フリーター、魔王候補の集まる女子寮の大家になる

椎名 富比路

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第一章 フリーター、魔王とダンジョン経営を目指す。

第3話 契約成立

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「この狭さ、音響面の整備、完璧だ。手洗いも、外付けじゃないか」

 たしかにここのトイレは、作業員用のものを用いていた。共用であるが、自分で掃除をする手間はいらない。

「値段は?」

「実は、売り物じゃない。値段設定もなにもないのだ」

「この部屋がいい。ここに決める」

 男は、かなり気に入ったようだ。変わってるなあ、異世界の住人ってのは。
 オレはヤケクソで、試しに言ってみただけなんだが。
 仕事道具をここに入れに来たドワーフが、足を止めた。

「どうしたってんだ? まだダンジョンは解体中だぜ?」

「ああ、実は」

 オレは、事情を説明する。

「というわけなんだ。さっそく、このダンジョンを使いたいって人が現れてな」

「わかった。じゃあ見繕って、こんなところかな?」

 ドワーフの大将が、ソロバンを弾く。

「これでいいか?」

 ドナが、男に値段を提示した。
 男は、うなずく。

「条件に不備は?」

「ない。バッチリだ」

 いや、居住区としてはかなりダメダメでは? キッチンも寝床もないんだぞ?
 パーカーの男性が、書類にサインをする。

「では、金を払うとしよう。だれに払えば? 魔王ドナ殿にか?」

「いや。ここにいるヤマモト・カズヤに支払ってくれ。彼がこのダンジョンの大家だ」

 オレが?

「待ってくれ。オレでいいのかよ? あんたの顧客だろ?」

「違う。お前の初めての客だ。お前が機転をきかせたおかげで、彼は我が社の不動産を買ってくれたんだからな」

 そこまで言われたら、受け入れざるを得ないな。

「オーナーのカズヤだ。よろしくな」

「わかった。ニンゲンのカズヤ。これを受け取ってもらう」

 オレの手に、召喚士は赤い棒状の宝石を握らせた。崖に刺さっていたやつだ。

「これは?」

 たしか、ドナもドワーフになんか渡していたよな。その石も、こんな形だった。

「ダンジョンポイントだ」

 ああ、ネット小説で読んだな。ダンジョンを拡張するために使う、トークンみたいなやつだろう。

「このポイントを使えば、ダンジョンのリフォームが可能になる。大事に使うといい」

 定期的に、ダンジョンポイントは提供されるという。管理するダンジョンが増えたら、マスターからさらにポイントを獲得できるらしい。

「ポイントは基本的に、ボクのようなマスターから二つもらえる。一つは換金用。もう一つはダンジョン拡張のために使うといい」

 オレはドナにお伺いを立てる。もらってもいいのかと。

「私にしてみれば、ポイントの一つや二つ、好きにしてもらってもいい」

 許可はおりた。

「換金に使うなら、私がしてやろう」

「いいのか? ありがとうな」

 普通に暮らすだけなら、ポイントを二つとも金に替えるべきだろう。
 ただ、こんな面白い生活が目の前にあるんだ。生きるためだけに、ダンジョンポイントを換金するのはもったいない。

「ダンジョンは、ポイントでも買えるのか?」

「いや。現金が必要だ」

 だったら崖を売った金は、ダンジョン購入に使うほうがいいかな。

「一つだけ、金にするぜ」

 オレはポイントを、ドナに一つだけ渡した。
 一ポイントにつき、サラリーマンの給料くらいか。これは、生活費行きだな。

「わが呼びかけに応じよ、ボーンゴーレム!」

 ダンジョンの中央に向けて、男性が手をかざした。

 ゾンビだかスケルトンだかのような魔物が、洞窟に現れる。攻撃してくる様子はない。

 この人は、召喚士か。

「よし。これでゴーレムの研究ができる。誰にも邪魔されんぞ」

 一人で、趣味に集中したかったのか。

「でも、ここってエンカウント部屋でしょ? 冒険者とかが湧き出すのでは?」

「それでいい。モンスターの訓練が目的なのだ」

「メシとかどうするんだよ?」

「そこだ。地球には、これがある」

 召喚士が、スマホを操作する。
 数分後、デリバリーのざるソバがやってきた。

「あのー。住所はここでいいんですよね?」

 バイクを崖の下に止めた女性ドライバーが、困惑している。

「よい。支払いはカードで」

「はい。まいどー」

 出前のバイクが、去っていった。
 ほうほう。もう料理は自分でせず、デリに任せるのね。
 しかし、数が多いな。聞くと、オレと魔王の分だという。

「お近づきの印に、三人分用意した。そっちにいるガイコツは、いらないんだよな? ボクはアンデッド使いだから、わかるぞ」

「はい。ワタシは魔王様からエネルギーをもらって、活動しておりマス」

 魔王の側近であるガイコツが、召喚士の呼びかけに首を縦に振った。
 しゃべるのかよ。このガイコツは。

「でも、フロなしキッチンなしだと、不便じゃないのか?」

「風呂は、回復の泉が設置予定だから、そこで入る」

 この世界の回復の泉は、大衆浴場のような扱いらしい。

「数日に一度しか入らないから、回復の泉もシャワーのみでいい」

 あんまり清潔ではないが。研究者って、そんなもんなのか?

