血のない家族

夜桜紅葉

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第三章 一月、最初の一週間

始業式

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 三学期の始業式の日。
私たちのクラスに新しい人が二人やってきた。

朝。
冬休み明けということもあり、休みの間友達とどこに遊びに行ったとかお年玉がどうだったとかクラスメイトが楽しそうに話しているのを、私は本を読みながらなんとなく聞き流していた。

私はこの冬休み何してたっけ?

んー。
ずっとバイトしてたな。

特筆すべきことは何もなかった。
つまりいつも通りだ。

ぼけーっとしながら、本に書かれた文字を眺めていると教室の扉が開いた。

担任の山川先生が教室に入ってくるのを見て、クラスメイトたちはそれぞれ自分の席に戻った。

私も読んでいた本を閉じて机に仕舞う。

教壇に立った山川先生は
「転校生的なのを紹介します。二人とも入っといで」
と言った。

何も聞かされていないクラスメイトは少しざわついた。

私も驚いた。
転校生が来るなんて初めてだ。
しかも二人。

教室に入ってきた転校生二人は、真新しい制服を着ていた。

一人は無表情で教室を見渡して、もう一人は面白そうにニコニコしながらクラスメイトを見ている。

「じゃあ自己紹介してもらおう。これで自分の名前書いてね」
山川先生にチョークを渡された二人は黒板に自分の名前を書き始めた。

無表情の方の転校生は丁寧な字で佐々木恭介、と。
ニコニコしてる方の転校生は雑な字で小野寺けい、と書いた。

「佐々木恭介です。高校一年生です。よろしくお願いします」

ん?
なんで学年を言ったんだろう?

「小野寺けいでゴザル。頭は悪いでゴザルが、運動は得意でゴザル。よろしくでゴザル」

ゴザル?
なんでゴザルをつけるんだろう?
この人はもしかすると忍者なのかもしれない。

クラスメイトは困惑しているのか、小さめの拍手をした。

「えー本来なら、ここで質問タイムといきたいところなんだけど、今日はこの後すぐに始業式です。時間がマジでないので、質問タイムは後で取ります。とりあえずは、えーっと、佐々木君は天艶の隣で、小野寺君は泡雲の隣に座ってください。そこが佐々木君でそこが小野寺君」
山川先生は私の隣の席と泡雲君の隣の席を指差した。

「はい」
「承知でゴザル」

まさか隣の席に転校生が来るとは。

私の隣に座った佐々木君は
「よろしく」
と言って軽く頭を下げた。
私も真似するように頭を下げた。

泡雲君の隣に座った小野寺君の方は、両手を合わせて
「よろしくでゴザル」
と深くお辞儀した。

泡雲君は横目でちらっとそれを見ると
「フン。よろしく」
と目を合わせることもなく言った。
いつも通りの態度だ。

「えーそんじゃ始業式の説明ね。まぁ別にいつも通りだし、説明することなんか特にないんだけど。みんなちゃんと制服着て来てるしね。えーっと場所は体育館です。あの校長は無駄に話が長いので、ちゃんとトイレに行っとくように。あと、二人に色々聞きたいこともあるかもしれないけど、時間がないのでそれも後にしてください。そんなもんかな。以上」

ということで、私たちは転校生二人に質問することも出来ず、すぐに体育館へと向かった。


 始業式の朝。
今日から豪落高校に通う。

期待と不安を胸に、三人分の朝食を作った。
学校から近いこのマンションでの僕、けい、天姉の三人暮らし。

料理の担当はもちろん僕だ。
朝食を机に並べたところで、けいが部屋から制服姿で現れた。

「制服とか初めて着たでゴザルよ。なんか不思議な感じでゴザル」
「そもそも普段和服着てるからね」

「天姉はまだ起きてないでゴザルか?」
「みたいだね」

起こしに行こうとしたところで、天姉の部屋の扉が開いた。

パジャマ姿で、額にアイマスクをつけたままの天姉は大きなあくびをしながら、
「おはよ~」
と言って、食卓に着いた。

「食べたらさっさと着替えてね。今日は始業式だから必ず制服着用なんだってさ」
「任せろ~。いただきまーす」
天姉は間延びした返事をしてから箸を取った。

「いただくでゴザル」
「僕も食べよ」
僕たちも席について食べ始めた。


 朝食を済ませた後、天姉が制服に着替えるのを待っている間に食器を片付けた。

「お待たせー」
またあくびをしながら、天姉が部屋から出てきた。

「よし。そんじゃ行くか」
玄関に向かおうとしたところで天姉が訊いてきた。

「私、制服似合ってる?」
「制服の前にまずはそのアイマスクをとるでゴザル」

額には天姉お気に入りの羊のアイマスクをつけたままだ。

天姉は本気で眠い時、アイマスクを外さず額にずらしてそのままつけておく。

そして限界を迎えたら、また目の位置にまでずらしてそのまま寝るのだ。

今は本気で眠いということだろう。

「あ、忘れてた」
天姉はアイマスクを外し、この前クリスマスプレゼントでゆずから貰ったアイマスクケースに入れた。

余談だが、うちでは誕生日を祝う習慣がない。
天姉は母親の誕生日に家族を失ったっていうのがあるし、けいの誕生日が分からないっていうのもあって、なんとなく祝おうという空気にならないのだ。

