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第一章 フリーター、魔王とダンジョン経営を目指す。

第1話 崖を買わされた

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 現代日本に、魔王城が建った。とはいえ、崖に埋め込まれているが。

 魔王の城は本来、崖の上に建っているものである。しかし、この城は崖を外壁に使用した。バルコニーや、温泉施設もある。崖のてっぺんからは、滝も流れていた。雰囲気はバッチリだ。

「見よ、カズヤ。これが、お前から買った崖から作った、魔王城だ」

 城の設計者である少女、魔王ドナ・ドゥークーが胸を張った。

「すげえ。とんでもない絶景だぜ」

「いいだろう? 崖に豪華な建物を置くのではなく、中にあった洞窟をそのまま活用した。これはマニアにウケるとな」

 ドナは経営手腕こそあるのだが、発想がやや斜め上なのである。

「まさか、崖の下に異世界の遺跡があるなんてな」

「私の住む、新しい拠点だ。ここに魔物を集め、攻略しに来る冒険者を迎え撃つのだ。いい金になるぞ」

「でも、大半は人に貸すんだろ?」

「もちろんだ。それが不動産投資だからな」

 そう。せっかく城を建てたにも関わらず、魔王ドナは住もうとしない。維持費がかかるから。

 この城には、別で魔王に住んでもらう。

「城は、お前の所有でいいぞ。私の仕事は、建築の段階で終わっている」

「いいのか?」

「お前の崖だ。はじめからお前のものだったんだぞ」

 ドナはオレに、魔王の城で使うダンジョンポイントを渡す。
 この崖は元々、オレが所持していた。冒険者をしている親戚の所有物を、買わされたのである。
 それが数ヶ月で、魔王の城として再生したのだ。
 オレはドナの元で、ダンジョン投資の仕事をしている。
 ダンジョンマスターとなって、モンスターを配置するわけでもない。魔王となって、冒険者を待ち構えるなんてできなかった。
 格安の物件を買って、ダンジョンにリフォームして、ダンジョンマスターに貸すのだ。

「カズヤよ。お前のおかげで、我がビジネスも再生できた」

「いやいや。アンタの手助けがなかったら、オレはここまで成功できなかったぜ」

 オレたちは、お互いを称え合う。

 空きダンジョンを使った投資ビジネスを、オレはドナと出会って思いついた。
 ドナがやろうとしてできなかったスモールビジネスは、オレが成立させる。

 さて、後はオレが管理している女子校の寮から、どの魔王がこの城を買うのか。
 

                                        *
 
                                 
 終わった。崖を買わされるなんて。

「絶対儲かるから!」と、俺はムリやり土地を買わされたのである。しかも格安で。とはいえ、生活費もろもろ全財産を注ぎ込まされた。
 しかし、買ったのは崖である。海もない。山奥の崖である。景色はいいが、それくらいしか取り柄がない。
 つい最近も、「夏休みに予約したホテルが、写真と違う空き家だった」なんてニュースもあったくらいだし。これも、新手の詐欺だろうか。

 親戚なんて、信じるんじゃなかった。オレに崖を売ったいとこの姐さんとは、連絡がつかない。
 売り飛ばしたくても、フリーターのオレでは、保証も何も。

「なにか、金目のものは」

 オレは、あちこちを探してみた。が、水晶のような柱が、てっぺんにあるだけ。
 これは、詰んだか? 三〇過ぎて未だフリーターなオレは、この崖から飛び降りろという、いとこからのメッセージだった、ってのか?

「おい、山本ヤマモト 加寿也カズヤというのは?」

 崖の先に靴を揃えていたら、後ろから声をかけられた。

「あっはい。オレです。って……」

 なんだ? このファンタジー感満載な魔王様は? 頭に角を生やした美少女なんて、漫画や小説の中でしか出てこないと思っていたぜ。しかも、ピンク髪とは。御大層に、真っ赤なマントまで。女子高生が、ムリして威厳を保とうとしている感じがした。かわいい。

「私の名は、ドナ・ドゥークー。魔王である。お前が、この崖の持ち主か?」

「は、はい」

 この人、マジもんか。自分を魔王という人だから、オタクか何かかな? バカにはしないが、関わりたくはないかな。
 ここは、日本だぜ? あ、日本だから、こんな格好でも許される……とかやかましいわ。
 だが、コスプレではないことはわかる。
 ミニスカブレザーにハイヒールといった、山を舐めきっている格好だ。なのに、こんな険しい山を登ってきたのである。しかも、足にはマメや靴ずれ一つすらできていない。ただものではないだろう。
 なによりその女の子が、隣にガイコツを引き連れていたからだ。標本にしては、本格的すぎる。あれは、本物のスケルトンってやつだろう。動いているし、ひざまずいている。

「うむ。山本 善子ヨシコから、聞いたとおりだな」

 ドナという魔王が、ガイコツから書類を受け取った。いとこの知り合いか。だったら、ロクなやつじゃないかも?
 魔王様が持っているの、土地の契約書じゃん。

「この崖を、買い取りたい。どうだろう?」

「ああもう、喜んで!」

 やったぜ。変人だろうが、この際構わない! 救いの神様現る!

