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最終話 百合とビートボックス

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 サオリさんは、自身の心境を語った。

「ワタクシ、親が引いたレールの上を歩くのは、うんざりしていましたの!」



 聞けば、サオリさんは二〇年先まで、未来が決まっているらしい。どの大学に入り、どの企業に就くか。婚約者まで。



 しかし、社会を知るにつれて、自分には社会のトップに立つという重要な役割があるのだと痛感させられた。



 大人になったら、自由に生きられない、学生気分でのんびり暮らすというワガママは通らないのだと。



「それなら、学生のうちに何か新しいことがしたいのです! お嬢様と呼ばれている少女たちが、誰も経験していないようなことを!」



「それが、わたしのビートボックスだってコト?」



「はい。貴女のパフォーマンスは、ワタクシの心を動かしましたの。今度は、ワタクシが皆さんのハートに、何か突き刺さるモノを打ち付けたいのです!」



 去年は、わたしがこの学園に通っていると知らなかったらしい。習い事も多く、生徒たちを気にかけてもいられなかった。



 二年のクラス替えで、わたしとクラスメイトになったことで、サオリさんは吹っ切れたという。



「天啓だ、と思いましたわ!」

 大げさだなぁ、と思うが。



「今この瞬間だけは、ワタクシは自由なんだって、自分の意志で成し遂げたのだって、叫びたいのです!」

 

 サオリさんの気持ちは、汲んであげたいと思う。



 最初、サオリさんはちゃんと、「ヒューマン・ビートボックスを教えてくれ」と言ってきた。



「ボイス・パーカッション」とは呼ばずに。



 わたしは、この二つに対して偏見はないが、ボイパ勢とビートボックス勢との間には、深い溝があったりもすると聞いたことがある。



 決して、物見遊山で頼んできたわけじゃないのだろう。




「貴女の歳でちゃんと目標があるってコトは、素晴らしいことなのですわ! 貴女のビートは、ワタクシの胸にしっかりと刻みつけられたのですから!」

 興奮した口調で、サオリさんは自分の胸をドンドンと叩く。




「サオリさんが思うほど、わたしは立派な人間じゃないよ」

 大きくため息をついて、わたしはサオリさんの手をほどく。



「やっぱり、無理でしょうか?」





「ねえ、文化祭の出し物、提出期限って今日中だよね?」





 わたしは、机から跳ね降りた。急がないと。



「筧さん?」



「わたしも一緒に出るよ。ビートボックのステージ! 二人で柄最高に盛り上げて、みんなをアッと言わせてやろうよ!」



「OKですわ、筧さん!」

 わたしは、指でサオリさんの唇を塞いだ。



「トワコ。わたしトワコだよ。サオリさん」



「はい。トワコさん!」




 こうして、特訓は一ヶ月続いたのである。



◇ * ◇ * ◇ * ◇




 夏になる直前に、文化祭は開催された。

 特訓の成果を見せるため、二人はステージへ上がる。 



 文化祭でのパフォーマンスは、大成功のうちに終わった。



 観客は満員。



 サオリさんも大したミスもせず、かといって萎縮もしなかった。最高の出来だったと言える。



 石倉さんの協力で、カッコイイポスターを作ってもらったのが、成功に一躍買ってくれた。




「思えば、長かったような短かったような気がしますわ」



 キャンプファイアーを見ながら、二人でグラウンドの隅に座る。



「そうだね。サオリさんの努力が実ったんだよ」



 サオリさんは、一人で成し遂げたのだ。わたしは、手伝っただけである。



「とんでもない、トワコさんの教えがあったからですわ」

「ありがと」



 サオリさんが、手を握ってきた。手のぬくもりが温かい。



「来年もやりましょう。今度はもっと難しい技にチャレンジしますわっ」



「うん、やろう」



 また、二人の挑戦は続く。



 しかし、わたしたちがカップルであるという説は消えなかった。



「なんでだろーね?」



 だが、サオリさんは余裕の表情だ。



「もう、鈍いですわね」

 そう言いながら、サオリさんが握る手を強めてくる。



 サオリさんの手は、夏の夕暮れよりも、キャンプファイアーより熱かった。 



(完)
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