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第一章

ヘドロ

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 ヘドロとかいう液状のモンスターだ。
俺はこいつあんまり好きじゃない。

俺の戦闘スタイルは殴ったり蹴ったり斬ったりといったものだ。
こいつと戦う場合、どれをやっても汚れる。

それにヘドロにはあまり物理攻撃が効かない。
こいつに有効なのは魔法による攻撃だ。

よし。
パーティーメンバーに任せよう。
俺は一歩後ろに下がった。

リーダーが少し慌てながら、ぎこちない指示を出した。
「リサは僕と一緒に前に出て! ランは……ちょっと待機! シラネさんは……なんかいい感じに動いてください!」

リサは剣で戦う娘で、ランの方は魔法でサポートなり回復なりする娘だ。
リーダーは剣も魔法もいけるらしい。

先陣を切ってリーダーがヘドロに斬りかかった。

「ウェエ! オエェエ!」

ヘドロが気色悪い呻き声を上げた。
ダメージはあまり与えられなかったようだ。
ゆらゆらと揺れながら反撃してきた。

リーダーに向かってヘドロが生乾きのタオルみたいな臭いがする玉を吐き出す。

「うわぁ! 危なっ!」
リーダーはそれをコミカルな動きで避けたが、それにより後ろにいたランに攻撃が向かった。

ランは反応が鈍く、直撃した。
「くっさ! なにこれ最悪! オェエエ!」
「あぁ! ごめん! 僕が避けたばっかりに」
リーダーがランの方を振り返って謝ったのと同時にリサが声を上げる。

「ちょっと! ちゃんと前見なさいよ!」
「え? ぎゃあぁ!」

リサに言われてリーダーがまたモンスターの方を見たタイミングで、リーダーの顔面に例の臭い玉がぶち当たった。

なんだこのパーティー……。
新人にしても酷いぞ。
こんな臭いだけのモンスターに大はしゃぎしている。

リーダーとランがもうダウンしてしまった。
リサだけはなかなか頑張っている。

いや、他の二人が酷すぎるから相対的にそう見えているというだけで、実際はそれほどでもない気がするが。

その後、リサがひたすらヘドロを剣でぶん殴り続けて倒した。


「はぁ……はぁ……やっと倒せた」
リサが肩で息をしながら言った。

リーダーは顔をタオルで拭きながら謝った。
「ごめんねリサ。君一人に任せてしまった」

「ほんとよ。何してんのよまったく……。ちょっとラン! いつまで不貞腐れてるの!」

魔法使いのランは服が臭くなってしまったことが余程気に入らなかったようだ。
さっきから服の臭いを嗅いでは舌打ちしている。

「それで、えーっと。シラネさん? だっけ? あなたはなんで何もしてくれなかったんですか」
リサが問い詰めるように俺に訊いた。

「あれ、言わなかったっけ。俺、マナアレルギーだから魔法とか使えないんですよ。そんでヘドロは魔法攻撃が有効だから皆さんに任せようと思って」
リサが呆れたようにため息をついた。

「あぁ……そういえば出発前にそんな冗談言ってましたね。この期に及んでまだそんなつまらないジョークを言ってなんになるんですか? マナアレルギーなんてものは存在しないですよ」
「いや、マジですって」

「ハァ……だからもういいですって。……先輩にこんなこと言うのもどうかと思いますけど、正直言って面白くないですよそれ。しかも冗談で言ってるだけならまだしも、その冗談を言い張って戦闘に参加しないなんて人としてどうかと思います。そんなだから前のパーティーをクビになったんじゃないですか?」
「ちょ、リサ! いくらなんでも失礼だよ!」
リーダーがリサを制した。

図星を突かれた俺は内心ダメージを負った。
俺があのパーティーをクビになったのは実力云々よりも、人としてのあり方に問題があったということだったからだ。

リサは肩をすくめて続ける。
「だってそうでしょ? 大体マナアレルギーなんてないじゃない。聞いたこともないわよ。それに、仮にそんなのがあったとして、それじゃあ冒険者になれるはずがない」

「まあまあ、落ち着くんだ。シラネさんにもきっと何か考えがあるんだよ」

リーダーはなんとかリサを宥めようとするが、リサは段々不機嫌になっていく。

「高みの見物するだけのこんな人と今後やっていける自信ない」

俺は頷いた。
「ですよね。まぁ幸いなことに今回はお試しで同行させてもらってるだけなので、ギルドの人には俺の方から断りを入れておきますよ。俺の実力不足でパーティーに受け入れてもらえなかったって。それでいいですか?」
「はい。そうしてください」
リサは即答したが、リーダーの方が慌てて言った。

「シラネさん! 考え直してくださいよ! 初心者パーティーにベテランの方が入ってもらえることってあんまりないんですよ。知ってるでしょう? 普通はフリーの冒険者になった場合、ギルドの方から勝手に実力が近いパーティーに入れられるんです。シラネさんみたいな人は貴重です。だから僕たちからしたらこんなチャンス逃すわけにはいかないんですよ!」

初めて知ったことだった。
「へぇー。そんな仕組みになってたんだ。あ、ってことは俺がギルドにパーティーを紹介してもらえなかったのってマーヤさんの仕業だな? ちくしょうめ」
「とにかく、どうか考え直していただけないですかね?」
リーダーは上目遣いに俺の顔を覗き込んできた。

「私は嫌よ」
リサは汚いものでも見るような目を俺に向けてきた。

「リサ! 僕たちの将来のために大切なことなんだよ? 一時の感情で判断するべきじゃない」

とかなんとか言い合っていると、ふと、もう一人のパーティーメンバーが何も喋らないことが気になった。

俺が振り返って確認しようとしたのと同時に、まさにそのランが
「わぁ!」
と、声を上げた。

咄嗟に俺たちはそちらに視線を向けた。
そして驚いた。

ランは壁の方を向いて尻餅をついていた。
そしてランの視線の先には開いた扉がある。
俺の記憶ではそんなところに扉なんてなかった。

つまりこれは隠しダンジョンへの入り口だ。
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