あ、よく考えたら、けいって同い年なのか?
んー。
まぁどうでもいいか。


 天姉に貰ったマフラーを巻いて、通学用の靴を履いて家を出た。
なんだか新鮮だ。

「新鮮でゴザルなー」
けいも同じことを思ったようだ。
履いた靴を面白そうに眺めている。

「普段草履か下駄だもんね~」
あくびをしながら天姉がつま先を軽くトントンした。

「それ、靴が悪くなるらしいよ」
「えーそうなんだ。ごめんよ」
天姉は、しゃがんで靴を撫でた。

今日から始まる学校生活について色々話しながら登校していると、周りに僕たちと同じ制服を着た子供たちが増え始めた。

同世代の人間がこんなにたくさん集まって集団生活を送るのか。
これは色々貴重な経験ができそうだと改めて思った。


 教室に入って自己紹介をした後、席に着いた。
よく分からないが、この後すぐに体育館で始業式があるらしい。

クラスメイトの子と話してみたかったけど、仕方ない。
とりあえず周りの子と同じように体育館に向かおう。


 体育館には全校生徒が集まっていた。
こんなにたくさんいるのか。

みんな整列しているようだ。
僕とけいは、ひとまず自分たちのクラスの一番後ろに並んでみた。

間もなくして全員の整列が終わり、始業式が始まった。

生徒たちは、皆黙って話を聞いていた。
周囲の観察をしながら、僕もなんとなく話を聞いていた。

始業式はつつがなく進行し、次は生徒会の引き継ぎ式をするみたいだ。
ステージに生徒会長が上がった。

この前オープンスクールの時に説明していた人だ。
もう一人、凛とした顔つきの女の子もステージに上がった。

おそらくあの子が新しい生徒会長だろう。
前生徒会長の挨拶が終わって、新生徒会長の挨拶が始まった。

「皆さんこんにちは。この度、新生徒会長に就任いたしました、月酔つきよい燈花とうかです」

月酔、か。
珍しい苗字だな。

そういえばさっき教室でも僕の隣の子は天艶で、けいの隣の子は泡雲って言ってたな。

偶然かもしれないが、もしかするとこの学校には珍しい苗字の子が多いのかもしれない。

……いや、僕に珍しいかどうかなんて正しく判断できるわけがないか。

今までの人生で関わった人間なんて数えるほどしかいないから判断基準がない。

なんとなく珍しいと思ってしまったが、実はありふれた苗字なのかもしれない。

月酔は特に緊張した様子もなく、凛とした表情のまま淡々と挨拶を終えた。
賢そうな子だな。


 その後は校長の話となった。

司会が
「次は校長先生の話です」
と宣言すると同時に体育館のカーテンが一斉に閉められた。

照明も落とされ、体育館は暗闇に包まれる。
なんだなんだと思っていると、突如、ステージにスポットライトが当てられた。

皴の刻まれた顔で、穏やかに微笑む校長が暗闇から照らし出される。
校長はマイクを取って一言、

「みなさん、盛り上がってますか?」

……。
何言ってるんだこいつ。
校長には編入に際し、とてもお世話になったのだが、こんなわけわからん奴だったとは。

誰一人として反応せず、この場は地獄のような空気と静寂に包まれた。

「……盛り上がってるかい?」

追い打ちをかけてきやがった。
こいつ、この場を更なる地獄にするつもりかっ!

その時、スピーカーから音声が流れ始めた。
『盛り上がってるぜー!』
校長の声だ。

……こいつまさか、録音した自分の音声と一人で会話するつもりか。
やべー奴じゃないか。

音声を聞いた校長は
「それは良かったです」
と、本当に会話を始めた。

校長が話し、スピーカーから流れる音声が答えるという、校長の一人芝居が始まった。

「えーみなさんご存じの通り、私はこの学校の校長をしております、つっきーこと、月見酒つきみざけ蒼炎そうえんです」
『知ってるぜー! つっきー!』

月見酒!?
この苗字は流石に珍しいだろう。

というか本当になんなんだこいつ。
なんで始業式の挨拶でこんなことしてるんだ。
いつもこうなのだろうか。

そういえば、さっき担任の先生が
「あの校長は無駄に話が長いので、ちゃんとトイレに行っとくように」
と言っていたな。
こういうことだったのか。

「えーでは、今から校長の長い話を始めようと思います。みなさん、ちゃんと事前にお手洗いには行ってきたかい?」
『ウィー!』

なんだこの茶番。

その後、月見酒校長は孫の話や庭で採れた柿の話などを延々と話し続けた。
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