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余談 げんじーの昔話
げんじー、妻との出会い
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一月某日。
わしは妻の墓の前にいた。
墓はある程度綺麗にされていた。
定期的に誰かが掃除してくれているのだろう。
多分妻側の親族だと思う。
「すまんな。なかなか来れなくて。久しぶりじゃ」
わしは妻の好きだった酒を供えながら言った。
「お前がいなくなって、もう随分経つの。わし、美人薄命って言葉嫌いじゃ」
若い頃に日本中を旅していたわしは、よく晴れた月が綺麗な夜に妻と出会った。
何十年か前、四月のことだった。
その日のわしは一か月の山籠もりを終え、適当に歩いていた。
「まずは風呂に入りたいもんじゃのー」
山の中で滝を見つけていたわしは、ちょくちょくそこで水浴びをしていたのだが、流石に温かい風呂が恋しくなっていた。
「ん~どこか良いところはないものか……。まぁあっても金が無いから入れないんじゃがの。はっはっは! ……本当にどうしたもんか」
わしはボロボロになった着物の帯を結び直しながら足を動かし続けた。
あてもなく彷徨っているうちに、ついに夜になってしまった。
「さて、今晩はどこで寝ようかの」
腹をグーグー鳴らしながら歩いて歩いて歩きまくって辿り着いたのは、人気のない公園だった。
寂れた場所だなと思いつつ、公園内に一つだけあるベンチに腰を下ろした。
ひと息ついたところで、空を見上げてみた。
かなりの田舎ということもあり、星が綺麗に見える。
それに今夜は満月のようだ。
わしはため息をつくように息を吐き出した。
ふと、この公園に一本だけ桜が植えられていることに気がついた。
「花見と月見が一緒にできるなんて贅沢じゃな。ここに酒があれば最高なんじゃが」
と、そんなことを考えていると桜の木の上に人影を発見した。
わしは無意識に立ち上がって足を踏み出していた。
目が離せなかった。
近づくにつれて夜桜の上にいるのが間違いなく人間であることが確認できた。
その人物は浴衣姿で物憂げに月を見上げていた。
太い枝の上に座って、幹に背を預けている。
右足は枝に沿うように伸ばしていて、左足は宙に投げ出してプラプラ揺らしていた。
白く細い足が覗いている。
左手もやる気なさげに下ろしているが、その手には瓢箪が握られていた。
そして右手に持った煙管を今まさに口元に運ぶところだった。
短く吸って、ふーっと吐き出す。
色白で髪の長い女だった。
わしはその姿に見惚れてしまって、身じろぎ一つできずにいた。
どれくらいそうしていたかは分からないが、突然その女の体が大きく傾いて、勢いよく地面に向かい始めたことでわしの体は弾かれたように動き出した。
落下してきた女を受け止める。
女は衝撃に備えてギュッと瞑っていた目をゆっくりと開けてわしの顔を見た。
「……あぁ。すまないね。うっかり体勢を崩してしまった。受け止めてくれてありがとう。降ろしてくれて結構だよ」
見た目から想像していたよりも低い声だった。
わしは言われた通り女を降ろした。
「君はこんなところで何をしている?」
「こっちのセリフじゃが」
「私はただ酒を飲んでいただけさ。君は……随分とボロボロな恰好をしているな。旅でもしているのかい?」
「ああ。その通りじゃ」
「……え、本当に旅してるの?」
「そう言っとるじゃろうが」
女は目を輝かせた。
「それなら是非色々と話を聞かせてくれ! その様子じゃ今日泊まるとこもないだろう。どうだい?」
「え、まぁそうじゃが……」
「だったらうちに来るといい」
「初対面の人間に対して随分警戒心が薄いようじゃの。逆に不安になるんじゃが」
「大丈夫さ。君は見たところ悪人じゃない。それに一応助けてもらった恩返しという意味合いもある。あ、まだ名乗っていなかったね。私の名前は……。君の名前も教えてもらえるかい?」
「島崎玄柊じゃ」
「そうか。それじゃあ玄柊、こっちだ。ついてきてくれ」
「ちょ、引っ張るな! これ以上破れたらどうするんじゃ」
