血のない家族

夜桜紅葉

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余談 げんじーの昔話

別れ

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……。
いつの間にか寝ていたらしい。
窓から差し込む朝日によって目が覚めた。

肩に重みを感じて隣を確認すると、彼女が寄りかかって寝ていた。

家の人間がこの部屋に入ってきたらマズイ。
そろそろ退散するべきだ。

わしは彼女を起こさないように慎重に立ち上がった。
しかし、わしという支えが無くなった彼女の体はドサッと床に崩れ落ちて、彼女は目を覚ました。

「あぁー。すまん。起こさずにしれっと出て行くつもりだったんじゃが」

「……ん。え、あれ。どちら様ですか……?」
彼女はきょとんとした顔でわしの顔を見上げた。

「なんじゃ。わしのこと覚えとらんのか。昨晩は結構飲んどったからの」

彼女はそれを聞いて、床に散らばった酒瓶やスナック菓子などに視線を移した。

「えーっと。あ、なんだか思い出せそうな気がします。昨夜私は確か……家を抜け出して公園に行きました。そして桜の上でお酒を飲んでいたと思います」
「おう」

「それから……あ、全部思い出しました。あなたは玄柊さんです」

「そうじゃ。……あんた、酒が入ってる時とシラフの時とでかなり違うんじゃな」

彼女は苦笑いした。
「すみません。お酒が入ると大胆な性格になるとよく言われます」

「ん? 待てよ。じゃあ高校の時とかはその感じで不良グループをまとめとったってことか?」
「あぁ……はい。そうですね」

「こんな感じの雰囲気の女の子にナンパしたら路地裏に連れ込まれてボコボコにされるとか、軽いホラーじゃな」

「昨日の私は随分踏み入ったことまでお話ししたんでしたね。お恥ずかしい限りです」

「……なんか違和感すごいの。昨日とは別人みたいじゃ。まぁそんなことはいいんじゃが。そろそろわしはこの家を脱出せんといかん。見つかったら大変じゃろ?」

「そうですね……。名残惜しいですが、お別れです。あ、もし良ければこれをお持ち帰りください」
彼女はまだ開けてない酒瓶を差し出してきた。

「昨日私が桜の上で飲んでいたものと同じお酒です」
「あの甘い酒のことじゃな。……弥生酒。あんたと同じ名の酒か」

「はい。これを見て私のことを思い出してくれたら、なんて」
彼女は照れくさそうに、はにかんだ。

「ありがたく頂戴する」
わしは彼女から酒を受け取った。

「またお会いしたいです」
「そのうちまた会いに来る。じゃあの、弥生やよい
「はい。さようなら。玄柊さん」

わしは新聞紙の上に置いていた草履と弥生から受け取った酒瓶を持って、彼女の部屋の窓から外に出た。


 それからわしは旅を続けながら不定期に弥生の元を訪れた。

弥生は
「月が綺麗な夜は大体あの公園で飲んでるよ」
と言っていたから、わしは夜にあの公園に行くのだが、会える時と会えない時があった。
約束も何もしていなかったからだ。

その分、会えた時はすごく嬉しかった。
そうして何度か会って酒を飲んだ。


 九月のことだった。
その日は中秋の名月で、わしは弥生がいることを確信してあの公園に向かった。

案の定、弥生は公園のベンチに座って月を見上げながら酒を飲んでいた。

「よう。久しぶりじゃの」
近づいて声を掛けると、弥生はいつものように笑顔で返事した。

「ああ。久しぶりだね玄柊」
軽く近況報告のようなことをした後、わしは切り出した。

「実はな、じじいから道場を継ぐように言われたんじゃ」
「おお。そうなのか。……あれ? ということは」

「わしの旅もそろそろ終わりじゃな」
「そう、なんだ……」
弥生はかなり動揺していた。

「あの道場はクソ忙しくての。継げば弥生に会いに来る暇が無くなると思う」
「え……」

縋るようにわしを見てくる弥生の目を真っ直ぐに見返しながらわしは続けた。

「弥生、わしと夫婦めおとにならんか?」

弥生は口をあんぐりと開けてパクパク動かしていた。

「気の合う相棒が欲しいんじゃ。一緒に来てくれ」

確かめるようにわしの目をじっと見つめ、それから穏やかに頬を緩めて弥生はこう言った。

「ああ。分かった。結婚しよう。あなたの好きなところへ私を連れて行ってください」


 駆け落ちというやつだ。
わしは弥生を連れ出した。

弥生には弟がいて、その弟も厳しい家に反抗的だった。

弥生は弟だけに伝えて、他の者には何も言わずに家を出た。

そうしてわしらの結婚生活が始まったわけだが、幸せはそう長く続かなかった。


 ある時、弥生は突然体調を崩した。
本人はただの風邪だと言ったが、一向に良くなる気配がない。

病院に連れて行ったが、その時にはもう手遅れだった。

余命数か月なんて、そんなこと急に言われても受け入れられるはずがなかった。

しばらくして、弥生は静かに息を引き取った。
桜の綺麗な日のことだった。

わしらの結婚生活は三年と少しで幕を閉じることになった。


……。
「また来る」
そう告げて、わしは弥生の墓に背を向けた。

弥生と過ごせた時間は短いものだったが、幸せだった。
一生分の思い出を作った。
だからわしは胸を張って言える。

弥生と出会えて良かった。
結婚して大正解だった。
いつまでも愛してる。

……でも、やっぱりもっと一緒にいたかった。
先に死なせてほしかった。

わしは立ち止まり、墓の方に振り返った。
「わしもいい加減じじいになった。そろそろお迎えが来るじゃろう。だからもう少し、ほんの少しだけ待っていてくれ」

「……気長に待ってるよ」

弥生の返事が聞こえた気がした。
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