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第二章 準備
小話3
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鬼ごっこをした次の日。
鬼ごっこが、というより訓練に参加できたことが余程嬉しかったのか
「私も参加できるの他にないの? あるでしょ? ねぇねぇ。あるでしょー? あるんでしょー? ねぇってばぁ」
と、しつこく絡んできた。
「ああもう鬱陶しい。んぬ~離れろ~」
天姉の怪力でしがみつかれたら、引きはがすのが大変だ。
「そうでゴザルな~。それじゃあこの前やったばかりでゴザルが、弓道的なのはどうでゴザル?」
「あー確かに。あれは僕たちに危険はない訓練だね。先生にとっては危険だけど」
「なにそれ。よく分かんないけどやってみたい!」
ということで、また先生を射る訓練をすることになった。
例によって、先生と三十メートル程距離を取って向かい合う。
「じゃあお手本ということで」
僕が構えると天姉が慌てだした。
「うわああ! 何してるの! 危ないよ!」
「これは先生が的の訓練なんでゴザルよ」
「はぁ?」
矢を放つ。
前回と同様に先生は何でもないような顔をして飛んでくる矢を掴んだ。
「……」
ドン引きだ。
すごい! とか流石! とかそういうのではなく、ただただ引いてる。
「こんな感じで先生に矢を射るのがこの訓練」
「次は天姉の番でゴザル。頑張るでゴザル~」
「が、頑張る」
そう言って天姉はぎこちなく構えた。
だが姿勢は良い。
ゆずに正座とか座禅とかをやらされているらしいから、そのせいだろうか。
初心者にしては様になっている気がする。
表情から緊張していることが窺える。
天姉の放った矢は先生のいる位置よりも随分手前の地面に刺さった。
「あちゃー」
天姉は額に手を当てた。
「まぁ最初だしそんなもんなんじゃない?」
「練習あるのみでゴザル」
「そうだね。頑張ってみる」
やる気は充分なようだ。
天姉は結構センスがいい。
何度もやっているうちに、目に見えて上達した。
天姉は終始楽しそうにしていた。
本当に僕たちと一緒に訓練したかったんだということが伝わってきた。
そんな天姉を見ていると、こっちまで楽しい気持ちにさせられた。
訓練をしていて楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
十月三十一日。
今日はハロウィンだ。
天姉がノリノリで化粧をしている。
「化け物メイクはお手のもんだぜ!」
だそうだ。
幽霊のコスプレをするらしい。
先生は畑でかぼちゃを収穫してきて、中身をくり抜いているようだ。
ゆずとげんじーもそれを手伝っている。
日向は黒い布を纏ったカピバラが鎌を持っている、というなんともわけのわからない絵を描いている。
僕とけいは何をするでもなく、リビングでのんびりしていた。
そこへコスプレを済ませた天姉がやってきた。
死装束を着て、頭に三角のアレをつけている。
メイクもばっちりだ。
でもなんとなく違和感がある。
ハロウィンでコスプレするのって幽霊、というよりおばけ、な気がする。
なんか白くて、手をミーアキャットみたいにしているやつ。
こんな日本の幽霊って感じのはハロウィンっぽくない気がする。
まあ本人は楽しそうだしいいや。
「Give me sweets, or I'll hurt you」
天姉がニコニコしながら言ってくる。
「トリックオアトリートね」
「それじゃあカツアゲでゴザルよ」
「Trick or I'll hurt you」
「だからトリックオアトリートだってば」
「トリックオアトリート」
「まぁお菓子なんて持ってるわけないんだけど。饅頭ならあるよ」
僕が饅頭を差し出すと天姉は、
「仕方ねえ。勘弁してやるよ」
と言って受け取った。
いたずらは回避できたようだ。
「しかし、なんでハロウィンってコスプレするんだろうね~。これ元々日本のお盆と同じようなイベントじゃなかったっけ?」
饅頭を頬張りながら天姉が首を傾げる。
「バレンタインと一緒で企業の戦略だろうね。経済効果結構すごいらしいよ」
「私はまんまと乗せられてるのか」
「乗りこなしてるでゴザル」
「さてと、遊んでないでそろそろ先生たち手伝いに行くか」