女はわしの袖を掴んでいた手を離して、今度はわしの手を掴んで引いた。
これが妻との出会いだった。
わしは妻の墓の前にいた。
墓はある程度綺麗にされていた。
定期的に誰かが掃除してくれているのだろう。
多分妻側の親族だと思う。
「すまんな。なかなか来れなくて。久しぶりじゃ」
わしは妻の好きだった酒を供えながら言った。
「お前がいなくなって、もう随分経つの。わし、美人薄命って言葉嫌いじゃ」
若い頃に日本中を旅していたわしは、よく晴れた月が綺麗な夜に妻と出会った。
何十年か前、四月のことだった。
その日のわしは一か月の山籠もりを終え、適当に歩いていた。
「まずは風呂に入りたいもんじゃのー」
山の中で滝を見つけていたわしは、ちょくちょくそこで水浴びをしていたのだが、流石に温かい風呂が恋しくなっていた。
「ん~どこか良いところはないものか……。まぁあっても金が無いから入れないんじゃがの。はっはっは! ……本当にどうしたもんか」
わしはボロボロになった着物の帯を結び直しながら足を動かし続けた。
あてもなく彷徨っているうちに、ついに夜になってしまった。
「さて、今晩はどこで寝ようかの」
腹をグーグー鳴らしながら歩いて歩いて歩きまくって辿り着いたのは、人気のない公園だった。
寂れた場所だなと思いつつ、公園内に一つだけあるベンチに腰を下ろした。
ひと息ついたところで、空を見上げてみた。
かなりの田舎ということもあり、星が綺麗に見える。
それに今夜は満月のようだ。
わしはため息をつくように息を吐き出した。
ふと、この公園に一本だけ桜が植えられていることに気がついた。
「花見と月見が一緒にできるなんて贅沢じゃな。ここに酒があれば最高なんじゃが」
と、そんなことを考えていると桜の木の上に人影を発見した。
わしは無意識に立ち上がって足を踏み出していた。
目が離せなかった。
近づくにつれて夜桜の上にいるのが間違いなく人間であることが確認できた。
その人物は浴衣姿で物憂げに月を見上げていた。
太い枝の上に座って、幹に背を預けている。
右足は枝に沿うように伸ばしていて、左足は宙に投げ出してプラプラ揺らしていた。
白く細い足が覗いている。
左手もやる気なさげに下ろしているが、その手には瓢箪が握られていた。
そして右手に持った煙管を今まさに口元に運ぶところだった。
短く吸って、ふーっと吐き出す。
色白で髪の長い女だった。
わしはその姿に見惚れてしまって、身じろぎ一つできずにいた。
どれくらいそうしていたかは分からないが、突然その女の体が大きく傾いて、勢いよく地面に向かい始めたことでわしの体は弾かれたように動き出した。
落下してきた女を受け止める。
女は衝撃に備えてギュッと瞑っていた目をゆっくりと開けてわしの顔を見た。
「……あぁ。すまないね。うっかり体勢を崩してしまった。受け止めてくれてありがとう。降ろしてくれて結構だよ」
見た目から想像していたよりも低い声だった。
わしは言われた通り女を降ろした。
「君はこんなところで何をしている?」
「こっちのセリフじゃが」
「私はただ酒を飲んでいただけさ。君は……随分とボロボロな恰好をしているな。旅でもしているのかい?」
「ああ。その通りじゃ」
「……え、本当に旅してるの?」
「そう言っとるじゃろうが」
女は目を輝かせた。
「それなら是非色々と話を聞かせてくれ! その様子じゃ今日泊まるとこもないだろう。どうだい?」
「え、まぁそうじゃが……」
「だったらうちに来るといい」
「初対面の人間に対して随分警戒心が薄いようじゃの。逆に不安になるんじゃが」
「大丈夫さ。君は見たところ悪人じゃない。それに一応助けてもらった恩返しという意味合いもある。あ、まだ名乗っていなかったね。私の名前は……。君の名前も教えてもらえるかい?」
「島崎玄柊じゃ」
「そうか。それじゃあ玄柊、こっちだ。ついてきてくれ」
「ちょ、引っ張るな! これ以上破れたらどうするんじゃ」
女はわしの袖を掴んでいた手を離して、今度はわしの手を掴んで引いた。
これが妻との出会いだった。
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