血のない家族

夜桜紅葉

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第三章 一月、最初の一週間

天才3

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 ボクたちは部室棟に移動した。
この建物に入るのは初めてだった。

小野寺と佐々木は来たことがあるようだ。
小野寺は迷いのない足取りで目的地に向かった。
ボクと佐々木はその後についていく。

小野寺が立ち止まった部室のプレートには
「可愛いもの愛好会」
ふにゃふにゃしたフォントの文字でそう書かれていた。

小野寺はノックして部室のドアを開けた。

「失礼するでゴザルよ。お、緋彗殿。しっかり励んでるでゴザルか~?」
「げっ。小野寺……」
小野寺に声を掛けられた妖風が苦い顔をした。

ボクは軽く部室全体を眺めてみた。
パステルカラーでコーディネートされた、なんかふわふわした感じの部屋だ。

ぬいぐるみが置いてあったり、動物の赤ちゃんの写真が飾ってあったりする。

ボクが記憶している限り、この部活は『可愛いもの』の絵を描いたり、写真を撮ったり、グッズを集めたりするという謎の活動をしている。

この学校に存在する部活はこんな感じの変わったことをしているところが多い。

妖風が面倒臭そうな顔で小野寺に言った。
「あんた昨日も来てたけど、入部するつもりなの?」
「候補の一つではあるでゴザルな」
「へぇー。カンゲイシテマース」
妖風はそう言って小野寺から視線を外して手元の紙を見た。

可愛いもの愛好会の部長はそんな妖風を見て苦笑してから立ち上がって挨拶してきた。

「今日も来てくれたんだね小野寺君。それに月写さんまで。えーっと君は」
「佐々木です。月曜に転校してきました」

「ああ。小野寺君と一緒に入ってきたっていう男の子か。私は雛風ひなかぜ紫雨しぐれです。可愛いもの愛好会の部長をやらせてもらってます。よろしくね」
雛風は愛想のいい笑顔を向けてきた。

「よろしくお願いします」
佐々木は形式的に頭を下げた。

「どうも」
ボクもそれに倣うようにお辞儀する。

小野寺が思い出したように言った。
「さっき紫雨部長先輩殿は」
「あ、昨日も言ったけど紫雨でいいよ」
雛風がにこやかに言った。

「そうだったでゴザルな。では、紫雨殿。先ほどみなもんのことを知っている風でゴザったが、何か関わりがあるんでゴザルか?」

「みなもんっていうのは月写さんのことだよね?」
「そうでゴザル」

「えーっと、お話ししたことはないんだけど。ほら、月写さんってちょっとした有名人じゃない?」
雛風はかなり言葉を選んでそう言った。
佐々木も小野寺も首を傾げた。

ボクは一応補足しておくことにした。
「例の部活にボクほど長く在籍した生徒は制度が始まって以来いないらしいからな。悪目立ちしているんだ」
小野寺は納得したように手のひらをポンと叩いた。

「そういえばみなもんは不良少年でゴザったな」
「は? 不良少年だと?」
「あ、怒ったでゴザル? ごめんでゴザルよ」
小野寺は適当に謝ってきた。

ボクが一言くらい文句を言ってやろうと思っていると、この愛好会の部員の一人が遠慮がちに手を挙げた。

「あのー。そろそろ小野寺君以外のお二人さんに自己紹介してもいいですかね」

「あーまだ紹介してなかったね。じゃあみんな軽く自己紹介しようか」

雛風がそう言うと、手を挙げた部員が真っ先に立ち上がって口を開いた。
栗原くりはら窓無まどね、一年です! 趣味は思考放棄です! 緋彗の友達やってます! よろしく!」

やべー奴だ。
関わりたくない。

佐々木がちょっと引いてる。
小野寺は楽しそうにニコニコしている。

栗原が座って、もう一人の部員が立ち上がった。
仮初かりそめ幕府ばくふ、二年です。一応副部長です。僕の他にもう一人男子がいるんだけど、今日は休んでる。活動内容的にアレかもしれないけど、普通に男子も歓迎してる部活だから興味があれば是非」

仮初が座ると、今度は妖風が淡々と自己紹介した。
「妖風緋彗。一年。同じクラスだし知ってるでしょ?」

小野寺が突っかかる。
「もうちょい欲しいでゴザルな。好きな食べ物はなんでゴザル?」

「なにその質問……茶碗蒸しだけど」
「渋。好きな飲み物はなんでゴザル?」

「しそジュース」
「渋。なんかイメージと合わんでゴザル」

「あんたが訊いたんでしょ。なんなのその反応。腹立つんだけど」

「はいはい、怒らない怒らない」
栗原が妖風を窘める。

妖風はジト目で小野寺を睨んだ。
小野寺は気にも留めない。
「短気は損気でゴザルよ。紫雨殿、これで全員でゴザルか?」

雛風は頷いた。
「うん。以上が部活メンバーだよ。仮初君が言った通り、あと一人男子がいるんだけど。たった五人で細々やってます」

佐々木が質問した。
「普段はどんなことしてるんですか?」

雛風が答える。
「部室を見てもらえば分かる通り、可愛いものの写真を撮ったり絵を描いたりとかしてるけど、その他にも、そもそも可愛いとはなんだってことを哲学的に考えてみたり、心理学の観点から可愛いについて研究したりしてるよ」

「へぇー」
佐々木が興味深そうに相槌を打った。

ボクもそんな真面目っぽいことをしていることは知らなかったので、少しだけ興味が出てきた。

その後は小野寺が愛好会の面々と適当に話してから、やっとのことで下校することになった。
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