「そうだね」
その後、みんなで一人一つかぼちゃをくり抜いてジャック・オー・ランタンを作った。
夜、その中にアロマキャンドルを入れて火を灯してみた。
天姉が自分の部屋で焚いている、ちょっと甘い香りがするやつだ。
炎がゆらゆら揺れるのに合わせて、顔の部分が明るくなったり暗くなったり。
まるで意志を持っているかのように、刻一刻と表情を変わるのは少し不気味だが、綺麗だった。
僕は記念に自分の作ったジャック・オー・ランタンを秘密基地に保管することにした。
いつかこれを見て懐かしむような日が来るのだろうか。
そんなことを考えながらツリーハウスの棚に飾った。
十一月の初め。
僕とけいと天姉の三人は、ある試験を受けた。
試験は二日間行われた。
二日目の試験を終えた夜、帰ってきてリビングでくつろいでいると電話がかかってきた。
多分桜だろうし僕が出た。
「こんばんは佐々木先輩」
やっぱり桜からだ。
話を聞くと、どうやら僕たちに訊きたいことがあるということなので、天姉とけいを呼んできた。
「何が訊きたいの?」
僕が促すと、桜はどこか不安げな声色で話し始めた。
「この前調べて知ったんですけど、高校を卒業するための条件って必要な数の単位を修得することと、高校に三年以上在籍することらしいんですよ」
「そうだね」
僕も高校については調べているから知っている。
そして桜の言いたいことも分かった。
「編入試験に合格することを前提に話しますけど、十二月の試験の後、佐々木先輩と小野寺先輩は一年生、白石先輩は二年生の三学期から編入するんでしたよね?」
「うん」
「だったら三年間には足りませんよね。留年しないと卒業できなくないですか?」
その通りだ。
今年度の三学期から通い始めると、僕たちは高校三年生になった年に卒業することはできない。
「えーっと。説明するのが面倒なんだけど、結論から言うと僕たちは卒業する気はない」
「え?」
「私たちの目的は高校ってどんなもんなのかなってのを体験することであって、高校を卒業することじゃないからね~」
「ちょっとよく分かんないです。詳しくお願いします」
僕は頭の中を整理しながら説明を開始した。
「桜の言う通り、僕たちは三学期から豪落高校の生徒になるわけだけど、そもそも一年生とか二年生分の単位を取ってないから普通途中から入るなんてことできないんだよね」
けいが補足した。
「俺たちは高校を中退してまた入り直そうとしている、ってわけではないでゴザルからな。その場合だったら通っていた頃に修得した単位があるから二年生から入るとかもできるんでゴザルが、俺たちにはそういうのがないから本来であれば一年生から始めなければならないんでゴザル」
「じゃあ何で途中から入れるんですか?」
「そうするために必要な試験を昨日と今日受けてきた。高等学校卒業程度認定試験、高卒認定ってやつ。先生がラッコーの校長に相談したんだけど、それに受かってたらある程度単位を免除してくれることになったんだってさ。それで途中から入れるってこと」
「ゆるい感じの校長で助かったでゴザル。それとあの高校の特殊性によって受け入れられた感じでゴザルな」
「なるほどー。それで高校を卒業する気がないっていうのはどういうことです?」
「三年生になって三学期が終わる時、クラスメイトが卒業するタイミングで中退するってこと。単位がどうにかなっても三年間在籍するってのはそれこそ留年するしかないからね。僕たちは高卒になるために行くわけじゃないし、それでいいんだよ」
「えぇ……。それじゃあ高校中退になっちゃうじゃないですか。あなたたちの場合中卒ですらないですよ。何卒になるんですか」
「大学には行かせてもらえるみたいだからね。先生、小野寺家の有り余る財産を押し付けられたらしい。費用については心配ないみたい。だから最終的には大卒になるんじゃないの? 知らんけど」
「はぁー。高校中退して大学にいくんですか。わけわかんないですけど、とにかく私が心配するまでもなくちゃんと考えてたんですね。余計なお世話でした。すみません」
「謝ることじゃないよ。心配してくれてありがとう」
「どういたしましてです」
一か月後。
高卒認定試験の結果が届いた。
どうやら三人とも問題なく合格していたようだ。
そしてそれから一週間後。
豪落高校の編入試験があった。
