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肉まんを買いに来ただけなのに

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「いやああああ」

 ばったりチエ先輩と会ってしまった。

「なに、どうしたシホ?」

「今日ヨレたセーターでコンビニ来ちゃったあああ!」

 完全に油断していたのだ。
 
「コンビニで肉まん買うだけだし♪」と、ヨレたセーターだけ着てコンビニに来てしまった。

 肉まんとボトルのホットコーヒーを購入するつもりが、ずっと買っている百合小説雑誌なんか立ち読みしてしまう。

「ほうほう、これはこれは。よもやよもや」

 そしたら後ろから、チエ先輩に肩を叩かれてしまったのである。

「おとなしく肉まん買って帰れば、こんなことにはああああ!」

 私は、頭をかかえてうずくまる。

「シホ、ここお店だから」
「うわあああ」
「ったく、しょうがないなあ」

 そういって、チエ先輩は私をレジまで引っ張っていく。

「ほら」

 先輩は、肉まんをもたせてくれた。
 ちなみに、先輩の分はカレーまんである。

「え、ちょっとまってください。お金を」
「いらないって。スマホ決済だし。それよりさ、一緒に食べようよ」

 私は、イートインまで連れて行かれた。
 
 そういえば、袋に包んでもらってないな。

 どうして、こうなった。

「何を読んでたん?」
 
 ミルクティーを飲みながら、先輩は聞いてきた。
 カレーとミルクティーって、合うんだろうか?
 
「小説の雑誌を」

 缶コーヒーでノドを湿らせ、どうにか言葉を絞り出す。

「公募かー。関心だな。あたしも公募向けの一本書かないとなー」

 どうやら、百合小説の「公募」枠しか見ていなかったらしい。
 私の趣向までは、バレてない……バレてないはず。

 チエ先輩も私も文芸部で、先輩はラノベ派だ。それも男の子向けの。

「先輩の書く女の子は、イキイキしていていいと思いますっ」

 まるで、先輩が作品世界の中で生きているみたいなのだ。
 冗談抜きで、「すこ」。

「へへ。ありがと。でもさ、ちょっと抜けてるコとか、カワイイよね。今度はさ、そういう女の子をヒロインにしたい」
「たとえば?」

「ヨレたセーターを着てて、想い人の前であたふたしてるような、さ」

 もしかしてバレバレなのぉ!?
 
「冗談冗談」

「なんだぁ」

「へへ。でもさ、あんたカワイイと思うんだよね。守ってあげたいカンジ」

 チエ先輩の手が、私の頭に触れた。よしよししてくれる。

「行き詰まってんだね?」

「……はい」

 実は、同じ賞に何度も落ちている。

「次はさ、あたしみたいな主人公じゃなくて、自分に近づけてみなよ。その方が、リアリティが出るんじゃないかな」
「でも、先輩みたいに引っ張って欲しいんです」
「うーん。じゃあ、普段は女の子に引っ張られてかっこ悪いけど、いざというときに頼りになる主人公、ってどう?」
「いいと思います!」

 なんだか、すごく活力が湧いてきた。
 肉まんのあったかさじゃない熱が、私のお腹に溜まっていく。

「元気出た?」
「はい。ありがとうございます」

 やっぱりいいな。

 先輩のアドバイスは、ヨレたセーターの着慣れたぬくもりに近かった。
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