「キッチンがないってなぁ」

「台湾のアパートだと、キッチンが元々ついてない状態で売られているぞ」

 魔王ドナが、ソバをすする。

「マジで?」

「共働きが当たり前な国だからな。料理ができる家庭の方が、台湾では珍しい。外食が基本だし、リッチ層はお手伝いさんを雇う」

 最近だと、海外どころか日本でも、キッチンなしのアパートは増えてきているとか。どうせ自炊しないなら、はじめからキッチンスペースを捨てて家賃を安くするのだという。

 召喚士は、とにかく手狭な場所を求めていた。キッチンがなくてもいいから。

「だからキッチンなしの物件を当たってみたが、どれも埋まっていてな」

 地球のデリは、いたれりつくせりだからな。キッチンなしでも、やっていけてしまう。

「電源があるから、食料の保温や保存も効く。通販やデリを利用して、過ごすことは可能だ」

 彼みたいな生活力のない人間は、自炊の方が高くつくらしい。料理するくらいなら、研究に時間を割きたいとも。

「どうやって暮らすんだ? 稼ぎとかは?」

「じきにわかる。来たぞ。いけ、ゴーレム」

 オレの後ろにある床が、せり上がってきた。

「おっとっと!」

 慌てて、オレはソバをこぼさないように前へつんのめる。
 ダンジョンの床から、ガラスの壁が出てきた。壁は、マジックミラーになっている。

「安全障壁だ。こちらの声どころか存在すら気づかれない。冒険者が」

 大男とメガネの女性が、ダンジョンに入ってきた。キャンプ用の服装やリュックを装備して、手には武器を所持している。

「彼らは?」

「あの二人は、地球の冒険者だ」 

 地球に冒険者がいるなんて、信じられん。
 ただ、女性が持っているアレ、銃だよな?

「冒険者ギルドからの依頼で調査に来てみたら、本当にあったぞ」

「ボスまで配置しているわ」

 メガネの女性が、銃を構えた。

「情報が出回るの、早すぎないか?」

「ネット社会だからな」

 そういう問題か、っての。
 もっと聞きたいことがあったが、今は二人の戦闘に夢中になってしまう。
 銃声が、ダンジョンに響き渡る。

「案外、うるせえなぁ」

 オレは、耳をふさいだ。

「本物の拳銃だからな。一般人が所持できる限界とはいえ、威力はそれなりだろう」

 あれ、ホンモノなのかよ。
 銃弾を打ち込まれ、魔物がよろめいた。
 そこに、剣士が切り込む。あの剣も、サバイバルナイフなどではなく、コスプレショップに展示されているような剣だ。

「あんなので、魔物に通じるのか?」

「通じるぞ。ホンモノの買い方は、今度教えてやろう」

 剣を受けて、魔物が消滅した。

「え、負けちまった!」

 魔物の亡骸から、冒険者がアイテムを漁る。

「おお、いい感じじゃん」

「そうね。これで一週間は暮らしていけるわ。でも、武器が壊れてしまったわね」

「しばらくは、ダンジョン探索以外で食っていかないと」

 宝石を手に入れて、立ち去る。

「終わったか。再生。ボーンゴーレム」

 冒険者が去った後、召喚士は壁に手をかざした。壁を地面へ埋める。再度、ボーンゴーレムを召喚した。

「召喚装置が見えていたのに、破壊しなかったな?」

「狩りが目的だからな。レベル上げか、財宝発掘が目的だったようだ」

 ドナが、あの冒険者を見立てる。

「地球の冒険者と戦って、データを取る。戦闘で得た資料を、我が上司である魔王に提供するそれが、ボクの仕事なのだ」

 この召喚士の仕事は、アンデッドモンスターのデータ提供だという。

「え、地球にも冒険者がいるのか?」

 知らなかった。

「各々の陣営の発展を目的に、魔物側も人間……冒険者側も動いている」

「地球にいる冒険者の目的は?」

「基本的に、調査だ」

 古代文明の発掘。地球に害をなす魔物の撃退。異世界に飛ばされた人の救出など。
 なるほど、オレのような生身の人間には、荷が重すぎる。

「なにも教わっていないんだな。善子も冒険者なんだぞ?」
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