特に難しい試験ではなかったから大丈夫だと思う。
合否は二週間後くらいに分かるらしい。
結果が分かる前にクリスマスイブがやってきた。
僕がリビングで日向を背中に乗せて腕立てをしているところに天姉が来た。
「フォッフォッフォ。メリークリスマース!」
天姉はサンタ気取りで赤い帽子を被っていて、顔にはトナカイのシールが貼ってあった。
さらに両手で抱えるようにして『プレゼント入れ』と書かれた箱を持っている。
「フォッフォッフォ。この箱にプレゼントを入れるんじゃ」
「なんでサンタがプレゼントを徴収するんだよ」
「え? いやだってサンタ、あれ? あーそっか。サンタって与える側じゃん。間違えた。私はプレゼントを貰いたいんだけど」
「ほないい子にせんとな。今日は早よ寝な」
「は~い。いや待って。そういえば君たちにプレゼントを用意してたんだった」
そう言って天姉は自分の部屋に戻っていった。
「プレゼントってなんやろな?」
「なんだろうね」
日向と顔を見合わせていると、天姉が手に何かを持って帰ってきた。
包装紙でラッピングされているため中身は分からない。
「はいどうぞ!」
「ありがとう」
「ありがと~。どうしたんこれ?」
「この前試験受けに行ったとき、こっそり買っておいたのさ」
「そういや買い物して帰ったね。あの時は何買ったか教えてくれなかったけど、これだったんだ」
「開けてみていい?」
「もちろん」
包装紙が破れないようにテープを外していくと、中から布が現れた。
「布だ」
「マフラーだよ?」
「あ、マフラーか」
青みがかった黒みたいな色をしている。
なかなか好きな色だ。
「ありがと。普通に嬉しい」
「そりゃ良かった」
天姉はにへらと笑った。
日向の方はカピバラのイラストが描かれたポーチだったようだ。
「これはいいカピバラや。いいな。可愛い。へへへ。うおおおおカピバラあああ!」
「中和滴定曲線みたいなテンションの上がり方だな」
「理系は黙ってろ!」
「そのやりとりデジャブやな。これほんまありがとうな天姉。めっちゃ嬉しい」
「喜んでもらえたなら良かったよ」
天姉は照れたように頭を掻いている。
「何してるでゴザル?」
そこに煎餅を食べながらけいがやってきた。
「あ、けいにもプレゼントがあるよ。ほれ」
「プレゼントでゴザルか」
けいへのプレゼントは僕と同じくマフラーだった。
オレンジ色とか茶色とかこげ茶色とかで構成された、チェック柄とかいう模様らしい。
けいは気に入ったようだ。
さっそく首に巻いてニコニコしている。
「感謝でゴザル」
「うむ」
天姉は満足そうに大きく頷いた。
「じゃあ俺たちの番でゴザルな。取ってくるでゴザルよー」
「僕も」
「取ってくるわ~」
「ん?」
部屋からプレゼントを取ってきた。
「ほい」
「ほれ」
「ほら」
三人でそれぞれ天姉へのプレゼントを渡す。
「マジで? 三人もプレゼント用意してたの?」
「うん。僕とけいは天姉と同じく、この前の試験の時に買った。考えることは一緒だね」
「私は手作りや」
「マジかよ。感激だよ。泣きそう」
僕からは羊の目覚まし時計を贈った。
天姉は目覚まし時計をぶっ叩いて止める。
睡眠を邪魔する憎しみを込めて叩くらしい。
天姉の怪力に容赦なく叩かれる目覚まし時計が不憫だなと前々から思っていた。
目覚まし時計の
「イタイ!」
と言う声が聞こえてくるようだった。
「可愛いのだったら叩けないな~」
と以前言っていたので、天姉の好きな羊のにしたのだ。
「か、可愛い。これを叩くわけにはいかんな」
「可愛くなくても叩かないであげてほしいけどね」
けいはメイクボックスとかいうのにしたようだ。
名前の通り化粧品を収納するものらしい。
「こんなものがあったのか」
興味深そうに眺める天姉。
「鏡もついてるみたいでゴザル」
「感謝でゴザル」
「どういたしましてでゴザル」
日向からは手作りの餅のぬいぐるみを贈るらしい。
直方体の上に球体がくっついている形だ。
球体の部分には顔がついていて、ジト目でニヤリとしている。
「餅だ!」
天姉は大喜びだ。
「餅や。結構頑張った」
「ありがとう! よくできた弟と妹だ」
その後、みんな互いに用意していたプレゼントを交換し合った。
大人組へは花を贈った。
大人組からは主に学校で必要な文房具などをプレゼントされた。
ゆずは僕たちが花を贈った時、信じられないくらい嬉しそうな顔をして