「……いいのか? この地はもしかすると、巨万の富を得ることになるのだぞ」

 魔王ドナは、怪訝な顔をした。なんだってんだ? こんな土地が、金を生むなんて。

「オレが持っていても、持て余すだけなんで」

「そうか。では、支払いを」

 ドナが、スマホをかざしてきた。

「おう、電子決済なんですね?」

「うむ」

 魔王から催促されたので、オレもスマホを重ねる。
 ピコン、と、楽しげな音がした。

「ふー。これでやっと無一文から解放され……てえええええええええ!?」

 見たこともない数字が、ウェブ通帳に並ぶ。
 ヤバイヤバイ。こんな崖ひとつが、とんでもない額で売れたぜ。

「こんなに、いいんですか? もしかして、この崖の下に海賊のお宝とかがあって」

「そんな大層なものではない。これから建築するのだ」

 建築だって?

「まあ見ていろ。ポチッとな」

 水晶の柱を、魔王ドナは指でチョンとつく。
 崖が揺れ、ゴポゴポと大きな音が鳴る。

「なんだってんだ?」

 もう相手に敬語を使うことさえ、忘れてしまった。

「下まで降りてみれば、わかるよ」

 言われた通り、オレは地上まで降りてみる。
 崖の底に、入り口ができていた。

「こんなの、来たときにはなかったぜ?」

「さっき作った。これこそ、ダンジョンの入口だ」

 現代日本に、ダンジョンだって?

「あんたは、何者なんだ。まさか、本当の魔王だなんて言わないよな?」

「私は、どこからどうみても魔王である」

 マジものだったのか。しかし、変人という感じではない。親しみやすさが勝った。

「そうそう。名刺だけでも渡しておこう」

 ドナの肩書には、【魔王】としか書いていなかった。

「魔王がダンジョンを、現代日本に作っちまったのか」

「作ったも何も、ダンジョンなんて世界中にあるぞ」

 地球と言えど、やんわりと異世界に繋がっている。たまに、モンスターがこちらの世界に紛れ込んでくるらしい。
 そのモンスターを収容・保護するためのスペースを確保するため、ドナのような特殊な不動産屋が存在するらしい。

「いつ頃からいるんだ?」

「ずっと昔からだ。世界中にいるぞ」

 マジかよ。ファンタジーなんて、ゲームの世界だけだと思っていたぜ。

「日本を支配するつもりなのか?」

「まさか。私はただの、ダンジョン専門の不動産屋だよ」

 不動産屋だって?

「この土地も、ウチが買い取った。崖の素材と状態から、ダンジョンに適していると判断した」

「オレのことは、どこで知ったんだ?」

「善子がフリーターなお前に、金を都合してくれと言われてな。いわば、軍資金のようだ」

 いとこが?

「たしか、バイト先をクビになったとか」

「ああ」

 思い出したくもない。
 ある時オレは、なにやら化け物じみたヤツに襲われた女性を助けた。
 しかし、バイトに遅れてクビに。
 理不尽すぎるが、理由が突飛すぎて信じてもらえなかったのだ。厄介者と思われたのだろう。

「その化け物は、こちらで対処した。安心するがいい」

「え? ええええ……」

 オレが首をかしげていると、久々にいとこから連絡が。

「出ても?」

「ああ」

 ドナから許可をもらい、オレは電話に出た。

善子ヨシコ姉さん、こっちは大変だったんだからな!」

『あはは。でもカズヤ、あの崖だけど、売れたっしょ?』

「売れたけど!」

『ね? あたしの言ったとおりじゃん』

 あっけらかんと、いとこは笑っている。

『そうだカズヤ。あんた、今日からそこで世話になりな』

「オレに、不動産屋をやれって?」

『そうそう。あんたバイトクビになったところだろ? ちょうどいいじゃん。そっちで勉強しな。ドナには、そう伝えてあるからさ』

 そういって、電話が切れた。

「善子からか?」

「はい」

「おおかた、お前の就職の件だろ?」

「よく知っていますね?」

 なんか、見透かされている。

「善子から、頼まれていたからな」

 ひょっとして、全部仕組まれていたのか?
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