 良妻賢母な見た目なのに、中身は「バリキャリ」である。他人をサポートする女房役ではあるが、それは表向きの顔だったのだろう。本人が前に出たほうが、本領を発揮する。相手の弱点を知るのもうまい。

「よし。これでいいだろ……?」

 足に包帯を巻いていると、アンがオレの肩を引き寄せてきた。

「もしもし、アン?」

「わたくし、本当に結婚なんてする気はなかったのですが」

 うっとりした眼差しで、アンが見つめてくる。

「もう、結婚してもいいかなと」

 なにを思ったか、アンがオレをベッドに押し倒す。

「ダメだ、アン!」

「なにがダメですの? 我々は、あなたより歳上ですのよ? それこそ百年単位で」

 いくらオレよりずっと長い年月を生きていると言っても、相手はJKだ。

「カズヤさん、今こそ既成事実を」

「待て待てアウトアウトッ!」

 アンが、ブルーの瞳を閉じた。

 いかんっ。このままでは、大家と顧客としての枠を超えてしまう。

 しかし、相手は腐っても魔王。ただの人間に振り払えるわけもなく。 

「なにをしとるんじゃ、アンちゃん?」

 シルヴィアが、保健室のドアを開けた。

「ほらほら、やめんしゃい。ここはラブホじゃないけん」

 オレの胸の上から、シルヴィアがアンをどかす。

「ごめんなさい、シルヴィア先輩っ」

 空を飛ぶほどの勢いで、アンはオレから飛び退いた。

「よくわかったな?」
「中古スマホじゃ。廃棄処分前の古ーいスマホを譲ってもらって、あちこちに配置しとるんじゃ」

 監視カメラの代わりに、Wi-Fiで繋げているという。

「【さすてなぶる】いうてな。『そういう要素もダンジョンに取り入れなさいよー』って、学校からも言われてるんよ」

 フロアのあちこちに、スマホを設置しているそうだ。

「じゃけん、変なことせんとって」

「はい。申し訳ありません」

「思春期じゃし、暴走するのはええ。じゃが、アーシの店では勘弁して」

 ここじゃなくても、勘弁だろっ!?

「ほうじゃ。カズヤさん。ドナっちが呼んどるぞ」

『ドナっち』て……。どこまで仲よくなったんだ?

「あんたに手紙が来とるけん」

「わかった」

 ドナは、食堂にいた。

「手紙があるって?」

「カズヤ宛だ。開けないでおいた」

「どうも」

 オレはドナから手紙を受け取って、封を切る。


「おお。これは」

「どうした?」

「女子寮、いけるかもしれん」

「本当か?」

「ああ。シェアハウスでよければ」
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