「ありがとうございます!」
と言った。
その顔を見て、僕たちは日頃の感謝を伝えることにした。
僕たちが感謝の気持ちを伝えるのを、ゆずは優しく微笑んで聞いていた。
もっと普段から感謝を伝えないといけないな、と反省した。
先生は分かりずらいが、いつもより少しだけ口角が上がっているように見えた。
げんじーは
「はっはっは! ありがとうな!」
と豪快に笑って、僕たちの頭を撫でた。
プレゼント交換が終わった後は、ご飯を食べることにした。
先生が七面鳥を買ってきて、調理していた。
食卓にドーンと置かれた丸焼きはなんだか迫力があった。
机に並べられたご馳走を眺めてみる。
今日は珍しくみんなで料理した。
けいは、ひたすらつまみ食いしてたけど。
机にはみんなの好物が並んでいる。
おかげであんまりクリスマス感はないが、なんだか僕たちらしい気がして眺めているうちに頬が緩んだ。
先生はきゅうりの漬物を貪るように食べている。
どんだけきゅうり好きなんだ。
ほんとに河童なんじゃないのかこの人。
そういえばこの前、こんな感じでお祝い的なことをした時、天姉が間違って先生のお酒を飲んでしまって面倒になったな。
そう思って天姉の方を見てみると、普段うちじゃあまり見かけないものを飲んでいた。
「天姉、何飲んでるの?」
「ん? 甘酒だよ」
「甘酒かー」
「もちろんアルコールの入ってないやつだよ。私甘酒好きなんだ~」
「へぇ。知らんかった。甘酒ってどんな味なん?」
日向は興味津々のようだ。
「ほれ。飲んでみ」
「ありがと。……んー。好みがわかれるかもな」
日向は渋い顔をした。
好きな味じゃなかったのだろう。
「私は好きー。親近感を覚える」
「なんで?」
僕が訊ねると、天姉よりも先にけいが答えた。
「名前でゴザろう?」
「その通り!」
「単純だなー」
相変わらずな会話をしながら、僕たちは家族でクリスマスを楽しんだ。
四日後。
編入試験の結果が届いた。
三人とも合格だ。
これで晴れて僕たちは三学期、つまり一月から豪落高校に通うことが決まった。
鬼ごっこが、というより訓練に参加できたことが余程嬉しかったのか
「私も参加できるの他にないの? あるでしょ? ねぇねぇ。あるでしょー? あるんでしょー? ねぇってばぁ」
と、しつこく絡んできた。
「ああもう鬱陶しい。んぬ~離れろ~」
天姉の怪力でしがみつかれたら、引きはがすのが大変だ。
「そうでゴザルな~。それじゃあこの前やったばかりでゴザルが、弓道的なのはどうでゴザル?」
「あー確かに。あれは僕たちに危険はない訓練だね。先生にとっては危険だけど」
「なにそれ。よく分かんないけどやってみたい!」
ということで、また先生を射る訓練をすることになった。
例によって、先生と三十メートル程距離を取って向かい合う。
「じゃあお手本ということで」
僕が構えると天姉が慌てだした。
「うわああ! 何してるの! 危ないよ!」
「これは先生が的の訓練なんでゴザルよ」
「はぁ?」
矢を放つ。
前回と同様に先生は何でもないような顔をして飛んでくる矢を掴んだ。
「……」
ドン引きだ。
すごい! とか流石! とかそういうのではなく、ただただ引いてる。
「こんな感じで先生に矢を射るのがこの訓練」
「次は天姉の番でゴザル。頑張るでゴザル~」
「が、頑張る」
そう言って天姉はぎこちなく構えた。
だが姿勢は良い。
ゆずに正座とか座禅とかをやらされているらしいから、そのせいだろうか。
初心者にしては様になっている気がする。
表情から緊張していることが窺える。
天姉の放った矢は先生のいる位置よりも随分手前の地面に刺さった。
「あちゃー」
天姉は額に手を当てた。
「まぁ最初だしそんなもんなんじゃない?」
「練習あるのみでゴザル」
「そうだね。頑張ってみる」
やる気は充分なようだ。
天姉は結構センスがいい。
何度もやっているうちに、目に見えて上達した。
天姉は終始楽しそうにしていた。
本当に僕たちと一緒に訓練したかったんだということが伝わってきた。
そんな天姉を見ていると、こっちまで楽しい気持ちにさせられた。
訓練をしていて楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
十月三十一日。
今日はハロウィンだ。
天姉がノリノリで化粧をしている。
「化け物メイクはお手のもんだぜ!」
だそうだ。
幽霊のコスプレをするらしい。
先生は畑でかぼちゃを収穫してきて、中身をくり抜いているようだ。
ゆずとげんじーもそれを手伝っている。
日向は黒い布を纏ったカピバラが鎌を持っている、というなんともわけのわからない絵を描いている。
僕とけいは何をするでもなく、リビングでのんびりしていた。
そこへコスプレを済ませた天姉がやってきた。
死装束を着て、頭に三角のアレをつけている。
メイクもばっちりだ。
でもなんとなく違和感がある。
ハロウィンでコスプレするのって幽霊、というよりおばけ、な気がする。
なんか白くて、手をミーアキャットみたいにしているやつ。
こんな日本の幽霊って感じのはハロウィンっぽくない気がする。
まあ本人は楽しそうだしいいや。
「Give me sweets, or I'll hurt you」
天姉がニコニコしながら言ってくる。
「トリックオアトリートね」
「それじゃあカツアゲでゴザルよ」
「Trick or I'll hurt you」
「だからトリックオアトリートだってば」
「トリックオアトリート」
「まぁお菓子なんて持ってるわけないんだけど。饅頭ならあるよ」
僕が饅頭を差し出すと天姉は、
「仕方ねえ。勘弁してやるよ」
と言って受け取った。
いたずらは回避できたようだ。
「しかし、なんでハロウィンってコスプレするんだろうね~。これ元々日本のお盆と同じようなイベントじゃなかったっけ?」
饅頭を頬張りながら天姉が首を傾げる。
「バレンタインと一緒で企業の戦略だろうね。経済効果結構すごいらしいよ」
「私はまんまと乗せられてるのか」
「乗りこなしてるでゴザル」
「さてと、遊んでないでそろそろ先生たち手伝いに行くか」
「そうだね」
その後、みんなで一人一つかぼちゃをくり抜いてジャック・オー・ランタンを作った。
夜、その中にアロマキャンドルを入れて火を灯してみた。
天姉が自分の部屋で焚いている、ちょっと甘い香りがするやつだ。
炎がゆらゆら揺れるのに合わせて、顔の部分が明るくなったり暗くなったり。
まるで意志を持っているかのように、刻一刻と表情を変わるのは少し不気味だが、綺麗だった。
僕は記念に自分の作ったジャック・オー・ランタンを秘密基地に保管することにした。
いつかこれを見て懐かしむような日が来るのだろうか。
そんなことを考えながらツリーハウスの棚に飾った。
十一月の初め。
僕とけいと天姉の三人は、ある試験を受けた。
試験は二日間行われた。
二日目の試験を終えた夜、帰ってきてリビングでくつろいでいると電話がかかってきた。
多分桜だろうし僕が出た。
「こんばんは佐々木先輩」
やっぱり桜からだ。
話を聞くと、どうやら僕たちに訊きたいことがあるということなので、天姉とけいを呼んできた。
「何が訊きたいの?」
僕が促すと、桜はどこか不安げな声色で話し始めた。
「この前調べて知ったんですけど、高校を卒業するための条件って必要な数の単位を修得することと、高校に三年以上在籍することらしいんですよ」
「そうだね」
僕も高校については調べているから知っている。
そして桜の言いたいことも分かった。
「編入試験に合格することを前提に話しますけど、十二月の試験の後、佐々木先輩と小野寺先輩は一年生、白石先輩は二年生の三学期から編入するんでしたよね?」
「うん」
「だったら三年間には足りませんよね。留年しないと卒業できなくないですか?」
その通りだ。
今年度の三学期から通い始めると、僕たちは高校三年生になった年に卒業することはできない。
「えーっと。説明するのが面倒なんだけど、結論から言うと僕たちは卒業する気はない」
「え?」
「私たちの目的は高校ってどんなもんなのかなってのを体験することであって、高校を卒業することじゃないからね~」
「ちょっとよく分かんないです。詳しくお願いします」
僕は頭の中を整理しながら説明を開始した。
「桜の言う通り、僕たちは三学期から豪落高校の生徒になるわけだけど、そもそも一年生とか二年生分の単位を取ってないから普通途中から入るなんてことできないんだよね」
けいが補足した。
「俺たちは高校を中退してまた入り直そうとしている、ってわけではないでゴザルからな。その場合だったら通っていた頃に修得した単位があるから二年生から入るとかもできるんでゴザルが、俺たちにはそういうのがないから本来であれば一年生から始めなければならないんでゴザル」
「じゃあ何で途中から入れるんですか?」
「そうするために必要な試験を昨日と今日受けてきた。高等学校卒業程度認定試験、高卒認定ってやつ。先生がラッコーの校長に相談したんだけど、それに受かってたらある程度単位を免除してくれることになったんだってさ。それで途中から入れるってこと」
「ゆるい感じの校長で助かったでゴザル。それとあの高校の特殊性によって受け入れられた感じでゴザルな」
「なるほどー。それで高校を卒業する気がないっていうのはどういうことです?」
「三年生になって三学期が終わる時、クラスメイトが卒業するタイミングで中退するってこと。単位がどうにかなっても三年間在籍するってのはそれこそ留年するしかないからね。僕たちは高卒になるために行くわけじゃないし、それでいいんだよ」
「えぇ……。それじゃあ高校中退になっちゃうじゃないですか。あなたたちの場合中卒ですらないですよ。何卒になるんですか」
「大学には行かせてもらえるみたいだからね。先生、小野寺家の有り余る財産を押し付けられたらしい。費用については心配ないみたい。だから最終的には大卒になるんじゃないの? 知らんけど」
「はぁー。高校中退して大学にいくんですか。わけわかんないですけど、とにかく私が心配するまでもなくちゃんと考えてたんですね。余計なお世話でした。すみません」
「謝ることじゃないよ。心配してくれてありがとう」
「どういたしましてです」
一か月後。
高卒認定試験の結果が届いた。
どうやら三人とも問題なく合格していたようだ。
そしてそれから一週間後。
豪落高校の編入試験があった。
特に難しい試験ではなかったから大丈夫だと思う。
合否は二週間後くらいに分かるらしい。
結果が分かる前にクリスマスイブがやってきた。
僕がリビングで日向を背中に乗せて腕立てをしているところに天姉が来た。
「フォッフォッフォ。メリークリスマース!」
天姉はサンタ気取りで赤い帽子を被っていて、顔にはトナカイのシールが貼ってあった。
さらに両手で抱えるようにして『プレゼント入れ』と書かれた箱を持っている。
「フォッフォッフォ。この箱にプレゼントを入れるんじゃ」
「なんでサンタがプレゼントを徴収するんだよ」
「え? いやだってサンタ、あれ? あーそっか。サンタって与える側じゃん。間違えた。私はプレゼントを貰いたいんだけど」
「ほないい子にせんとな。今日は早よ寝な」
「は~い。いや待って。そういえば君たちにプレゼントを用意してたんだった」
そう言って天姉は自分の部屋に戻っていった。
「プレゼントってなんやろな?」
「なんだろうね」
日向と顔を見合わせていると、天姉が手に何かを持って帰ってきた。
包装紙でラッピングされているため中身は分からない。
「はいどうぞ!」
「ありがとう」
「ありがと~。どうしたんこれ?」
「この前試験受けに行ったとき、こっそり買っておいたのさ」
「そういや買い物して帰ったね。あの時は何買ったか教えてくれなかったけど、これだったんだ」
「開けてみていい?」
「もちろん」
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「布だ」
「マフラーだよ?」
「あ、マフラーか」
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なかなか好きな色だ。
「ありがと。普通に嬉しい」
「そりゃ良かった」
天姉はにへらと笑った。
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「これはいいカピバラや。いいな。可愛い。へへへ。うおおおおカピバラあああ!」
「中和滴定曲線みたいなテンションの上がり方だな」
「理系は黙ってろ!」
「そのやりとりデジャブやな。これほんまありがとうな天姉。めっちゃ嬉しい」
「喜んでもらえたなら良かったよ」
天姉は照れたように頭を掻いている。
「何してるでゴザル?」
そこに煎餅を食べながらけいがやってきた。
「あ、けいにもプレゼントがあるよ。ほれ」
「プレゼントでゴザルか」
けいへのプレゼントは僕と同じくマフラーだった。
オレンジ色とか茶色とかこげ茶色とかで構成された、チェック柄とかいう模様らしい。
けいは気に入ったようだ。
さっそく首に巻いてニコニコしている。
「感謝でゴザル」
「うむ」
天姉は満足そうに大きく頷いた。
「じゃあ俺たちの番でゴザルな。取ってくるでゴザルよー」
「僕も」
「取ってくるわ~」
「ん?」
部屋からプレゼントを取ってきた。
「ほい」
「ほれ」
「ほら」
三人でそれぞれ天姉へのプレゼントを渡す。
「マジで? 三人もプレゼント用意してたの?」
「うん。僕とけいは天姉と同じく、この前の試験の時に買った。考えることは一緒だね」
「私は手作りや」
「マジかよ。感激だよ。泣きそう」
僕からは羊の目覚まし時計を贈った。
天姉は目覚まし時計をぶっ叩いて止める。
睡眠を邪魔する憎しみを込めて叩くらしい。
天姉の怪力に容赦なく叩かれる目覚まし時計が不憫だなと前々から思っていた。
目覚まし時計の
「イタイ!」
と言う声が聞こえてくるようだった。
「可愛いのだったら叩けないな~」
と以前言っていたので、天姉の好きな羊のにしたのだ。
「か、可愛い。これを叩くわけにはいかんな」
「可愛くなくても叩かないであげてほしいけどね」
けいはメイクボックスとかいうのにしたようだ。
名前の通り化粧品を収納するものらしい。
「こんなものがあったのか」
興味深そうに眺める天姉。
「鏡もついてるみたいでゴザル」
「感謝でゴザル」
「どういたしましてでゴザル」
日向からは手作りの餅のぬいぐるみを贈るらしい。
直方体の上に球体がくっついている形だ。
球体の部分には顔がついていて、ジト目でニヤリとしている。
「餅だ!」
天姉は大喜びだ。
「餅や。結構頑張った」
「ありがとう! よくできた弟と妹だ」
その後、みんな互いに用意していたプレゼントを交換し合った。
大人組へは花を贈った。
大人組からは主に学校で必要な文房具などをプレゼントされた。
ゆずは僕たちが花を贈った時、信じられないくらい嬉しそうな顔をして
「ありがとうございます!」
と言った。
その顔を見て、僕たちは日頃の感謝を伝えることにした。
僕たちが感謝の気持ちを伝えるのを、ゆずは優しく微笑んで聞いていた。
もっと普段から感謝を伝えないといけないな、と反省した。
先生は分かりずらいが、いつもより少しだけ口角が上がっているように見えた。
げんじーは
「はっはっは! ありがとうな!」
と豪快に笑って、僕たちの頭を撫でた。
プレゼント交換が終わった後は、ご飯を食べることにした。
先生が七面鳥を買ってきて、調理していた。
食卓にドーンと置かれた丸焼きはなんだか迫力があった。
机に並べられたご馳走を眺めてみる。
今日は珍しくみんなで料理した。
けいは、ひたすらつまみ食いしてたけど。
机にはみんなの好物が並んでいる。
おかげであんまりクリスマス感はないが、なんだか僕たちらしい気がして眺めているうちに頬が緩んだ。
先生はきゅうりの漬物を貪るように食べている。
どんだけきゅうり好きなんだ。
ほんとに河童なんじゃないのかこの人。
そういえばこの前、こんな感じでお祝い的なことをした時、天姉が間違って先生のお酒を飲んでしまって面倒になったな。
そう思って天姉の方を見てみると、普段うちじゃあまり見かけないものを飲んでいた。
「天姉、何飲んでるの?」
「ん? 甘酒だよ」
「甘酒かー」
「もちろんアルコールの入ってないやつだよ。私甘酒好きなんだ~」
「へぇ。知らんかった。甘酒ってどんな味なん?」
日向は興味津々のようだ。
「ほれ。飲んでみ」
「ありがと。……んー。好みがわかれるかもな」
日向は渋い顔をした。
好きな味じゃなかったのだろう。
「私は好きー。親近感を覚える」
「なんで?」
僕が訊ねると、天姉よりも先にけいが答えた。
「名前でゴザろう?」
「その通り!」
「単純だなー」
相変わらずな会話をしながら、僕たちは家族でクリスマスを楽しんだ。
四日後。
編入試験の結果が届いた。
三人とも合格だ。
これで晴れて僕たちは三学期、つまり一月から豪落高校に通うことが決まった。
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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